第175話 貴賓室での会話

【1】

 部屋の中にはまだ学生たちとオーブラック商会関係者が残っていた。

 要は殿下たちとカロリーヌとオズマ、そしてパウロとポールとルイーズとミシェルだ。

 私は別室で待機していた体を装ってその部屋に入って行った。


「どうなりました? 出資は取れて予定通り進んだようでしたけれど」

「ああセイラ・カンボゾーラ、心配をかけたようだな。お陰でうまく事が運んだぞ、そこのパウロが良く頑張ってくれたぞ」

「あのグリンダと言う南部の代理人にも引かずに踏み止まってくれましたからね」

「有難う御座います」

 殿下たちに褒められたパウロは緊張した面持ちで頭を下げた。


「あはは、殿下。こいつは演技では無く、本気でグリンダに怯えていたですよ」

「あのライトスミス商会の女の事だな。威圧感の有る良く口の回る女だったが、おかげで出資者たちが一丸と成れた」

「それはそうでしょう。アドルフィーネたちを仕込んだ女ですからね。ルーシーもミシェルもグリンダの怖さは身に染みて知っていますよ。俺でもグリンダと一対一で口論するのは願い下げですから。なあ、パウロ。グリンダとの口論って、グリンダがお前に仕込んだんだろ」

 当然の事だがポールはグリンダの言動が全て演技であった事に気付いている。


「仕込んだとはどういう事なのです。ポール殿、意味がわからないのだが」

 イアンが困惑気にポールに質問する。

「ははは、グリンダと言う人は本来、身内以外に感情を見せるような言動はしません。こういう場で話す事も殆んど無い。なぜなら、参加している時点で根回しが終わっていて、後は参加者が手筈通りに動いているのを見ている。結果は決まっているからですよ」


「それならば今の会議も?」

「フラミンゴ伯爵様やシュトレーゼ伯爵様、ストロガノフ子爵様には話は通っていたんじゃ無いでしょうか。多分パウロの話もグリンダが台本を書いたのでしょう」

「ならなぜ? 一株も買わずに…」


「そうか、母上に出資させるために、そして俺たちに系列事業を持たせるために話を誘導したと言う事なのか」

 一早く殿下が気付いて嘆息する。

「それだけでは無いですよ。救貧院の廃止に利が有る事を知らしめる為も有りますよ。私は聖教会教室も聖教会工房も、国が成すべき事だと思っています。全ての子供に教育を施して職業訓練をさせて、その結果は国が豊になり栄える事になるのですから」


「職業訓練か。救貧院を廃止した後の受け皿は職業訓練所でどうだ! なかなか格好良い名前ではないか」

「イヴァンが聞けば喜びそうな名前だね」

「それなら続けて救貧院廃止の法案検討に入ろうじゃないですか。ポワトー女伯爵カウンテス様もオズマも続けて参加してくれませんか。セイラ・カンボゾーラは今まで待機していただけなんだから絶対参加してください」

 仕方がない。やる気になっている彼らの気持ちに水を差すのも悪いのでみんなで会議室に移動して法案の検討を続けるとするか。


【2】

 セイラ達が会議室に移った頃、二階奥の貴賓室には三人の男が一人のメイドと話していた。

 もちろん、グリンダとフラミンゴ伯爵達三人だ。


「しかし宜しいのか宰相殿。モン・ドール侯爵家とペスカトーレ侯爵家は徹底的に反発しますぞ」

「まあ、奴らの利権を潰すのが目的ですからな。税金を支払って奴らの農奴を養ってやる謂れは無いですからな」


「そう言う宮廷魔導士団はどうなのだ。ジャンヌの主張を飲む事になるのでは無いのか?」

「宰相殿の御子息が申していた様な聖教会に頼らない枠組みが作れるなら、ジャンヌの痛手になると言えば納得すると思うぞ、騎士団長殿」

「そうなのか? 結局ジャンヌも救貧院を廃止して子供の教育の場が作れればそれで満足なのでは無いのか」


「ええ、その通りで御座います。セイラ・ライトスミス様の第一の目的は貧しい子供たちに教育を施す事。その為にはそれなりの収入が必要なので、簡単な仕事を与える事。そうなれば救貧院に入る子供は無くせる。その目的が清貧派聖教会と合致しただけで、救貧院を廃止する事はそのついでなのです」


「やはりそうであったか。しかしついでだから救貧院を潰そうとは恐れ入る。何より王妃殿下迄手玉に取るとはな」

「そう仰る宰相様も乗り気なのでは御座いませんか。今のままではハスラー聖公国とは繋がりの深い東部商人の利益も削られてしまいますから」

「別に国庫の税収が増えるならハスラー聖公国に与する心算も無いがな。ただ教皇や教皇派閥に恩を売っても、奴らが肥え太るだけで国庫にメリットは無い。その上あのリチャード王子に即位されれば、国がハッスル神聖国と教皇家の傀儡に成り下がるからな」


「まあ王家や教皇はともかく近衛の副団長派閥の泣き面が見れるなら幾らでも協力をしてやる。うまく行けばエポワス副団長とその後ろ盾のモン・ドール侯爵を叩き潰せるんだからな」

「まあそうだな。しくじっても子供たちの良い経験と言う事でお茶を濁せる。王妃殿下もジョン王子の実務経験の為と言えばやり過ごせるだろう」

「まあそこまで悲観する事でも無いぞ。なあ、グリンダ。其の方色々と画策しておるのだろう。成功すれば教導派の勢力を削る事が出来る。失敗しても商売敵の商会が一つ消えるだけ」


「別に商売敵とは思っておりません。色々と共闘できる事も御座いますし、住み分けは出来ると思っております」

「その割には其の方らしくも無く投資と影響力の行使に熱心であったぞ。ただ今回はそう簡単に譲るつもりは無い。今回の事で我らの手駒となる有力商会が増えるのだからな。何より投資家として関われる可能性の有る商会だ。其の方らの手駒にはさせん」

「まあ、失敗しても潰れるのは平民の商会が一つだけだ。ポワトー伯爵家と王家が関わる上に失敗すればライトスミス商会が直ぐに呑み込んでしまうだろう。タイミングさえ図っていれば我らに損は無い」


「あらシュトレーゼ伯爵様は失敗を前提で御座いますか。それでは早いタイミングで情報を頂ければライトスミス商会は損はさせませんわ」

「シュトレーゼ伯はどう思っておるか知らんが、この法案はかなり行けると思っておるよ。清貧派聖教会の聖教会教室に危機感を持っておる貴族も多いので西部や北部でも賛同する貴族が出るだろう。南部や北西部は救貧院が無くなる事になれば諸手を挙げて賛成する貴族がほとんどだろうしな」


「と言う事は宰相殿は御子息のバックアップに回れると言う事ですか?」

「使えそうな案なら直ぐにでも官僚に吟味させて、秋までに上奏したいものだな。教皇派閥に反撃の機会を与えないくらいに早くだ。まあ理想通りに行かずとも収容者に給金を払わせる事が出来ればそれだけで奴らの痛手になる。教育の名目で就業時間を削る手も有る。上奏するだけでも事態は変わるのだよ」


「そんなものなのか? 政治の事は分からんがこれから先東部や北部でも株式組合が増えるだろうな」

「そう言う事だ。株式投資という方法で合法的に金を得られるのだから、西部での株式投資の経験も有る我らには有利になるぞ」

 グリンダはそれを聞きながら、サロン・ド・ヨアンナのリバーシクラブの中にでも株式の取引を出来る仕組みを考える事にしようと考え始めていた。

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