第40話 王宮謁見室
【1】
婚礼の日取りはあっさりと決まった。
始めから結論ありきの相談だったのは言うまでもないのだが、王立学校の卒業式の翌日。
王宮の聖堂で行われる。
当然来賓にはハウザー王国の王族やノース連合王国の四か国各々の代表も招く予定である。
更に予定ではあるが二人の婚礼は聖女の祝福を持って行われるのだ。
国情がどう動こうともハウザー王国の来賓としてエヴァン王子とエヴェレット王女には出席して頂く。
最悪でもヴェロニク・サンペドロ辺境伯令嬢に名代として参加させる。ルカ中隊長を人質にすれば逆らわないだろう。
ノース連合王国は盟主国のガレ王国はもちろんだがアヌラ王国とダプラ王国からも来賓を招聘する。
出来ればサンダーランド帝国やそのサンダーランド帝国とラスカル王国の間に位置するモース公国からも来てもらいたい。
要は獣人属や異教徒を国賓として王宮の聖堂に迎え入れて、清貧派で平民で聖職者で無い聖女ジャンヌに婚姻の祝福を授けさせるのだ。
「セイラ・カンボゾーラ、其の方の企みは理解したが、俺はジャンヌに無理強いはせんぞ。平民であるジャンヌに危険が及ぶかもしれんからな」
「有難うございます王太子殿下。私もそのつもりでおりますし、何より直前までこの祝福の件は伏せて頂きたいのです。ジャンヌに危険が迫る事になりますから。表向きはグレンフォードのボードレール枢機卿が祝福を与えるという事で話を勧めましょう。そして最悪は…」
小声で話す私の企みに皆ニヤリと笑う。
「…本当に最悪だな。その様な状況には陥りたくは無いが最後の選択肢としては有りだな」
「アハハハ、そうなれば教導派の奴らがどんな顔をするか見てみたいかしら」
「良いぞ、その案は。わたくしとしてはその案が一番気に入ったがな。あの教皇や枢機卿の面子を潰すには最高ではないか」
「母上! 冗談が過ぎる。最悪の場合は我慢してやるがそうならぬ様に其の方も手を尽くせ。其の方自身も乗り気では無かろう」
「ええ、でもジャンヌに危険が迫った場合には躊躇は致しませんが」
【2】
国王陛下への報告は急遽謁見室での顔合わせに変更された。
当初はゴルゴンゾーラ卿と王妃殿下、ジョン王子とヨアンナの新年の挨拶であると思われていたようで国王の執務室が充てられていたが、ゴルゴンゾーラ公爵家一族が全て参内したので急遽変更されたのである。
王妃離宮に向かった馬車の車列を見た官吏が急遽対応に当たったようだ。
当然のごとく困惑気な国王陛下の玉座の隣りに王妃殿下が一礼して座ると謁見が始まった。
自信満々の王妃殿下に対して、未だ状況が把握しきれず戸惑いと怒りでイライラしているのが見て取れる。
陪臣たちも関係する派閥貴族への手配が追い付かづ焦っているようだ。何より寵妃のマリエッタ・モン・ドール夫人すらまだ間に合っていないのだから。
「父上、いえ国王陛下。新年の御挨拶と新たなご報告があり参内致しました」
この機を逃さず一気に畳みかけて既成事実化する為に早速にジョン王子が、ヨアンナの手を引いて一歩歩み出た。
そしてスタスタと国王夫妻の玉座の前まで進むと二人とも膝をつき深々と頭を下げる。
「国王陛下に置かれては恙なくお過ごしの事お慶び申し上げます。陛下のご尊顔を拝するのは久方ぶりで御座いましたかしら」
「いや、ああっ。新年の挨拶礼を申すぞ。其方こそ息災だ何よりであった。久方ぶりであるな」
ヨアンナの挨拶に国王は口ごもりながらも返答を返す。
「ええ、予科入学以来こうして参内いたしませんでした事お詫び致します。直接に御挨拶い
たすのは予科の頃に執り行った婚約の儀以来ですかしら」
「あっああ、そうかも知れぬな」
「殿下の婚約者として不義理致しました事、御勘気に触れずに過ごせたことを幸いと申し上げてよろしいかしら」
「ああ、気にかけずとも良いぞ」
「それで父上、先ほど申し上げましたご報告で御座います。この度ここに侍るヨアンナとの婚姻を今夏、王立学校の卒業式の翌日に執り行う事を決定いたしましたのでその御報告に参上いたしました」
ジョン王子が早速に本題を切り出した。
ここ迄王妃殿下も公爵閣下も交えずに二人の連携で蚊帳の外の陪臣たちを圧倒している。
「待て、待て、待て! 其方ら何を申しておる。そのようなこと聞いておらぬぞ。何より其方らそれで良いのか?」
「何を申されておられる父上。ヨアンナとは聖年式を機に婚約を交わし六年になります。何を憚る事が御座いましょう」
「しかしだ! しかし其方らはまだ若い。そっ…それに物事には順番と言うものがある。其方の兄のリチャードもまだ未婚では無いか」
「陛下、僭越ながら聞いて頂きたいかしら。貴族子女は早ければ十五で婚姻する者も珍しく御座いません。それなのにまだ婚約者も決まらぬリチャード王子を待っていると行き遅れてしまうのではないかしら。それでジョン殿下に疎まれるのはとても辛いかしら」
「バカを申すな。そんな事あろうはずも無い。何より王立学校を卒業すればすぐに婚姻の儀だ。よもやその半年が待てぬとは言うまい」
バカップル然とした話をしている割には二人の視線は鋭く国王の顔色を窺い続け、周りの陪臣の行動に神経をとがらせているのが判る。
横目で謁見室へ入る入口の動向を窺っていたヨアンナの方がピクリと動く。
右後方のドアが開かれてペスカトーレ枢機卿と王宮聖堂の大司祭が入ってくる。
一瞬謁見室内の状況にギョッとして立ち竦むが直ぐに気を取り直して国王陛下の玉座に向かってスタスタと歩き始めた。
「ペスカトーレ枢機卿! 不敬であろう、国王陛下御夫妻に挨拶も無く! 何より王子の俺が膝をついて挨拶している横を抜けるとは何様のつもりだ!」
まさかジョン王子よりの叱責が有るとは思わなかったのか二人は真っ赤になって立ち尽くした。
「ペスカトーレ枢機卿殿、よもや王家を侮っておられるわけでもあるまい。急いでおられて失念したのであろうと思うが、いささか礼を失した行動で御座ったな」
ゴルゴンゾーラ公爵が侮蔑を込めた笑みでゆっくりと諭すように話し出した。
「お父様、もうそれだけで…。王妃殿下も国王陛下もお心の広いお方。誠意をもって礼節を弁えた行動をとれば許していただけるかしら」
「ヨアンナの申す通りじゃ。よまもや枢機卿ともあろうお方が分かって不作法を行うなどと思ってはおらん。陛下もそう思われるでしょう」
ゴルゴンゾーラ公爵とヨアンナ、そして王妃殿下の言葉に屈辱で体を震わせながらもペスカトーレ枢機卿はヨアンナの横に膝をついた。
「国王陛下、王妃殿下不作法をお許しください。お二人におかせられては新年を寿ぎお慶び申し上げます。枢機卿ダミアータ・ペスカトーレ参内いたしました」
その後ろで王都大聖堂の大司祭は言葉を発する事も無く膝をついて頭を下げたまま怯えて震えている。
「よく来てくれた。ペスカトーレ枢機…「国王陛下、枢機卿殿の詫びを受け入れていただく事が先かと存じます」」
「分かった。相分かった。枢機卿殿の詫びは受け入れた」
完全に場の流れはジョン王子とヨアンナが掴んでしまった。
国王と枢機卿の苦々しげな顔とは裏腹に王妃殿下の満足げな顔が腹立たしい程だ。
「ペスカトーレ枢機卿殿も大司祭殿も喜んでくだされ。俺とヨアンナの婚姻が王立学校の卒業式の翌日に決まりました」
「いっ…いったいどういう」
「これこれ、ジョン。慶事でもそんなのはしゃいではいけませんよ。ねえ国王陛下。こういったことは陛下のお口から宣べられるのが筋と言うもの」
「待て、余は未だそのような事は…」
「父上、先に宣してしまい申し訳ございません。何しろ慶事で浮かれてしまいました。父上の口から王宮聖堂で婚姻の儀を執り行うと宣言していただき等御座います」
「いや、待て、余は…」
「王宮聖堂も準備が有るので先延ばしにも出来ぬでしょう。さあ陛下この七月にジョンの婚儀を王都大聖堂で執り行うと。まさかゴルゴンゾーラ公爵家の聖堂で行うようなことは…」
「ならん! ならんぞ! 婚儀は王宮聖堂で執り行う! それ以外の所での婚儀は認めぬからな」
「そういう事じゃ。大司祭殿、良しなに取りかかる様にお願い致す」
王妃殿下が淡々とペスカトーレ枢機卿の頭越しに大司祭に命じた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます