第37話 ゴルゴンゾーラ家一族

【1】

 冬休みの終了五日前にいきなりやって来たヨアンナによってゴルゴンゾーラ公爵家お召しの河船に放り込まれてしまった。

 年が明けてから一族でカマンベール領の温泉に入り浸っていたらしい。


 王都に向かう河船にはヨアンナ以外にもヨハネス・ゴルゴンゾーラ卿やゴルゴンゾーラ公爵閣下迄乗船していた。

 当然我が家は義母上と入れ替わりに義父上が乗船している。

「其方の御母堂のレイラ・ライトスミス夫人から連絡が来た。聖女ジャンヌがセイラ・ライトスミスの出自に気付いたそうだな。それで今後のつじつま合わせや一部協力者への周知が必要だと思っておる」

「それだけの為に王都へ?」


「いや、この春を持ってゴルゴンゾーラ公爵家の立ち位置を明確に致す。王宮に赴き王妃殿下と我が娘の婚約者であるジョン王子殿下に御挨拶に伺うつもりじゃ」

 ヨハネス卿はジョン王子に臣下の礼をとった。

 さらにゴルゴンゾーラ公爵家としてジョン王子支持の立場を鮮明にするつもりなのだろう。

「ええ、婚姻の日取りの取り決めのご挨拶に赴くかしら。王妃殿下に引導を渡してやるかしら」


 ヨアンナの言葉に私は愕然とする。

 支持なんてものではない。次期国王の外戚になる事を宣言し、その為に動くという事ではないか。

 公爵が、ゴルゴンゾーラ公爵家一族がこれから行う事はジョン王子と一蓮托生で新国王の座をもぎ取ると宣言する事なのだ。

 そしてその中にカンボゾーラ子爵家も私も入っているという事だ。


「明日には王都に着く。明後日には一族を上げて王妃様の離宮に参内し、夕刻には国王陛下と謁見して事の経緯を御報告する。その後は晩餐会になるのか…どうなるのか国王陛下次第だがな」

「…国王陛下には事後承諾を迫ると。陛下の頭越しに全てを進めるというのですか。あの狭量な国王陛下が、何より王太后殿下が如何なされるのか気掛かりですが」

 ヨハネス卿に私は懸念をつたえる。


「それは覚悟の上だ。別に退位を迫る訳では無いぞ。法に則って正しき継承を求めるだけなのだからな。何よりも婚儀の予定の御報告に上がるだけだからな」

「公爵はそうおっしゃいますが、ヨアンナ様はそれで良いの? ジョン王子は納得してるの?」


「セイラ・カンボゾーラ、私たちは王族に縁するものかしら。なによりジョンが一番それを心得ているはずかしら。兄上の臣下の礼を受けたという事はそういう事かしら。彼が…だから彼がそれを望むならば私はその為に動くのが私の務めなのだから」

 ジョン王子がジャンヌを求めるならヨハネス卿から臣下の礼など受けなかったはずだ。

 ヨアンナもそう理解しているのだろうからジョン王子を支えるつもりなのだろう。

 今の彼とならその決断は間違い無いだろうし、私の希望も二人が円満に収まってくれることだ。

 何よりジャンヌ冬海を求めてもやらんけどな、あんなクソ傲慢な若造には…。


「そのジャンヌの事だが、其方の事に気づいたと聞いておる。まあ今更ではあるが、その事でどこまで知らしめるか思案の必要がある」

「公爵様、ジャンヌさんには私からすべて話そうと思っています。彼女の想いも聞きたいし出来れば二人きりで話して今後の事の結論を出そうかと思っております」

 当然冬海の想いも含めて全てさらけ出して、これから先ジャンヌ・スティルトンとして寿命が尽きるまで幸福に生き続ける方法を模索するのだ。


「其方自身の事だ。好きにするが良い。ただ公には其方はわしの姪でフィリップの娘という事は変わらんぞ。全てを明かすならセイラ・ライトスミスはこの世に存在しなくなるという覚悟を持って行え」

 公爵の言わんとする事は理解している。私にも公爵家の継承権が有りゴルゴンゾーラ公爵家は私を手放すつもりは無いという事だ。

 名目上の事とは言え私は父ちゃんとお母様の子で無くなる事は我慢できない。セイラ・ライトスミスと言う存在を無くすことは絶対しない。


「私の身分を明かすのは最小限にとどめます。これまでもこれからも。特に王家の方々や関係貴族に対しては絶対に秘匿いたします。どうなろうがライトスミス家は私の最大の弱点。それを晒すつもりはもうとう御座いません」

 セイラ・ライトスミスがどうなろうと私にとって何よりライトスミス家が大切だ。王家よりもゴルゴンゾーラ公爵家よりもライトスミス家を選ぶことに躊躇しない。


「今、其方の事を知るのは我が公爵家とカマンベール子爵家。そしてロックフォール侯爵家とボードレール伯爵家という事か」

「この際ファナ様にも伝えるべきでしょうね。後はクロエ様と…。どうせウィキンズと結婚するのだから知ってもらった方が都合がいいし」

「この際だ。其方とジャンヌが方針を決めたなら、諸侯を王都に集めて婚姻の日取りを告知する宴を行うとしよう」

 この春には清貧派諸公が国王陛下に対して反旗を翻す事が決定したようだ。


【2】

 王都を前にして船内は下船準備で慌ただしくなった。

「ねえ、アドルフィーネ。何やら船内に見知ったメイドが多くないかしら」

「ええ、後ろに続く護衛船もサーヴァントやメイドばかりが乗船しているようですね」

「何を冷静に話しているのよ。おかしいでしょうこれって」

「これだけの人員を動員できたという事はぁ、グリンダメイド長のご指示があったという事ですよぅ」


「でも一体どういう事なのよ。ゴルゴンゾーラ公爵家の御用船よ」

「そう言えばエマさんが王都のサロン・ド・ヨアンナを三倍に拡張するとか言ってましたねえ」

「リオニー! そんな大事な事なぜ今まで言わなかったの」

「すみませんセイラ様。シャピのハバリー亭開設準備で忙しかったもので…」

 おい、その話も初耳だぞ。


「義父上! アヴァロン商事の案件でしょう! 多分公爵様のご指示でしょうけれどいったいどういう理由なのですか!」

「まあ待て、そういきり立つな。もともと春には拡張予定だったんだ。ジャンヌが気付いてしまった事で計画が早まってしまっただけだ」

 やはりこの計画は既に陰で動いていたのだ。


「でも何故ジャンヌさんが絡むのかしら」

「当然この計画は聖女ジャンヌありきの計画だからだよ。婚礼の式では聖女ジャンヌに祝福を貰う。そして一般民衆にジャンヌとジョン王子夫妻が並び立って手を取り合う宴をサロン・ド・ヨアンナで執り行う。その為にはジャンヌの理解と承諾が要るからだよ。本当なら卒業までにお膳立てを整えてジャンヌに協力を依頼するつもりだった」


「でもそれなら…今でも状況は大して変わらないのでは」

「治癒贖罪符の件が大きく影響しているんだ。ジャンヌの声明は俺たちが思っていた以上に影響が大きかったんだよ。前聖女ジョアンナ様に心酔していた者や世話になった者も多い。あの贖罪符はジョアンナの行為を踏みにじると考えた者がかなり居たのだ」

「だから流れがこちらにあるうちに一気に畳みかけたいという事なの?」


「ああ、ジャンヌがお前の事に気づいたというのは好都合だったんだ。だからお前にジャンヌを…」

「待って! ジャンヌさんの説得に私を当てにしているつもり? お断りよ! 状況の説明はするけれど私はジャンヌさんの味方よ」

「いや、お前が状況を理解すれば彼女も理解は示すだろう」

 義父上はサロン・ド・ヨアンナをジョン王子派の拠点にするつもりの様だ。貴族も平民も分け隔てなく集まれるので、政治集会の場にも使うつもりなのだろう。


「理解を示しても彼女の気持ちが許すかどうかは別よ。そもそも私は十二の時に自分の心に従ってジャンヌに組したのよ。私の想いがジャンヌさんの想いと合致したからこうやって今まで頑張って来た。今更彼女の意にそわない事を強制するつもりは無いわよ」

「分かってるさ。オスカーから色々と聞かされてきたからな。俺だって兄上の意を全て汲むつもりもない。ただな、ジャンヌを祭り上げる事は有る意味ジャンヌの命を守る事にもつながると考えてこの話をのんだ。ジョン王子の婚礼となれば国の慶事だ。その祝福を与えるのがジャンヌとなれば諸外国の目まで引く事になる。だから迂闊に手を出せる奴はいない」

 そうだろうか。理屈は通っているが私はハウザーとの戦争シナリオを考えるとフラグが立っている様な気がして仕方ない。

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