第106話 帆船協会の内幕(1)

【1】

 ここまで気分の悪くなるようなことを聞かされては続けて尋問を進める気力がわかない。

「思ったよりひ弱なのだな。其の方の事だからもう少し図太い思ったのだが。仕方がない、鐘一つほど休憩の時間を取ってやろう。アヴァロン商事なら美味いマデラ酒も扱っているだろう。おお、二十年ものは無いか? あるなら持って参れ」


 勝手な事をほざく宰相を置いて、私はカロリーヌやカミユ女史ら女性事務官と共に別室で休憩に入った。

 カロリーヌはかなり気疲れしているし、カミユ女史たちも尋問と上級官吏のフォローで疲れているようだ。


 別室の甘いお菓子を積み上げた部屋で一休みだ。

「宰相閣下は何かセイラ様に含みがあるよですね。初対面にしては色々とセイラ様に挑発的な事を仰っていたように思いますよ」

 流石にカロリーヌはよく状況を見ている。

「きっと王妃殿下やイアン様から情報を聞いていたのでしょう。それで試されているのだと思いますよ」

 カミユ女史がカロリーヌの疑問に答える。


 いや違うな。

 私の顔を見てセイラ・ライトスミスとセイラ・カンボゾーラが同一人物と気づいて、裏の事情もすぐに思い至ったのだろう。

 私の首根っこを抑えたとわかり、この先手駒にするつもりでいるかもしれない。

 この先色々と便利に使われそうな嫌な気分だ。


「試されて合格点を付けられたなら、この先理不尽な目に合わされそうで嫌ですね」

「ふふふ、まあ宰相閣下に目をかけられるということはデメリットも有りますが、その分将来、官僚の後ろ盾をもらえるというメリットは大きいですよ。商会にも領地にも利益はありますよ」

 私の愚痴にカミユ女史は微笑んで慰めてくれる。


「それはそうとこの鉛筆とかいう物は便利ですね。輸入品でしょうか?」

「いえ、これはアヴァロン商事の新商品で、私の領地で作っている物ですわ。木炭鉛筆よりずっと使い勝手も良いし、細かい字もかけるでしょう。値段も…」

 あれ? いつの間にか商品の売り込み会になってしまった。でもこれで役所で大量に購入してもらえそうだ。

 増産の体制を整えなければね。


【2】

 休憩を済ませ別室から戻るともうすでにベラミー船長たちからの報告が始まっていた。

 私達が別室に引き上げたあと、ポプコフ航海士は治癒術師が連れ帰ったが、ベラミー船長は押し止められて宰相閣下からねぎらいの言葉を賜っていたとか。

 酒と食事を勧められしばらくは歓談していたが、すぐに宰相閣下から質問が飛び途中から報告会に変貌したそうだ。


 権力欲の権化ではあるが、その分仕事も役割もこなす宰相閣下のその姿勢には感服する。嫌いだけれどね。

「其の方等の報告通りならば間違いなくガレ王国はギリア王国の糾弾に転じるであろう。時間的に今頃ガレ王国でもここと同様の報告会が持たれていることであろうな。ガレからは船便で二日、いやガレが方策を検討して実施に至るまでにさらに一日。それだけ早く情報を掴めたことはこの先どれだけ有利に働くか。其の方等の気概と勇気には感謝するぞ」

 宰相の労いの言葉にベラミー船長たちが恐縮している。


「国務卿、直ちに王都に使いを出して、ギリア王国の非道を糾弾してガレ王国とダプラ王国への支持表明を発表せよ。王妃殿下の名でな。国王陛下を通せばすぐに布告することができん。この先内外ともにハッスル神聖国と反ハッスル神聖国の争いになる。今のうちに神聖国シンパの気勢を削いで先手を取る。カミユ・カンタル、其の方は内務卿の代わりに王都に戻って宮廷工作を指揮せよ。それからこの報告書をまとめた船員! 其の方はカンタル内務管理官に同行して状況の説明と補佐を頼む。役人待遇でその間の給与は払ってやる」

 あの報告書を書いた鳥獣人の少年は宰相閣下に気に入られたようだ。


 十四歳で内務管理官の補佐など異例も異例だ。一時的とはいえ獣人族なのだから尚更だろう。

 本人は”俺は船長に、船団長になりてえんだ”とブツブツ言いながらもカミユ女史について出ていった。

 夜間は河船で遡って日が昇ると王都まで馬で駆け抜ける事になるのだろう。ご苦労な事である。


「それでは続けて帆船協会とやらの捕虜の尋問を始めるか。まあ犯罪者に格下げになるかどうかは返答次第だろうけれどなあ」

 宰相閣下は狂暴な笑顔を浮かべてタウロス号の船員を見つめた。


「待ってくれ。俺たちは海賊行為を行ったわけじゃあねえ。ギリアの連中に請われて船を出しただけだ。そうだ、俺たちは船乗りで戦闘員じゃねえんだ。所謂雇われ船員だ。なっそうだろう宰相閣下」

「気安く呼ばないで頂こう。今は帆船協会全てが国際犯罪者として手配されておるのだ。昨年の海賊事件に関わっているようだからな」


「そっそれは誤解だ! 俺たちは帆船協会の…そうだ、船主のチカチーロの野郎のせいだ。俺たちは騙されただけだ」

「まあ、しっかりと包み隠さず話してくれるなら罪状は考慮しよう。戦時捕虜としてダプラかガレに引き渡しても良いし、ギリアに送っても良いぞ」

「待ってくれよ。俺はラスカル王国の国民だ! いわば戦争の被害者だ! 国外に送られる謂れはねえ。頼む全部話すから他国に送らねえでくれ」


 イクバルとか言うタウロス号の船長はノース連合王国でどこの国に送られても命の保証が無い事を理解している。

 だから混乱に紛れて逃亡したのだろう。まあ直ぐに漁師たちに捕まったのだけれど…。

 どこまで意図していたのかは兎も角、艦隊に関する重要書類を多数持ち出してくれたことも私たちの助けになっている。


 その功績だけでも命はまでは取られないだろう。

 この先ハッスル神聖国やギリア王国を糾弾する為の良い手駒になるなら宰相閣下も全力をあげてその命を守ってくれるだろうし。


 イクバルという男は船団長を任されただけあって、帆船協会でも古株の大物船長だったそうだ。

 それについてはベラミー船長も保証している。まあ、金に汚く信用できない野郎という枕詞をつけての事だが。


 悪い方に良く頭が回る男のようで、今回も戦いが始まって直ぐにギリア兵と提督とか言う男に見切りをつけていた様だ。

 ベラミー船長はイクバルが船団の他の船はおろか自分の船の乗組員さえ見捨てて逃げた事に憤っていた。

 当然だ船長と航海士と水夫長、そしてカッターを漕ぐ水夫の二人の五人だけが闇に紛れて逃げたのだ。


 そして今この場で帆船協会の悪事を滔々と語っている。

 やはりアジアーゴで声をかけられてペスカトーレ侯爵家の伝手を頼って船団の拠点を移したのだがしばらくじり貧が続いていた。

 モン・ドール侯爵家が鹿革輸入に手を出して失敗した時に海賊の話をチカチーロが持って来たと言う。

 海賊船は古くなったユニコーン号とバンディラス号を難破船登録して船員は新たにアジアーゴで全て募集したと言う。


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