第165話 内戦の予感

【1】

「皆さま、ハンナ・ロックフォールと申します。よろしくお願いいたします」

 そう言って頭を下げる少女は、この一族に似つかわしくない天真爛漫そうな素直な少女だった。

「なに、セイラ・カンボゾーラ? なにを人の顔をジロジロと。なにか言いたいことが有るなら言うのだわ」

「いえ、特になにも」


 私は休暇を一週間も切り上げて寮に戻って来たヨアンナに呼び出されて、王妃殿下暗殺未遂事件の詳細報告と今後の対策の検討に行ったところをファナに捕まってしまったのだ。

 妹の挨拶を受ける様にと強制されて連れてここに来られている。


「ハンナ、あなたはこの女に関わってはいけないのだわ。可愛いハンナが悪に染まるのを許す訳には行かないのだわ」

 おい、無理やり連れて来て何なんだよ、その言い草は!

「たいそうな言われ様ですけれど、ならなんで私を連れてきたのです」

「悪い見本をハンナに教える為に決まっているのだわ」

「ハンナ様、誤解しないで下さいよ。悪いのは全部ファナ様なんですからね。お陰で私の方が酷い目に合ってるんですから…」

「それは私のセリフなのだわ。あなたが余計な事をするから…」


 私たちの口喧嘩を見ていたハンナが微笑みながら言った。

「はい、お姉様には色々と伺っております。仲の良いお友達が多い様で私も見習いたいのです。それでこの後お姉様のお友達のエマ・シュナイダー様が王都で流行のドレスを見立ててくれるのですわ」

「ダメなのだわ! 服の見立てならジャンヌにお願いするのだわ。エマ・シュナイダーは絶対ダメなのだわ。買い物ならオズマ・ランドックに頼めば親切にしてくれるからそうするのだわ」

 今更慌ててどうする。エマ姉が大人しくしているはずないだろう事は判っていただろうに。


「でもお姉様はいつも取引をなさっていらっしゃるから」

「それは止むを得ずお仕事で付き合っているだけなのだわ。必要が無ければゼッーータイに関わってはいけないやつなのだわ」

「そうですよ。エマ姉が目視範囲に入ったらすぐに逃げる事をお勧めしますよ」

 当然そこは私も賛同しておく。


「えーなんでそんな酷いこと言うんですか。ファナ様もセイラちゃんも酷いと思うわ。こんなに優しくてみんなの事を思っているのに。何よりシュナイダー商店を通せばどんなドレスでも何処よりもお安く手に入るのに」

 私たちの忠告も虚しくいつの間にかエマ姉が上級貴族寮に現れていた。


「別にロックフォール侯爵家はそこ迄倹約するつもりは無いのだわ。ちゃんと言い値で買うのだわ」

「エマ姉、いつの間に上級貴族寮に…」


「んっとねえ。エポワス伯爵令嬢様のご要望で夏向きの新しい靴をお持ちした帰りですわ。ハンナ様もメアリー・エポワス伯爵令嬢様とご一緒に秋物のドレスを見に参りましょう」

「それって絶対ダメなやつよね」

「メアリー・エポワスの二の舞は絶対させられないのだわ。エポワス伯爵家はこのままではライトスミス商会に呑み込まれてしまうのだわ」

「エマ姉、もしかして伯爵家を法人化しようって企んでないわよねえ」

「いやあねえ。爵位持ちの貴族を法人化出来る訳無いでしょう。せいぜい領地経営を法人化するぐらいしか」

「ロックフォール侯爵領はあなたの好きにさせないのだわ」

 …エマ姉、地方行政の法人化まで企んでる。


【2】

 そのままエマ姉を伴ってヨアンナの部屋へやって来た。

 ファナは妹にあんなササクレタ話を聞かせるのは忍びないと言ってついて来なかった。現場にも居合わせたしファン卿からもその後の経過は逐次聞いているだろうから報告は要らないのだろう。

 後で今後どうするかの方針を教えて欲しいと言い残してハンナ様を連れて出て行った。


 集まった貴族は私とカロリーヌ。まだ私以外の女子寮の下級貴族は帰って来ていないのだ。

 エヴェレット王女は内政に関わる政争の話となるので遠慮して貰った。というのは建前で、殿下を呼べば絶対あいつがしゃしゃり出てくるから、代わりにカタリナ修道女が参加している。

 そしての平民寮からはエマ姉が勝手にやって来た。最近はほぼ顔パスでやって来ているけれど寮則はどうなっているのだろう。

「あの…私もいるのですが」

 …ああエマ姉、オズマも連れて来たんだ。


「こんなに腹立たしい事はいつ以来かしら。王妃殿下は毒を盛られていたのは間違いないのかしら」

「ベアトリスの報告ではジギタリスの葉を乾燥させて粉にしたものを食事に混ぜたのだろうと。メインディッシュのソースの味が苦かったと言っておりました」

「ベアトリスが言っているのだから間違いないわ」

カロリーヌの報告に私は激しく同意する。

「…ベアトリスって、何なのかしら? まあ良いわ。ならば今までの変死事件もあの女が関わっていた可能性が高いという事なのかしら」


「やり方が全部一致しているわ。聞いた限りでは、先々代の国王陛下も先王も王太后の出席した食事会の後で。先王の寵妃が馬車で死んだときも王太后との昼食会のすぐ後で馬車の事故でと言うけれど、死因は毒でしょうね」

 私の憶測に他の皆も頷いた。


「それなら王太后は報復に出ると思うわ。狙われるのはジョン王子とカロリーヌ様、それからセイラちゃんよね。ヨアンナ様とファナ様については御本人よりヨハネス卿やファン卿が狙われるでしょうけれど両家は誰かを殺して終わりになるような脆弱な貴族家では無いですもの」

「エマさん、カロリーヌ様のお命は狙われているのでしょうか」

 オズマが不安そうに問い掛ける。


「エマの言う通りで当たりかしら。ポワトー伯爵家はカロリーヌが倒れれば替わりに立つ者がいないのは弱点かしら」

「でも毒殺の対処ならベアトリスもイブリンもいる上に枢機卿様の治癒士たちから水、風、地の三属性の術士を必ず付ければ最低限の対処は出来るわ。ジョン王子の身辺の方が不安だわ」

「腹立たしいけれどしばらくはフィディスちゃんと水属性の修道士を貸してやっているのだわ。王立学校から移動した治癒術士が使える様になれば絶対に帰して貰うかしら! 王妃殿下の所にもファナが治癒術士を派遣しているのだわ」


「それよりもセイラ様、あなたが一番心配です。私はこれでも伯爵ですから周りも警戒するでしょうが、今までは表に出ないで標的から外れてきましたセイラ様は王太后は私怨で狙ってくると思うのです。そういう意味では一番危険なのはセイラ様です」

「私にはメイド達もついているし、私がどうにかなってももう流れは止められないわ。ライトスミス商会もアヴァロン商事もオーブラック物流商会も止まらないでしょう。南部や北西部の農業改革も紡織工場の稼働も。その力を背景にした株式投資に名を連ねる貴族家も、シャピのラスカル西部航路組合も。私が死んでも流れは止まらないわ」


「セイラ様! 私はそんな事を言っているのではありません。もしそうなれば本当に私たちは立ち上がりますよ。内戦も辞さないつもりです」

「貴女はフィリップ叔父上やヨハネス兄上が黙っていると思っているのかしら。血の気の多い南部貴族も国境線に憂いが無いのだから即座に反撃に出るわ。貴女はそんな事を望んでいるのかしら」

「そんな事させない。私はそもそもそんな事に成らない為に商会を始めたんだよ。ハウザー王国との国境で諍いが起きない様にって…。それが内戦なんて。カロリーヌ様がそこまで覚悟をしていたなんて」


「ですから身辺には今以上に気を付けて下さい」

「うん、義父上からも言われてナデテとリオニーを付けて貰う事になってるわ。エマ姉とジャンヌさんには悪いけれど変わりのメイドを呼んでいるの」

「セイラ様、なら治癒術士もキャサリンなら優秀な風属性持ちです。土属性を連れて来てもらえば水属性は私がフォローします。エヴァン王子付きという事で一人呼んでもらって、セイラ様にはキャサリンを付けて万全を期しましょう」

 カタリナは食い気味に提案してくる。

 メイド三人に治癒術士付という高位貴族並みの陣容になるがこうなれば仕方がない。

 …新学年が始まればまた教導派貴族に調子に乗っていると揶揄されるのだろうな。

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