第39話 ジョン・ラップランド

【1】

 王宮へ、正確には王宮の王妃殿下の離宮へ向かう馬車の車列が続いている。

 本家のゴルゴンゾーラ公爵家一同が乗る馬車に続いて、公爵の三人の弟が乗る分家筋の三台の馬車。義伯母たちの嫁ぎ先も居るので凄い馬車の車列だ。そして贈り物を乗せた荷馬車が続く。


 その分家筋の末席の一台がカンボゾーラ子爵家で、その馬車に私とフィリップ義父上が乗っている。もちろん三人のメイドもだ。

 離宮に着くとわざわざ王太后の離宮に接する庭園に沿ってゴルゴンゾーラ公爵家の家紋を掲げた馬車を一列に停める。


 馬車で車寄せに行かず全員が下車して徒歩で王妃殿下の庭園を横切り離宮の玄関に向かうのだ。

 その上後ろに続くメイドやサーヴァントの二割は獣人属である。

 当然何が起こっているのか知らない王宮の者たちや王太后の離宮の関係者が現れてそれを眺めている。

 ゴルゴンゾーラ公爵家の一族が揃って王妃殿下とジョン王子殿下に付いた事を顕示する為、そして多分王太后への嫌がらせを込めてだ。


 離宮に上がった私たちは例の大広間に通された。

 つるバラの鉢は全て撤去されて椿の鉢がいくつか植えられ花を咲かせている。

「ファナ・ロックフォールが献上した来たのだよ。それにベアトリスが言うにはカメリアは花も葉も実も種も滋養強壮や虫刺されの薬になると申しておった」

 王妃殿下が私に教えてくれる。

 そういえば王妃殿下の身辺についているメイドやサーヴァントの中にナデタ以外にも獣人属のメイドとサーヴァントが一人づつ増えている。

 サロン・ド・ヨアンナ経由で召し抱えたのだろう、二人とも見た事のある顔だ。


「わたくしの離宮に入ってしまえば気を使う事など無い。皆寛いで賜れ。用向きは先駆けから聞き及んでおる。格式ばった話は抜きにして仔細を詰めて行きたいのだ」

 王妃殿下がいきなり本題を切り出してきた。

「ゴルゴンゾーラ公、ヨハネス卿そしてヨアンナ・ゴルゴンゾーラ。其方らと話を詰めたい。それからセイラ・カンボゾーラ、其方もじゃ。奥の間にジョンも詰めておる。極秘裏にフラミンゴ伯も呼んでおる」

 別室での検討にはゴルゴンゾーラ本家との蜜月状態を示す意図も有るのだろうが、なぜそこに私が…。


「仕方なかろう。其方はこの国の西半分の流通と経済の要を握る商会主なのだからな。其方が首を縦に振らねば我がゴルゴンゾーラ公爵家も王妃殿下でさえも資金を動かせぬのだから」

 ヨハネス卿は私にそう言うと先を促した。

 私は仕方なく皆について別室に入る。


【2】

 部屋には緊張した面持ちのジョン王子が皮肉な笑みを浮かべたフラミンゴ宰相と座っていた。

 私たちの入室にフラミンゴ宰相は立ち上がり一礼する。

 ジョン王子もそれに続き立ち上がると両手を広げ公爵閣下に親愛の笑みを浮かべて歓迎の意を表した。

「よくぞ参られたゴルゴンゾーラ公爵閣下。歓迎いたします」

 そう言うと公爵に頭を下げさせず右手を出して握手を求めた。公爵はそれを見て微笑むと下げかけた頭をおこししっかりとその右手を掴んだ。


「御立派になられましたな王子…王太子殿下」

「その尊称はいささかはよう御座いますぞ。せめて明日迄はまって頂かねば」

「分かりました。ならば明朝にはそうなる様に致しましょう」

 二人はそう言って和やかに笑う。


「皆、もうここには気を使う者はおらぬ。座って寛いでたもれ」

 王妃殿下の声に合わせて皆それぞれ席に着く。

 ジョン王子の後ろに控えた武官たちが顔ぶれを一瞥し、いぶかし気な視線が私に注がれる。

「それでは人払いを致そう。メイド一人以外はすべて部屋を出るように。さて、ナデタ。この場合誰に茶の世話をさせれば良いと思うかのう?」

「はい、なればリオニーが適任かと」

「ほう、アドルフィーネでは無いのか」

「サンペドロ辺境伯領からポワトー伯爵領迄俯瞰で見るならばリオニーが適任で御座います。関連する株式組合の動向はリオニーが全て握っておりますから」

「相分かった。なればその様に致せ」


 わずか半年足らずの間に王妃殿下のナデタに対する信頼は爆上がりのようだ。

 ナデタが退席し入れ替わりにリオニーが入って来た。

 それと呼応するようにメイドや武官、文官たちが全て退席する。


 全員が退去するのを見て直ぐにジョン王子が口を開いた。

「ヨアンナ、良いのか、これで? 俺で良いのか?」

「良いも悪いももとよりあなたの婚約者は誰だったのかしら。こうならない方が問題では無いのかしら」

「高位貴族としてはそうだろうが、其の方の気持ちとしてどうなのだ。得る物は大きいが失うものも大きいのだ。今踏み出せば後戻りは出来ぬのだぞ」


「そう言う貴方はどうなのかしら。本心はジャンヌを望んでいるのではないかしら。貴方がジャンヌやカロリーヌを望むなら我が家はあなたの後ろに控える事は吝かでは無いかしら」

「ジャンヌは駄目だからね。あんたに嫁がすつもりなんてないからね!」

「セイラが四の五の言う事じゃないかしら。少し黙っているかしら!」


「バカな事を。俺の隣に立てるのは其の方しか居るまい。それを承知の上で聞いている。ヨアンナ・ゴルゴンゾーラ、其の方こそそれで良いのか?」

「ならば貴方は私に王妃になれと一言いえば良いかしら。そのつもりが無ければ私はここに居ないかしら」

「ならこれ以上は言わん。其の方が王妃だ! 俺の正妃だ」

「それでジャンヌを妾になんていったらぶち殺すからね」

「そのような事は言わん! 正妃以外はいらん。バカにするな」

「貴女、今日はえらくジャンヌに拘るかしら。一々水を差すのはやめて欲しいかしら」


「本人たちの意思が固まっておるのならば、わたくしたちはその地均しをするだけじゃな」

「我が公爵家が総力をあげて邪魔者を排除致そうか」

 王妃殿下と公爵閣下が満足げに語る。


「あら? そんな事法に則り淡々と処理を進めるだけで御座いましょう。ねえ宰相閣下」

「其方はよくそんな事を! 解って申しておるのが腹立たしいわ! 明日以降モン・ドールとペスカトーレの両侯爵家を黙らせる手立てを考えておけ。其方もここに座っている限りには覚悟しておけ」

「もちろん雑草の刈り取りは下々の私どものお任せください」

「其方に任せるとその雑草の中に多くの小麦が混じっていそうな気がしてならんのだがな。そういう時は選別はわしらも手伝ってやろう」

「閣下、御冗談を。上級貴族様や官僚様のお手を煩わせるつもりは毛頭ございません」


 そこからはこれからの対策と役割の確認が行われる。

 ラスカル西部航路組合は王妃殿下が筆頭株主でありカロリーヌと私が押さえている。そして新設海軍の士官や下士官は大半がシャピの船員やフィリポの高等学問所の出身者である。

 事が起こればノース連合王国との海峡の西側は我々で封鎖できる。そしてハッスル神聖国の東は王妃殿下の母国ハスラー聖公国だ。

 北部でも西側の辺境である中小貴族領は清貧派陣営だ。

 東部の南から中央に至るハスラー聖公国国境沿いの諸州はフラミンゴ宰相の地盤だ。


 問題は西部諸州である。

 パルミジャーノ州のように清貧派支持領地も有ればミモレット子爵家の様なガチガチの教導派領地もある。

 当然のように中立派のどっちつかづの領地が更に多い。

 その上西部諸州は有数の穀倉地帯でその広さも広大だ。

 南は南部諸州を越えてその西端をハウザー王国と接し、当然南部、北西部、東部、北部のどの地域にも接しているラスカル王国のほぼ中央を占めている。


 何よりその西部諸州が北西部から北部にかけての清貧派諸州と南部諸州を分断しているのだ。

 この西部諸州の貴族たちの支持を如何に得るかが当面の課題だろう。

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