第38話 ヨアンナ・ゴルゴンゾーラ

【1】

 王都に着くと全員が一旦ゴルゴンゾーラ公爵邸に入り一泊する事になった。

 そもそもカンボゾーラ子爵家の王都邸もゴルゴンゾーラ公爵家の王都邸内にあるのでフィリップ義父上とそちらに向かうとヨアンナから部屋に呼ばれた。


「急な話で驚いたかしら。御免なさいね、本意では無かったのだけれど貴女を巻き込んでしまったかしら」

 いきなりヨアンナに謝られて私も当惑した。

「ヨアンナ様に謝罪されるような事は私は…」

「貴女をフィリップ叔父がゴルゴンゾーラ公爵家に引き込んだのも悪かったと思っているかしら」


 違う。あれは私(俺)の短慮で引き起こした事をフィリップ義父上が機転を利かせて守ってくれたのだ。

 そしてそれを受け入れて外戚として遇してくれるゴルゴンゾーラ公爵家には、恩は有っても謝罪される謂れは無いのだ。

「私はゴルゴンゾーラ公爵家に恩義は有っても迷惑なんて…」

「そもそもゴルゴンゾーラ公爵家に貴女を引きづり込んだこと自体、迷惑をかけているかしら。それなのにこんな事に巻き込んでしまって…」


 止めてくれ。こんなヨアンナを見たくない! 尊大で自信満々でカラ元気でも絶対に逃げないそんなあんたが私は好きだったんだ。

「止めて! あなたはヨアンナ・ゴルゴンゾーラ公爵令嬢でしょう。ラスカル王国の全ての貴族令嬢の頂点でしょう! なら取り巻きの私には尊大に命じれば良いのよ、私にビットしろって!」


「お父様の屈辱も兄上たちの恨みも、何より一族の悲願も理解しているつもりかしら。でもね、私があなた達まで巻き込んで国母に登り詰める資格があるのかしら。何より貴女は本当の血筋ですらない、貴族ですらなかったのよ。それを一族の悲願や貴族の責務を背負わせてしまった事には後悔があるかしら」

 ヨアンナはそう言って俯いてしまった。


「ヨアンナ様、あなたは胸を張って王妃を目指すと宣言すればいいのよ。自信をもってジョン王子殿下を国王にすると宣言すればそれで良いのよ! 私はあなたの後に続く。事情があって続けない者がいるかも知れないけれど、あなたはそんな事を気にせずついて来たものを率いて先頭に立っていればいいのよ。きっと私以外にも続く者は沢山いるわ。もし私だけでも、その時は道は私が開く! だからお願い、あなたは今迄のままでいて」

 ヨアンナの気持ちは良く解る。

 自分の為に派閥の仲間たちを巻き込むことに躊躇いがあるのだろう。

 でもそんな事は既に覚悟の上でヨアンナについて行っているんじゃないか。


 ヨアンナが立ち上がるといきなり私の頭を抱きしめた。

「しばらく…しばらくこのままでいさせて…」

 泣いているのだろう。鼻をすする音が聞こえて来る。

「少し落ち着いたわ。…本当に貴女の言う通りらしくない事を言ってしまったかしら」

 そう言うとヨアンナは私の頭から手を離した。


「宣言するわ。ジョンを国王にする、そして私は王妃になる。もうこれは決定事項かしら」

 そう胸を張って私に向かって語るのはいつものヨアンナ・ゴルゴンゾーラであった。


【2】

「そうと決まれば私は最高級の絹地を調達に向かいましょう! 次にシャピに入る西部航路船には全部私が押さえをかけて…」

「船の荷を押さえても絹はハウザー王国から来るのだからシャピの商船など押さえても…もしかして」

「あっ! いえ、そうよね。シャピの商船の荷を押さえても仕方なかったわ」

「ハー、そういう事ね。すっかり騙されていたかしら。で、どうせエマ・シュナイダーが噛んでいるのは当然として、後は誰が絡んでいるのかしら」


「えっ…、それは…カロリーヌね。あとはヴェロニクと…」

「あら、ファナは知らないの? 珍しい事も有ったものかしら」

「まあ…それは…、ロックフォール侯爵家に気づかれたならゴッダードの競り市を牛耳られてしまうもの。ゴッダードはロックフォール侯爵家の本拠地の州都だもの」


「アハハハ、本当にあなたらしいかしら。ハウザー王国の貴族迄巻き込んでラスカル王国の王族もハウザー王国の王族もハスラー大公迄手玉に取っていたという事なのかしら。悩んでいたことがバカみたいに思えて来たかしら」

 まあ言われてみればそうかも知れない。

「言ったでしょう。道は私が開くって」


「そうね。道は貴女に開いて貰う事にするかしら。ただし私が歩く道よ。石畳の立派な馬車道をお願いする事にしようかしら」

「ええ、国王陛下と王妃殿下をお乗せする八頭立ての御料馬車が護衛近衛騎兵を連れてパレードできる道を開きましょう」

「そして後に続く諸侯や百官の先頭を進むのは貴女かしら」


 ヨアンナは完全に元気を取り戻したようだ。

「さあ、明日が本番よ。その道を開く第一歩だから胸を張って」

「言われなくても大丈夫かしら。私たちの戦いは今始まったばかりかしら!」


 ご愛読ありがとうございました。先生の次回作にご期待ください。

 …てっ、やめてよそのセリフは。


「でもそれを聞いたならカロリーヌ・ポワトーにはジャンヌと一緒に貴女の素性を明かすべきでは無いかしら」

「ええ、彼女は信頼できるでしょうね。彼女もその覚悟をしていると思うから。そうで無ければ王太后にあんな啖呵は切れないわ」

「アジアーゴを焼くと言った事かしら。それだけでは無いわ。レオン・ポワトーをグレンフォードに送るという事は対外的に清貧派に与すると公言する事だけれど、南部に人質を置いたも同然かしら。何よりポワチエ州は貴女無くして成り立たないかしら」


 …その話理解しているしカロリーヌの覚悟も解っている。彼女は領地貴族というより州都を治める大貴族として地位を固める為にももう後には引けない事も。

「でもオズマ・ランドックは違うわ。あの娘は平民で貴族としての義務はないわ。なにより教導派貴族の身勝手で踏みにじられてやっと立て直した商会を、今度は清貧派の政争に無理やり巻き込むのは身勝手すぎるでしょう」


「そうね。それを言うならジャンヌも同じかしら。我が一族の貴族として立ってくれた貴女を前にして心苦しいけれど、あの二人に関しては平民として本人たちの判断に任せたいかしら。できれば最悪の場合は貴方が尽力して二人を逃がして欲しいかしら」

 こう言ったところがヨアンナ・ゴルゴンゾーラとファナ・ロックフォールの違いだろう。

 ファナなら罪悪感は感じても二人を手放す事はしないだろうから、ヨアンナは高位貴族として甘いとファナから言われる所以だ。

 ただヨアンナのこの気性に付いて来る者が多いのもまぎれもない事実なのだ。


「オズマに対しては逃げ場を作っておきましょう。ジャンヌさんとは忌憚ない意見を交換して本人の意思がどうあれ私が危ういと思ったならメイド達に命じてメリージャに逃がします」

「それでお願するかしら。それからエマは…」

「エマ姉にはこれ以上に表立って暴れて貰いましょう」

「ええ、あの娘はもう逃げられないかしら。あそこ迄教導派貴族を食い物にし続けて今更降りるなんて言っても国王派閥もハッスル神聖国も許さないかしら」

「まあ、あの人なら足もとが危なく成れば平気で食い逃げして行くでしょうから心配いらないわ」

「そうね。あなたのお陰で憂いが晴れた気がするかしら。でも私たちの戦いはこれからかしら」

 そうなんだけど、その言い方は止めて欲しい。

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