第166話 新入生たち

【1】

 オーブラック商会でドレスを買うとかファナが言っていたが、オズマがここに居るのにいったい彼女はハンナ様を連れてどこに行ったんだろう。

 オズマに聞くと今年の新入生に商会員がいるのだという。

 自分より若いが全てにおいて自分より上でシッカリしているとベタ褒めの商会員だった。


 たぶん外のガーデンテラスでファナたちと商談をしているだろうというので、顔繋ぎの為挨拶だけでもと思いガーデンテラスに向かう。

 楽し気なハンナ様の笑い声とまだ幼さの残る少年の声が聞こえてきた。


「侯爵家となれば体面も御座いましょうが普段使いにならコットンでもよろしいかと思うのです。高価な絹地のオートクチュールを毎日着続けるよりは、コットンのセミオーダーやプレタポルテをその日の気分で変えるというのもお洒落では御座いませんか?」

「あらそれは素敵なのだわ。パーティーや特別な時用に絹地のオートクチュールを仕立てておけば良いのだわ」


「でもリネン生地やラミー生地と比べて見劣りがする事は無いかしら?」

「リネンやラミーが値段が高いのは今だけですよ。冬になる前にはどれも価格は大きく落ちます。この夏にコットン以外のドレスを仕立てると大損する事になりますよ。秋には麻も羊毛も大型織機の加工生地が出るので、来年の春には同じドレスを十分の一の価格で仕立てる事が出来るのですから」

 中々誠実な商人のようだ。エマ姉なら高値で売り抜けようとするに決まっているもの。


「こんにちは、私もお話に加えていただけないかしら」

「あっセイラお嬢様。聞いていらしたのですか。セイラお嬢様相手にお恥ずかしい限りで御座います」

 そう言って頭を下げたのはパウロだった。


「…新入生ってあなたなのパウロ」

「ええ、オズマお嬢様がこれから先商会のネットワークを作るなら絶対に行くべきだと申されまして、何よりこのままでは一般顧客をマイケルに食い荒らされてしまいますから」

「…マイケルがどうしたと」

「マイケルが月初めから平民寮に居座って騎士団寮にも女子平民寮にも手を伸ばしておりますので座視するわけには」

「マイケルも居るの…」

「えっ? ご存知ですよねえ。ああ、セイラお嬢様とは入れ違いでしたか」


 マイケルも新入生!? これは男子平民寮が荒れるぞ。

「セイラお嬢様、マイケルにも…アヴァロン商事には負けませんからね。僕はオーブラック物流商会の副代表ですから。オズマお嬢様を出し抜くような真似はさせませんよ」

「ねえ、パウロ。そういう事はエマ姉に行ってちょうだい。ファナ様も下級生からのボルのを避けるようにお願いするわ」

「まあ、あなたならエマよりは信頼できるのだわ。あなたの使命はハンナをエマの魔の手から守る事なのだわ」


 …どの口が言うのかなそんな事。

 自分だってエマ姉を使って散々東部や北部であくどい事をしてきたくせに。

 南部諸侯はライトスミス商会と共に栄えてきた。それを牽引してきたのはグリンダとエマ姉だ。

 私としてはその言い草は容認できない。


「ファナ様、それでもエマ姉は持たぬ者から毟るような事は絶対しませんよ。それに儲けた分の見返りはキッチリと返していると思うのですが」

「それはまあ、あの娘が誰にも嫌われないのはそういう事なのだわ。でも同じ事はハンナには無理なのだわ。エマだからこそできる事でなのだわ。だからハンナ、エマを出し抜こうなんて思ってはいけないのだわ。何より関わらないのが肝要なのだわ」

 ファナもさすがに言い過ぎたと思ったのだろう、弁明交じりの忠告の言葉をつづけた。

 まあ言わんとしている事は理解できる。


「オズマさんもだけれどもパウロもエマ姉に染まり切らないでね。教えてくれることを守っていれば良い師匠だけれど、全部をまねすると痛い目に遭うわよ」

 エマ姉は毟れる相手からは毟って行くけれどその相手が満足する物を提供している。この勘所は他の誰もまねできない。


【2】

 アヴァロン州の下級貴族の新入生令嬢が二人挨拶に来て、北西部の新入生を四人連れてきた。

 ヨアンナへの挨拶の同行を頼みに来たのだが、本当の目的はアヴァロン商事の関係で私への顔繋ぎのようだ。

 オーブラック商会のパウロやライトスミス商会のマイケルに我がアヴァロン商事が後れを取る訳に行かない。

 女子寮はだけは私がキッチリと握っておかなければ領内で頑張っているミゲルに顔向けできないよ。

 パブロもルイスも一応アヴァロン商事の商会員だけど少しは弟や妹を見習ってくれよ!


 入学式の三日前には同じリール州のル・プロッション子爵令嬢が挨拶に来た。

 マリオンの住むレ・クリュ男爵領の隣で、アヴァロン商事の運営する河船交易で最近利益を上げている。

 最近は領内に清貧派の聖教会も増え始めて聖教会教室や工房も一部で運営されつつある領地だ。


「あの…セイラ・カンボゾーラ子爵令嬢様。私のお友達がセイラ様を紹介して欲しいと言って一緒に来ているのです」

 ル・プロッション子爵令嬢は言い難そうにそう告げた。

「別に構わないわ。遠慮はいりませんから、一緒にお茶を致しましょう」


「そっそれでは失礼します。イヴァナさん、セイラ様のお許しを頂いたので入っていらっしゃい」

「はい!」

 大きな声がしてドアを開けて入ってきたのは目つきの鋭い貴族令嬢にしては浅黒く日焼けした少女だった。

「押忍! お初にお目にかかります。イヴァナと言います」

 それだけ言うとずかずかと部屋に入ってきた。


 エレーナ・ル・プロッション子爵令嬢は私に気を使いつつ困った顔でイヴァナに苦言を呈する。

「イヴァナさん、そのようなご挨拶では王立学校でも又宮廷作法で赤点を取る事になりますわよ」

「大丈夫だよ。兄上が言っていたもの。宮廷作法が赤点でも特待を取った令嬢がいるって」

 待てよ! その特待を取る為には私がどれほど酷い目に遭ったか知らないだろう!


「それでもセイラ様に対して失礼ですわ。目上の方には敬意を払うべきです」

「構わないわよ、私も行儀がいい方じゃないし、敬意を払われるほど立派でも無いもの。気軽にお話ししましょう」

「ああ、コブシでな! あんたに勝ったらこの寮でテッペン獲れるって聞いたんだ。セイラ・カンボゾーラ、あんた目障りなんだよ!」

「キャーー! イヴァナさん何を!」

「テメー、”さん”をつけろよこのデコ助野郎!」


 いきなり殴りかかってきたイヴァナの拳を左手でいなすとそのまま巻き込んで、足払いをかける。

 その状態から仰向けに倒れたイヴァナの喉元を右腕の前腕部で抑え込んだ。

「クッ…殺せ!」

 何この極端な娘?


「クッ、このイヴァナ・ストロガノフ、近衛騎士団長の娘の名にかけて逃げも隠れもしねえ。さあ、殺せ!」

 …この娘イヴァンの妹だ。兄妹そろってまったく…。

「あなたは攻撃が直線的なのよ。もっと精進しなさい」


「セイラ様、お許しください。イヴァナさんは少々アレですが悪い娘じゃないんです。ちょっとアレですがとっても良い娘なんです。お願いです。どうか命ばかりはお許しを」

 予科生の間で私はどう思われていたのだろう。


「別に怒っていはいないわ。さあ、仕切り直してお茶にしましょう」

「あんた良い奴だなあ。兄上の言った通り徒手格闘は凄いぜ。アネキって呼んでもいいか」

「イヴァナ様! そういう時はお姉様ってお呼びするのですよ」

「分かったよう。セイラお姉様の盃を貰いてえ。このイヴァナ・ストロガノフと義姉妹の契りをお願い致します」

 今年の新入生は頭の痛くなる子ばかりだ。

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