閑話9 福音派留学生(5)

 ☆☆☆☆☆彡

「エレノア様、ルイージは二属性が発現いたしましたのよ。洗礼の時は水属性だけでしたのに風属性が僅かながら現れて」

 ルクレッアはルイージとハンナ頭を両手で抱いてそう言う。

 生まれつき二重属性を持つ者は稀に存在する。

 そういう者はかなり魔力量も強く魔術師としての才能が有るものが多い。ただそういう者は両属性ともほぼ均等な魔力量を示す。

 例えばアドルフィーネのように。


 それに対して後天的に複数属性が発現する者もいる。魔術師としての鍛錬の結果別属性が発現する場合は往々にしてある。

 しかしそれは何年もの修行と魔力の行使により発現するものである。フィディス修道女がその一例だ。


「きっとこの子は才能があるのですわ。ウフフ、私の指導が良かったのかしら」

「あららルクレッアが自慢しているわ。でも指導に加わったのはあなたばかりでは有りませんよ」

「そうっす。私の指導の賜物かもっすよ」

「それを仰るなら同じ獣人属の私の指導のせいかもですわ」

 神学生の少女たちは二人の子供を囲んでかしましい。


 ルクレッアたちは素直に喜んでいるがルイージの場合は少し事情が違う。

 テレーズが考えるにこの少年の属性の発現は異常なのだ。

 洗礼を施したのは未熟なルクレッアだが同級生の多くの神学生も立ち会っていた上、指導員としてテレーズと治癒治療に行く聖教会の女性司祭も立ち会ってくれた。

 属性を見落とす事は絶対になかった。

 何より生まれつきの二属性なら均等に発現しているはずだ。


 そしてルクレッアから治癒魔術を習い出してまだ半年に満たないこの時期ではどんなに修業を積んでも新しい属性が発現する事は考えられない。

 小さな子供の魔力量では一日に使える魔力も限られている上、無理をすれば体に変調をきたす。

 何よりルクレッアたちが指導している時以外に魔力を使わせていない。


「テレーズ様、こんな幼い子供に二属性が発現するなんて事があるのですか」

 シャルロットがテレーズの問い掛けてくる。

「そうね。私も聞いた事が無いわ。ただあまり大げさにしない方が良い気がするのよ。なにがとは言い難いのだけれど、福音派の聖職者幹部に知られると何か起こりそうな気がするから」

 テレーズの言葉にシャルロットは眉をひそめて応じる。


「解ります。あの子たちの身分は農奴。自分のものにしようとする輩が…」

「それも有りますが、それよりも興味を持った司祭たちの研究材料にされる可能性もあるのですよ。そちらの方が怖いのですよ」

「わかりました。エレノア様方には事情を話してあまり騒が無いように釘を刺しておきましょう。でも上の講師さま方の耳に入るのはもう止められませんよ」

「それは覚悟しておきましょう。何か不都合が生じた場合の対策も何か考えておきます」


 ☆☆☆☆☆☆彡

 シャルロットたちメイドがエレノアたち留学生やテンプルトン子爵令嬢やオーバーホルト公爵令嬢にそれとなくテレーズの危惧を伝えてくれた。

 テレーズも授業の折にルイーズの事を話題にしないように釘を刺した事で直ぐにその話は沈静化した。


 何より生徒でも無い農奴の子供の事である。

 一般の神学生にとっては一時的な興味の対象でしかなかった事も幸いしたのだ。

 お陰で年を開けた頃には皆其の話題を忘れかけていた。


「テレーズ様、カンナが風属性を発現いたしました」

 エレノア王女がルクレッアを伴なってコッソリとテレーズの部屋に来たのは年を開けて一週間ほど経った頃だた。

「カンナはまだ七歳です。字も計算も覚えが早く利発な子ではありましたが、洗礼前の子供が属性を発現する事は有るのですか? やはりカンナも特別な才能があるのでしょうか」

 ルクレッアが少し自慢げに問い掛けてきた。


「才能はあるのでしょうが、そこまで珍しいという訳では有りませんわね。早い子では五歳で発現したという記録もあるそうですから」

 と言ってみた物の稀である事には変わりない。

 魔力の強い子はそれなりに兆候を見せる事は多々あるが使い方や属性もハッキリしない状態では中々形にならないのだ。


 洗礼式は属性を確認しそれに応じた魔力の流れを作ってやるための儀式でもあり、そういう意味では大半の人は洗礼式以降で魔力の行使が出来るようになる。

 多分ハンナの場合はルクレッアがいつも連れているのでルイージや他の生徒たちの治癒施術の訓練を見てその使い方や流れを憶えてしまったのだろう。


「二人とも先に私の所に来てくれて助かりました。カンナまで何か良からぬ事に晒されるところでした」

 そうテレーズに言われてルクレッアは顔色を変えた。

「そうでした。本当に二人を危険に晒すところでした」


「なあ、テレーズ修道女。俺はあまりこういった事に関する知識は無いんだが、それでもこの二人の成長の度合いは少し異常じゃないか? ただ才能が有るとかそういった物とは違う気がするんだが」

 ケインが問いかけてくる。


「そもそも二人とも魔力に対する才能が有ったのは事実でしょう。この子たちの亡くなった母親がかなりの魔力持ちだったと思います。ただ農奴だったので発現していなかっただけで」

「もしかすると魔力量の多い宮廷魔導士や高位聖職者の血を継いでいるかもしれないね。相手が農奴なら元の所有者の手がついている可能性もあるからね。我が家も教導派枢機卿を務めた家柄だからそういった汚い話は色々と聞いた事があるからね」

 マルケル・マリナーラ聖堂騎士のいう事には一理ある。

 二人の母親は整った顔の綺麗な女性だったが、主人のお手つきで生まれた可能性は高い。そしてこの二人も同じ可能性は無いとは言えない。


「少なくともルイージは洗礼での魔力量はとても多かったですよね。そうだテレーズ先生! そう言えば二人の母親の亡くなった時もあれだけの大怪我でよくあそこ迄命を長らえられたと感じました。それももしかしたら…」

 エレノア王女もマルケルの言葉に感じる所があるのだろう。


「そうかも知れませんが憶測ですし確認する事ももうできません。カンナの事は有る程度説明がつくのですが、ルイージについてはまだ未知の事が多いですから」

「頭に治癒魔法を重ねがけした事とか…」

「テレーズ先生の治癒治療の影響も考えられるわ。手の不自由を補うために他属性が…」

「それも皆憶測です。私たち素人が考えても意味が有りません。だからと言ってルイージをその研究対象にする事は出来ません! させません! だから今はすべて飲み込んで口を噤みましょう」

 エレノア王女とルクレッアは表情を引き締めて頷いた。


 その間ケインは今後の事を考えていた。

 売買交渉の折に四年前にこの親子をシエラノルテ子爵家が購入した時の売買契約が参考にされた。

 前の所有者であったシエラノルテ子爵家が何処からこの親子を購入したかはわからないし、それを知る必要も無いだろう。

 今重要なのはルクレッアがシエラノルテ子爵家から正式に買い取っていて、その所有権に法律上何も問題は生じないという事なのだ。


「ルクレッア様、お聞きください。あなたは法律上正式にこの二人の所有者で全ての権利はあなたが持っている。主人として何か言って来る者が居ようともその所有権を手放したり放棄するような言動はされないように。絶対に農奴から解放する様な契約や言動はしてはいけません。この国に居る限りは絶対です」

 ケインは厳しい表情でルクレッアに命じる。


「農奴の鎖はこの二人を縛っていますが、あなたがその鎖の端を持つ限り二人の命も守り続ける事が出来ます。人を物扱いする農奴制という法があなたを通してルイージとハンナの命を守るのです。今だけはこの国に農奴制がある事に感謝したい」

「はい、ケイン様。辛いですがこの農奴の首輪はここに居る限り絶対に外しません。私たちは三人でラスカル王国への国境を越えてゴッダードに着いた時に皆とこの首輪を外しましょう」

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