第114話 襲撃者
【1】
私がポワトー枢機卿の病室に入ると同時に廊下に足音が響きドアが蹴破られた。
フルプレートアーマーの騎士が三人、こいつ等が指揮官と補佐だろ。
血だらけのデルフィーナをかかえている上半身だけのプレートメイルの男たちは正規の教導騎士団の歩兵。
そして下卑た薄笑いを浮かべた二人のチェーンメールの男は道案内の傭兵だろうか。
「また獣のメイドか! おいケダモノども、ポワトー枢機卿はどこだ? 返答次第ではこの娘のようになるぞ」
フルプレートの真ん中の男がそう怒鳴った。
「その娘に何をした! さっさとその娘を返せ!」
「はー? 横柄な口を利きおって! 聞いておるのはわし等だ!」
「さっさと放せと言っているのよ! それとも言葉が判らないのかしら?」
「貴様! 何ものだ! 誰に口を利いておるか分かっているのか!」
兜の下で顔は見えないが、青筋を立てて怒っているのが手に取るように判る。
「腐肉にたかる糞蠅の事など私が知る訳無いでしょう。糞虫にたかられたその娘が穢れるからさっさと放せと命じているのよ!」
「貴様! 貴族であるわし等に対して良い度胸だ。返事等どうでも良い! 全員殺せ!」
「ナデテ! アドルフィーネ!」
それだけで察した二人が動き出す。
血の付いた抜き身のショートソードを持っているあの二人が刺したのだ。間違い無いだろう。
違ってても誰か傷つけているんだ。構う事ではない。
デルフィーナをかかえていた男が彼女を放り投げた。
それを飛び込んだナデテがすかさずキャッチして直ぐに駆け戻るとベッドの上に横たえた。
同時に駆け込んだアドルフィーネは血塗りのショートソードをぶら下げた男二人の兜の面体を掌で掴むといつもよりも数倍強力な虱駆除を放った。
二人はいきなり仰け反るとのたうち回った。
アドルフィーネは振り向きざまに右横に立っていた副官と思しき男の面体にも両手で虱駆除を叩き込むとあっと言う間にベッド横の私の前に戻った。
デルフィーナはまだ息が有る。
襲ってきた教導騎士達はのたうち回る三人の騎士にしばし呆然としている。
今の内に少しでも治癒に取り掛かりたい。
私は必死で光魔法を流す。
背中から刺されたデルフィーナの切創は三か所。
脊椎も痛めているし、腸と肺に達した切創が二つ。更に出血も多い。
それでもできる限りの処置を施し内臓と血管の切創だけは塞げた。
「そうか! お前が例の光の神子か。思った以上に良い土産が出来そうだ。」
「リオニー! ナデテ!」
その言葉と同時にナデテがデルフィーナを寝かせたベットごと敵に突っ込んで何人かをなぎ倒しながら処置室に向かう。
リオニーは処置室の扉を開くとそのままチェーンメールの傭兵にメスを投擲した。
一人は右眼に、もう一人は左の喉笛に突き刺さる。
しかし刃先の短いメスは鋭利ではあるが致命傷に至らない。
そこから私の横をすり抜けながらポツリと耳打ちすると両手に鋏を持ってハーフプレートの歩兵の足元に滑り込む。
そして二人の歩兵の足元の革靴の靴紐の間を目がけてハサミを突き立てた。
悲鳴を上げる歩兵の一人から腰のショートソードを引き抜くと風のように駆け抜けて処置室の扉の前でショートソードを構えた。
「先にその小娘を確保しろ! あのへんな術を使うメイドには頭を掴まれるな!」
残った歩兵は全員が抜刀してにじり寄って来る。
ナデテが私の前に立ち、先頭で切りかかる男の手首と脇を掴むと軽々と持ち上げて、ベッドの有った場所の窓に向かって放り投げた。
その男は悲鳴と共に窓を割って落ちて行った。
鎧を着て三階から墜落すればどうなるか、想像もしたくない。
それは他の兵たちも全員同じであったのだろう。一瞬動きが停まってしまったがナデテは容赦なかった。
更に二人の騎士の胸を押しながらバルコニーに突っ込んだのだ。
たたらを踏みながら後退する二人の騎士はバルコニーの手摺ごと落ちて行った。
その間に私はもう一人の副官目がけて走り込むと飛び上がってその兜をかかえて後ろに引き倒す。
椅子の背に頭ごとぶつかり椅子は破壊され、副官の頭は嫌な方向に向かって曲がっている。頸椎骨折だろう。
「ウィ…ウィリス!」
狼狽して掴みかかって来る指揮官の両掌を掴み返して手四つに組んで火魔法をゆっくりと放って行く。
力比べなど現役騎士と十八の美少女とで勝負にもならない。すぐに私は組み伏せられた。
チェインメイルで覆われた掌をが私の手を通して熱くなってゆく。
青銅で編みこまれたチェインメールは非常に熱伝導率が高い。瞬く間に熱は全身に着ているチェインメイルを駆け巡り、熱伝導率の低いプレートメイルの下で放熱できず溜まって行く。
「アチチチチ! はっ放せ!」
私は掌が焼けるのも顧みず火魔法を流し続ける。
指揮官の男は両腕を力一杯振り回して私を投げ飛ばした。
「熱い! 熱い! 熱い!」
そう叫ぶと兜を脱いで床に向かって叩き付けた。
【2】
襲撃の初手からミソがついてしまった。
海軍がご丁寧に整備してくれた道はたった半日でポワトー伯爵領の領境まで運んでくれる。
商人の行き来が頻繁で荷馬車の車列が通っても違和感が無く警備も甘い。
当然通関書類も偽造しているので関所もすんなりと通る事が出来た。
三台のうち二台の荷馬車は街道脇の森に乗り捨てて、一台に突入する歩兵を乗せ、あとは騎馬で武装したまま一気に目的のカロライナまで進む。
地理に詳しい傭兵を先頭に鐘半分ほどの時間で目的のポワトー枢機卿が療養している別邸にたどり着いた。
王宮が予想外の事態に陥っている。
清貧派の妻を迎えるジョン王子は想定済みだったが、ここに来て錯乱した国王があろう事かリチャード王子の伴侶にハウザー王国のケダモノを迎えると言い出して内諾まで取ってしまったのだ。
ポワトー枢機卿はカロライナの別邸で療養している。と言うかその為にこのカロライナに
この州の奴らは敵は海路で攻めてくると思い込んでいる。
そもそも今のラスカル王国で他領から騎士が攻め込んで来る事を想定している者などいない。
虚を突いた良い作戦だと思ったのだが、別邸に入ったとたんに全てが狂った。
門衛のサーヴァントに”枢機卿の部屋に行く”と話していたケダモノの娘を捕まえて案内させようとしてからだ。
サーヴァントを切り伏せれば怯えて言う事を聞くだろうと思ったのだが、捕まえようとした騎士の右腕を折っていきなり叫び出したのだ。
脅しても止めず、刺しても止めなかった。結局三回も刺して事切れたようだ。
そんな事で兵を一人失った上に貴重な時間まで浪費してしまった。
そしてやっとたどり着いた枢機卿の病室にはケダモノのメイドが三人と小娘が一人。
その奥の部屋に枢機卿が立て籠もっている。
小娘たち四人なら直ぐに制圧できるだろうと判断したが、その時に気づくべきだったのだ。
この部屋に貴族の小娘が居る意味を。
不遜で横柄な口ぶりとケダモノのメイド。そんな小娘セイラ・カンボゾーラ以外に居るはずがない。
あっと言う間に襤褸屑のようになったケダモノの少女は奪われ、三人が殺され副官を含む三人も謎の魔術で戦闘不能に落ちってしまった。
更に四人も負傷し万全の力は出せない。
これが噂に聞くセイラカフェメイドか! 侮っていた。作戦が始まってここまでで、負傷も併せて十一人だ!
それでも子爵令嬢だけならどうにか捕まえて人質にする事も可能。
完全に冷静さを欠いていたのだろう。あんな命令を出したのは。
「先にその小娘を確保しろ! あのへんな術を使うメイドには頭を掴まれるな!」
一人で突っ込んで来る子爵令嬢に長年仕えてくれた副官のウィリスが首を折られた。
その時はもう既に狼狽した上に冷静さをう失って何も考えられなくなっていた。
両手でその手を掴み引き倒した。
あの小娘はワシが掴みかかるのを待っていたのだ。
全て冷静にワシらを殲滅する方法を、いやワシの戦闘力を奪う事を最優先に。
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