第176話 ポワトー女伯爵家の誕生

【1】

 出資者会議が終わると直ぐに翌日からオーブラック商会は動き出した。

 いや、既に出資者会議の結果がどうなろうとやる事は決まっており、フィリポの支店は動き出していたのだ。


 ランドック商会長はア・オーに有るライトスミス木工所の支店で、改造の終了している起重機を受け取った。

 以前グレッグが水力紡績機の改良で使用していた水車小屋は、今やライトスミス木工所とヴァクーラ鍛冶機械工房の研究施設として魔改造されている。

 オーブラック商会の起重機も原形を留めないほどに魔改造されていた。

 カマンベール子爵領からカンボゾーラ子爵領には馬車で移動して、今フィリポの船着き場から河船に解体して運び入れられている。

 そのまま船便でカロライナの港迄送り届けられてきた。


 カロライナで荷揚げされた起重機は馬車に積み替えられてシャピに到着した。

 馬車は火事の有ったドックに入り、その中で組み立てが行われた。ドックは新しい大型外洋船用の埠頭に改造されており、そこに二基の起重機が据え付けられている。


 もちろんカロライナでの荷降ろしも火事が起きたドックの浚渫と埠頭への改造もカマンベール子爵領から引き揚げてきた運河開発工事の作業員を充当して行い、ドック内での起重機の組み立てや設置も併せて実施している。

 昨年カマンベール子爵家に注ぎ込んでいた人的資源の殆んどをポワチエ州に移動させているのだ。

 シェブリ伯爵家との繋がりはもう全て断ち切ってしまった。拠点はカロライナとフェリペの二つの町に移し終えている。

 オーブラック商会はポワトー伯爵家名義で流れ込むライトスミス商会の潤沢な資金で事業基盤を盤石な物にしつつある。

 河の水運を使ってゴッダード、クオーネ、シャピという三拠点体制が確立しつつある。


 そしてこのシャピの街に、オーブラック商会の傘下のシャピ荷役輸送株式組合の事務所を開設させ看板を上げさせて、荷受けの請負業務を開始させた。

 南部や北西部の商会が進出している王都ではまだしも、北部や東部では株式組合の名称自体が目新しくかなり噂になった。


 株式組合の意味が浸透してゆく過程でその出資者が王家を筆頭に宰相家、宮廷魔導師長家、近衛騎士団長家が名を連ねて居る事も話題になった。

 そしてこの事業がポワトー女伯爵カウンテスの口利きで成された事も。


 その結果清貧派大貴族だけでなく東部や北部の有力貴族に加え、王族にもコネの有る領主カロリーヌ・ポワトーに対して商人たちの間に畏怖が広がって行く。

 危機感を持った商人たちは雪崩を打って領主城に馳せ参じ、大聖堂とは袂を分かって行った。

 こうしてポワトー伯爵領の商工会関係者は完全にポワトー女伯爵カウンテスに膝を屈したのだ。


 シャピ荷役輸送株式組合の業務は救貧院の請負業務を直撃した。

 固定式起重機の有る新たな埠頭は大型船の船主たちの取り合いになった。

 埠頭の優先順位は港湾事務所を通して割り振られ、救貧院に作業員の派遣を求める者が大幅に減った。


 更に二機の移動式の起重機の運用が開始されて、作業員の新規採用がなされたため救貧院に入る者は大幅に減った。

 救貧院の収容者にも声がかかり、オーブラック商会に引き抜かれて行く者が大量に発生し始めた。

 そしてそのオーブラック商会がポワトー伯爵家を主体とする大貴族たちの出資により株式組合化したことを告知された。


 オーブラック商会が教導騎士団に関わる大貴族のお抱え商人だと思っていた大聖堂の司祭たちは、救貧院から収容者を奪われた上、オーブラック商会が対立するポワトー女伯爵カウンテスに握られていたことを知り蒼くなった。

 シャピ大聖堂の司祭たちはその収入源を、ポワトー女伯爵カウンテスによってほぼ断たれてしまったのだ。


 教導騎士団も聖教会の聖職者も運営費用は各聖教会の収入から賄われている。そして下級の騎士や聖職者に支払われる給与は、騎士団長や司祭長が聖教会の喜捨の中から賄ている。

 そう言えば聞こえは良いが教導派の大聖堂では配布される予算を上の者から順に搾取して行きその残りが下級の騎士や聖職者に配分されるのだ。


 商工会の大商人達からの喜捨と言う付け届けが無くなり、救貧院からの収益も激減している状況でも、上位聖職者や上級騎士が搾取の手を緩める訳は無い。そのシワ寄せは下級の騎士や聖職者に向かう。


 生活が苦しくなった下級騎士はポワトー伯爵家の騎士団に転属を申し出るもの多い。

 伝手の無い下級聖職者は清貧派に転向して、領主城内に有る治癒院に逃げ込む者も多数あらわれた。

 その場合でもこれまでの行状は厳しく審査されて、不正に加担した者や素行の悪い者は厳罰に処せられる。

 今のポワトー伯爵領は法に厳格なのだ。


 その結果脛に傷を持つ者は夜逃げ同然で、伝手を頼っていつの間にか姿を消している。

 教導騎士団も同様に幹部クラスから順に逃げ始めている。

 大聖堂からは櫛の歯が欠けたように姿を消して行く者が現れた。


 他領に伝手が有る者は沈む船から逃げる鼠のように去って行った。

 信徒の礼拝や諸事については治癒院からやってくる清貧派や清貧派に転向した下級聖職者が対応しているが、これまでのように利権目当ての大商人や貴族たちの姿が消えた。

 一般礼拝の時以外は、大聖堂全体は火が消えたように静かになってしまった。


 そしてとうとう教導騎士団長が出奔してしまった。多額の借金を抱えていたのだがとうとう資金繰りがつかなくなり、騎士団の運営資金をもって逃走したのだ。

 すぐに追手がかかり領内を出る前に下級の教導騎士たちに拘束され領主城に連行された。


 この事件をきっかけにこれまで領主家から支払われていた教導騎士団の補助金は打ち切られ、騎士団の運営に司直の手が入ることになった。

 逃げ遅れた教導騎士団の幹部たちは取り調べられて次々に処罰されていった。

 教導騎士は聖職者では無い為、聖教会の保護対象に入らないからだ。

 教導騎士団はその兵力を大幅に減らし解体されて、聖堂騎士団とポワチエ州兵に吸収された。


 その裁判の過程で聖教会全体の不正が暴かれてゆくことになった。

 ほぼ全ての司祭が不正に関わっている事が知れた為、公開の査問会を開くか私財没収の上領内から追放されるかを迫られた教導派司祭たちは、教皇派の聖教会の圧力で査問会は免れたがポワチエ州から放逐されることとなった。

 そして教導派司祭のいなくなった大聖堂にグレンフォードやクオーネの大聖堂から清貧派の司祭が送り込まれてきた。


 半年を経ずポワトー伯爵領は教導派が一掃された。

 成人式を済ませたばかり少女が、兄を追い落とし、父を引退に追い込み、領内の御用商人を潰し、教導騎士団を解体し、聖教会の幹部を放逐して瞬く間に領内のすべてを手中にした。

 ポワトー女伯爵カウンテスの名は辣腕家の策士として、恐怖とともに北部一帯の貴族の間でその名を轟かせる事となった。

 後世の史家たちから、稀代の悪女とも女性の権利拡張の先駆者とも評されるポワトー女伯爵カウンテス家の初代カロリーヌ・ポワトー女伯爵カウンテスが、今史実の表舞台に躍り出た瞬間である。

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