第115話 捕囚(1)

【1】

「熱い! 熱い! 熱い! 熱い!」

 叫び回る指揮官の顔はゆだった様に真っ赤だ。

 頭に被ったチェインメイルも引っ張って床に投げつけた。

 首筋から耳を通り額にかけて、真っ赤になってい一部は水膨れになっている個所も見られる。


 熱傷の度数で言うと1度に加えて、少し2度の熱傷部分が有る程度だろうか。

 1度は重度の日焼け程度、2度は水膨れになる程度の火傷だ。

 数日から数週間で治る程度の火傷である。


「早く! 早く鎧を外せ!」

「しかし閣下! 時間が!」

「だいの大人が情けない! そんなもの水でもぶっかけていなさいよ!」

 私の言葉指揮官が叫びだした。


「水魔術が出来る者! ワシの頭から水を掛けろ!」

 二人の歩兵が慌てて水魔法で指揮官の頭からプレートメイルの中にかけて水を流し込む。

 生ぬるい水だろうが、それでも少し楽にはなったようだ。


「どうするの? まだやるの?」

 メイド達三人も処置室のドアの前で臨戦態勢に入っている。

 虚勢は張っているが、私達ももう限界だ。

 私はデルフィーナの治癒魔法で魔力の多くを使い切り、更にこの戦闘で実際は足者もおぼつかない。


 アドルフィーネだって魔力の使い過ぎで肩で息をしている。

 ナデテも体力は限界のようだ。

 頼みのリオニーも剣技が出来る訳では無く、プレートメイル相手に投擲はあまり役に立たない。


 救援が来るまで守りきれたとしても私たちのうち何人かは死ぬ。

 全滅覚悟で死兵となって襲い掛かられたなら枢機卿は守れたとしてもアドルフィーネたちは殺されてしまう。


「もう直ぐに救援の兵士が港からやって来るわ。そうなればあなた達は全滅よ。今すぐ撤退すればそれは免れるわ。負傷者を抱えての撤退よ。考える余裕なんてないわよ」

「黙れ! ここ迄やって何も得ずに撤退など出来るか! 武人なら最後の一兵迄戦って討ち死にしてやる」


「当然そう言うと思ったわ。だから提案よ。わたしを人質にして退きなさい! それなら上手く逃げられるかもしれないわよ」

「いけません! セイラ様! そんな事をさせるくらいなら!」


「アドルフィーネ! もう初見殺しは効かないのよ。残りの騎士を殺せてもあなた達も命が無いわよ」

「それならば私が人質に!」

「リオニー! 解るでしょ、私以外は人質にならない事は」

「セイラ様ぁ。私が一緒に参りますぅ。何かあれば盾になりますからぁ」

「ナデテ! でもね。こいつ等に信義なんて無いのよ。仲間を殺された怨みも有るし、何より獣人属のあなた達は逃げ落ちた途端になぶり殺しにされるわ」


「随分な言われようだな。…熱い! さっさと水を掛けろ。それほどにケダモノ風情が大事か? その話乗ってやる。メイドも一人許してやろう。教導騎士の矜持は持っている。…っかけ過ぎだ! もう良い!」

 まるでサマにならないが、それでも指揮官が条件を受け入れた。


「「「セイラ様! 私がお供を」」」

 その時バンと音がして、処置室からルイーズが現れると直ぐに扉が閉じた。


 ルイーズは扉の前で一礼すると顔を上げた。

「セイラ様、私が参ります。少なくとも私は戦闘に参加しておりませんので恨みは少ないと思います」


【2】

「ルイーズ! バカな事を言わないで。貴女に何かあったならルイスやジャックに申し訳が立たないわ!」

「それならばここで座して見送ればそのバカ兄貴やバカ従兄に顔向けできません。時間が有りません。参りましょう」

 ルイーズはそう言うとサッサと歩き出して、蒼い顔で大量の汗を流している二人の傭兵の横をすり抜けた。


 病室の扉の前に立ったルイーズの両手にはダガーが一本ずつ握られている。

「てっ…てめえ、それは」

 通りすがりに傭兵から抜き取ったのだ。

 ルイーズはシレッとそのダガーを抜き身のままベルトに差すと廊下に出て言った。

「さあ参りましょう」


 騎士たちは弾かれたようにそちらを向くとのた打ち回る三人と首が折れて意識の無い一人を抱え上げてその後に続きだした。

 慌てた指揮官も私の腕を掴んで歩き出そうとする。

「触らないで! 一人で歩けるわ!」


 私はそう言うと騎士たちの真ん中で歩き始めた。

 慌てた指揮官がその後を追いかけてくる。

「貴様! 何を勝手に!」

「こちらから提案したのだから逃げるわけないでしょう」

「くっ、熱い! 痛い! さっさと水をかけろ!」


「ルイーズ、負担をかけますがお願いしますよ」

「ルイーズ! 絶対二人で帰ってくるのよ! 絶対よ!」

「ルイーズ…うっ…ううう。ごめんねぇ」

 背中で三人の声を聴きながら私たちは出て行った。


【2】

 屋敷の玄関は酷いありさまだった。

 門衛や警備兵を襲った傭兵たちはほぼ打ち取られていたが、こちらの門衛や警備兵やサーヴァントにも多数の負傷者が出ている。


「みんな! 戦闘を止めなさい! 枢機卿様は無事よ! 負傷者は回収してすぐに処置室へ!」

「貴様! 何を勝手に!」

「あなた達死にたいの? ここで戦闘を続けたなら全員壊滅するわよ」


「「「「セイラ様!」」」」

 警備兵や門衛がいきり立ってこちらににじり寄ろうとする。

「戦闘を停止しなさい! これは私からの指示よ。これ以上の死傷者を出さないために、みんな我慢してちょうだい!」


「くっ、負傷者と人質を馬車に乗せろ! 後は騎馬で駆け抜ける!」

 指揮官がそう怒鳴った時にはもうすでにルイーズは馬車の荷台に乗って私に手を差し出していた。

 私はその手を取って馬車の荷台に仁王立ちになると指示を出す。


「その気を失ってる士官を先に! 奥に入れなさい。他の三人は少し放して手前に。そう、放り込んでおけば後は私たちで鎧を脱がせるわ。邪魔だから脱がせた鎧は捨てるからね」

「セイラ様、すぐに出発しますよ!」

 いつの間にか御者台に座るルイーズが手綱を取って馬車を進める。


「おい! 何を勝手な!」

 指揮官の声を無視して鞭を入れると馬車を加速させる。

「何してるの! さっさとついて来なさいよ! 捕まりたいの?」

 ルイーズの叱責が飛び、騎士たちは一斉に馬を駆って後に続き始めた。

 馬車の中も負傷兵と私以外は、負傷兵を引きずって入れていた兵士が一人だけの状態になった。

 指揮官は慌てて馬に乗り殿しんがりを二人の兵とともに追いかけてくる。


「おい! お前、俺の馬はどうするんだ?」

 荷台に残された兵がオロオロと私に聞いてくる。

 こいつら自分で状況すら判断できないのか? 教育が足りないのだろうか?


「すぐに馬は余るわ。脱落する奴がいるから。それにずっとルイーズに御者をやらせておく気なら、あなた方はおめでた過ぎるのではなくて?」

 そう言うと歩兵は黙ってしまった。


「あんたのナイフを貸しなさい。あんたはショートソードでこの四人の鎧の皮を切ってさっさと脱がせるのよ」

「ナイフは…」

「抵抗するつもりならこんなことしていないわ! 少しは考えなさい!」

 兵士がおずおずとナイフを差し出してきた。


 私はそれを受け取ると四人の兜を脱がせて馬車の外に捨てた。

「なっ! 何を!」

「少しでも馬車が軽くなる事を考えなさい。さっさと手伝って」

 兵士も私に倣って鎧の革ベルトを切って負傷者のプレートメイルを脱がせると外に投げ捨てはじめた。


 のた打ち回る三人は顔全体に二度から三度の熱傷を受けている。

 アドルフィーネの怒りがよくわかる。

「ごめんなさい。あとはお願いするわ。少し眠るから用があれば起こしてちょうだい」

 そう言い残すと私は馬車の荷台に寝転がって目を閉じた。

 騎馬の奴らはこのあと何人脱落するのだろうか…。

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