第107話 帆船協会の内幕(2)

 目的はガレ王国がシャピに運ぶ鹿革。

 帆船協会はその拠点を一旦ハッスル神聖国に移し、ギリア王国に支店を置いた。

 この時点でもう既にギリア王国との関係も出来ていた様で、ギリアの港湾事務所から目ぼしい船の情報を貰っていたと言う。


 ユニコーン号とバンディラス号はギリアの港を拠点に海賊行為に出て、ギリア港で輸入品として鹿革の税を払ってタウロス号等の帆船協会の船に引き渡し、それを帆船協会の名でハッスル神聖国に運ぶ。

 裏工作と資金提供はモン・ドール侯爵家とペスカトーレ侯爵家が行ったと聞いているが証拠は無いと言う。


 しかしその海賊行為は銀シャチ号により破綻してしまう。

 その結果、帆船協会は被害国としてシャピに乗り込んだギリア王国に拠点を移して引き続きハッスル神聖国との通商に当たっていた。

 しかし国交断絶でシャピとの貿易航路が止まると思っていたギリア王国は、現実はそう上手く運ばない事に焦りだした。


 シャピが新しい船を次々就航させてガレ航路を拡大すると考えていなかったのだ。

 そこでガレを牽制するために昨年襲って鹵獲していたガレの商船を改装し海賊行為を再開させた。

 ところがシャピの商船がハスラーやガレの商船を船団方式で先導する事によってこの先貿易の中心がガレに移動する事が現実味を帯びてきた。


 そこで鹿革やアザラシ、ラッコなどの革製品の産地であるダプラの港を押さえ、更にアヌラの鉱物資源などの輸出も独占しようと考えたのだ。

 ハッスル神聖国はそもそも自国の直ぐ東の海域に獣人属の多神教国家が存在する事自体を苦々しく思っていた。

 さらにそうなればダプラ王国からの輸出先が現状で対岸で直近のハッスル神聖国になる事も上手く行けば獣人属の農奴も手に入ると言う目算もありったのだろう。


 イクバル船長のもとにはハッスル神聖国のもと貴族という者達数人の男女への船員としての指導と帆船協会の船団の軍船としての転用を命じられてその結果がこれだと肩をすくめる。


「ふっ、そうなの? それじゃあ年明けにガレ商船を襲った時は誰が乗っていたのかしら。付け焼刃の操船にしては逃げ足も速く手馴れていたと聞いたけれど?」

「! 知らん! その件に俺たちは関わっていない! 俺は関係ないぞ!」


「まあ良いわ。ポプコフ航海士に聞いてみる事にしましょう」

「ポプコフが何を言うか知らねえが、誓って俺たちは関係ないからな」

「どちらの言い分を信じるかはあなた達のこれからの態度次第ね。まあ安心して、ラスカル王国で手を下される事は無いわ。そうなれば海賊事件の容疑者としてガレ王国に引き渡す事になるから。向こうには多分多くのお仲間が拘留されることになるから直ぐに真実が明らかになるわ」


「まあこの娘が言う通りだろうな。わしならばお前たちの態度次第でどうとでもしてやる事は出来るがな」

「宰相閣下のお慈悲に縋れれば良いのにね。でも早くしないとガレから真相が入って来るかもね」

「その慈悲に縋らせてくれ! 一刻でも早く情報が欲しいんだろう。聞かれた事は何でも答える。こいつは船主のチカチーロとペスカトーレ侯爵家が仕組んだ陰謀だ。俺たちは巻き込まれただけだ」 


「まあいち早く知れればそれなりに慈悲は与えよう。ただ他国からの情報と齟齬が出た場合はそれなりの覚悟はする事だ」

「しかしその場合どちらが嘘を言っているか判らないだろう。俺は嘘は言わねえ」

「ふふ、あなたが嘘を突こうが真実を述べようがそれは関係ないの。その結果がラスカル王国に、シャピや王妃殿下に有利かどうかでどちらが真実か決まるのよ。だから嘘をつくにしても頭を働かせなさい」


 その言葉に怯えた様にイクバルは更に細かく陰謀の内容を話し始めた。

 やはりかなり深いところ迄かかわっていた様だ。証言だけでは証拠には成らないが、その事実を知っているかいないかで次に一手が大きく変わる。


【3】

 ハッスル神聖国はこれまでラスカル王国の聖教会から吸い上げてきた喜捨がここ五年ほどで大きく減少していることに焦り始めていたのだ。

 イクバルはハッスル神聖国の貴族や上位聖職者から度々清貧派聖教会を罵る言葉を聞いてたと言う。


 ハッスル神聖国は教皇庁の大聖堂をトップとして各地域を治める教導派聖堂とその領地の農奴を管理する聖堂貴族と呼ばれる領主貴族そして、大量の農奴で成り立っている国だ。

 これといった輸出産業は無く、周辺の教導派に属する国の領主貴族や平民信徒そして教導派聖教会からの喜捨が外貨収入である。

 さらに似非祈祷や免罪符や護符、聖水や祈祷済み聖珠ロザリオと言うインチキグッズの高額販売や高額な治癒魔法によりかなりの収益を上げていた。


 それが八年ほど前をピークにして減少に転じ、五年ほど前から坂道を転げ落ちる様な下降に転じたのだ。

 要はラスカル王国内で清貧派が力を持ち出して、救貧院や教導派の利権を蝕んでいったためだ。


 そして昨年のポワトー伯爵家の離反が決定打になり、貿易収支が大幅に落ちてしまった。

 そこでラスカル王国の清貧派に対抗しつつ、ハスラー聖公国が持っている経済的利権に食い込もうと考えたのだ。


 ハスラー聖公国はラスカル王国の原料利権を押さえてその二次加工で収益を上げていた経済国家であるが、それも利権を押さえていたハッスル神聖国寄りの貴族とその代理の商会を足掛かりに利権を奪おうと考えたのが始まりだ。

 高位聖職者が多く高級品の法衣や祭壇、彫刻、金銀細工などなど、聖教会で使う贅沢品の加工技術はハスラー聖公国よりの上だとの自負を持っている国である。


 ハッスル神聖国の貴族や聖職者はハッスル神聖国が手を加えれば言い値で、飛ぶように売れると勝手な幻想を抱いていたとイクバルが証言した。

 バカバカしい限りだが商売を知らない聖職者モドキが考えそうな事ではある。


 その手始めとしてラスカル王国より高級素材を安値で入手して、高級加工品として輸出して補填をしようと考えたのが昨年暮れの鹿革調達の騒動だ。

 国内貴族相手にはそこそこ儲けを出せる目途をつけたようだが、如何せん鹿革の調達が高額の上確保も難しかったのだ。


 そこで教皇庁はアジアーゴのペスカトーレ侯爵家に命じたのだ。ただ一言なんとかせよと。

 そしてペスカトーレ侯爵家は帆船協会とモン・ドール侯爵率いる教導騎士団に命じた。なんとかせよと。

 もちろん言外に非合法手段もいとわないと言うニュアンスを込めてだ。

 その場で船主チカチーロが提案したのが海賊船の計画で、その場にいたイクバルは反対したと言い張ったが、それはどうだか?

 資金提供や船員の確保はペスカトーレ家とモン・ドール家が行い、帆船協会は略奪品の処理や雑務を丸投げされていた。


 その頃時を同じくして北方西部海域に進出しだしたシャピの影響でガレ王国の貿易量が増えている事に焦りを感じていたギリア王国とハッスル神聖国との利害が一致したのだろう。

 ギリア王国から非合法ではあるがガレ王国の商船の情報が帆船協会に入ってくるようになり、海賊船のドックの使用も黙認されていたそうだから裏で密約が交わされていたのは間違いない。


「舐められたものだな。ラスカル王国もガレ王国も」

「シャピの商船団を舐めた奴らはそれ相応の報いを受ける事になるのよ。あなた方もその事を肌身で感じたでしょう」

「まあ、ここからは我らラスカル王国政府が舐めた輩に鉄槌を下す番になりそうだ。ダプラでの捕虜を死亡したことにして処理したベラミー船長の機転には重ねて礼を言っておこう。そして貴様にも慈悲をくれてやる。当分は拘束が続くが死んだ事にして新しい身分をその内くれてやることを約束しよう」


「良かったじゃないのイクバル船長。その代わりこれ以上不興を買わない様に宰相閣下の為に身を粉にして働く事ね。部下の航海士や水夫長にたちもこれからしっかりと肝に銘じて貰う事になるわ。まあこの後順番に尋問にかかるから言われなくとも理解してもらえると思うけど」

 イクバルは血の気の無い顔でコクコクと頷くだけだった。

 その横でカロリーヌがひきつった顔で宰相閣下を見ている。…って同じ表情で私の顔を見るなよ!

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