第136話 夏至祭(初日)

【1】

 ゲームでの夏至祭は各攻略対象者との好感度上げイベントだった。

 攻略対象各キャラが各々企画したイベントに参加して好感度を稼ぐのだ。

 とは言うもののあのバカどもに関わっている暇はない。私は自主企画のファッションショーに忙しいのだ。


 初日の朝、学校の礼拝堂から歌声が聞こえてくる。

 夏至祭の間使う予定のなかった礼拝堂を、カロリーヌが借り上げていたのだ。

 ポワチエ州の各領地から聖霊歌隊を交代で連れてきて歌わせるのだ。

 シャトラン州からも、そして王都のゴルゴンゾーラ公爵家やロックフォール侯爵家の聖霊歌隊も参加している。


 やはりエドの仕込みのようでサン・ピエール侯爵家が聖霊歌隊の宿舎も提供し、船便でポワチエ州やシャトラン州の聖霊歌隊を交代で送り込んで来ている。

 エマ姉は入場料を取らないことがとても不服のようだが、ポワトー女伯爵カウンテスが聖霊歌を喜捨していると噂が立ち、政治情勢を知らない貴族子女や婦人方には信心深い女領主だと高評価を得ている。

 

 ジャンヌに誘われて猫獣人の修道女に率いられた子どもたちの歌声を聞いていると、クラスメイトの近衛騎士ヨセフ・エンゲルス子爵令息が私を探して入ってきた。

「ああ、ここに居たんだ。セイラ・カンボゾーラ急いで来てくれ、ウィキンズさんが困っているんだ」

「? ? ウィキンズ…先輩が?」

「良いからすぐ来てくれ!」

 そう言うと私の手を引っ張って表に連れ出されて、闘技場の方に連れてゆかれた。

 当惑しているウルヴァを連れて闘技場に到着すると入り口でイヴァンが待ち構えていた。


「あっ、イヴァン様」

 ウルヴァが笑顔で頭を下げる。

「遅いぞ、セイラ・カンボゾーラ! 時間は守るために有るのだ。近衛騎士たるもの半刻前行動が基本だぞ!」

「半刻前も何も私はなにも聞いてないわ! それに私は近衛騎士でもないし!」


「そんな事はどうでも良い。ウィキンズ先輩が待っているんだ。ウィキンズ先輩を待たせるなどもっての外だぞ。ウルヴァも頑張ってお前の主人の応援をするんだぞ」

「応援でございますか? わかりましたイヴァン様」

「よし! 良い子だ。しっかり頑張れ」

 わけも分からぬまま闘技場に入ると右隅の競技区画にウィキンズが立っている。その周りにクロエと数人の女子学生が困惑した表情を浮かべて取り巻いていた。


「お嬢、一体どう言う事なんだ?」

 ウィキンズが近づいて私の耳元で問い掛ける。

 ウィキンズが指さした対戦掲示板には ”徒手格闘 予選第一試合:ウィキンズ・ヴァクーラVSセイラ・カンボゾーラ” と書いてある。


 その掲示板の前で呆然と立ち尽くす私の後ろからウィキンズの声がする。

「イヴァンが同級生で見どころの有る下級貴族がいるので近衛にスカウトしたい。一度実力を見てくれと言って試合を捻じ込んできたんだよ」

「ああ、そうだぞ。お前が剣術試合なんて出ないと言ったから、ウィキンズ先輩にお願いして徒手格闘の枠に入れて貰ったんだ。俺が審判をしてやるから早速始めようか」


「…怒 キサマが元凶か! オノレが…」

 十秒後…私の背負い投げが決まった! 

「お…ま…え…」

 床の上で倒れたまま彼が指をさしながら呻く。

「ち…ちが…う。あい…て…は、おれ…じゃな…い」

「セ…セイラさん」

「お嬢…」


 床の上に転がるイヴァンが私を指して宣言する。

「審判に…直接…攻撃で、反則負け!」


【2】

 イヴァンのおかげで夏至祭の始まりが最低な気分になってしまった。

 気分直しにお昼はジャンヌを誘って、ファナのお店に行く。

 開店早々でさほど混んでいるわけでも無かったが、生徒たちがかなり集まっていた。


 私はあたりを見回すとゴッドフリートが座っているのが見えた。手を振ってこちらに合図をする。ジャンヌと二人同じテーブルにつく。

 カツサンドとコーヒーを頼んでしばらくすると、賑やかな話声と共にアイザックがBクラスのブレーズ・ベームとルネ・クレイルを伴なって現れた。

 昼食後はジョン・ラップランド殿下の求めに応じて大講堂に向かう予定だが、その前に事前打ち合わせなのだ。


 とは言うものの平民寮の生徒たちにとっては普段は口に入らないご馳走なのだ。同じ料理であっても、ファナ・ロックフォール侯爵令嬢の饗する料理はツーランク、いやスリーランクは上なのだ。

 打ち合わせなどそっちのけで若い男子四人はカツサンドを頬ばっている。

 生徒たちの間ではファナの出すお茶会の料理は有名である。その名を冠する店であるから、セイラカフェ程度の料金でも味は間違い無いと判断する事が出来る。

 事実、料理の味は絶品だった。給仕もサーヴィスも申し分ない。


「これは美味いなあ。この料理も生徒が作っておるのか? 何なら我が伯爵家で雇ってやっても構わぬぞ」

「それは契約内容次第で御座いますね」

「伯爵家で働けるのだぞ! 契約云々もあるまい」

「しかし、ここで働く者は最低でもロックフォール侯爵家やゴルゴンゾーラ公爵家に見習いに行ける技量を持っております。それより劣る条件では…」

「ムッ…。それならば契約内容を考えても良いぞ…」


 上級貴族をその気にさせる技量を持つ生徒達なら立ち上がりは上々。

 私はその去り際にその伯爵の耳元でそっと囁く。

「伯爵様、今日と明日この店は開いておりますが、遅くなれば遅くなるほど生徒の雇い入れは困難になるのではないですか?」

 その伯爵は驚いた表情で私を見た後言った。

「それは然り。サーヴァントやメイドも早いうちに雇用契約を済ます方が良いな」


 私たち七人が向かった先は大講堂だ。中に入ると来賓や生徒、そして学校関係者も含めて席の七割ほどは埋まっていた。

 幾何の討論会などというマイナーな企画に対しては、とても多い聴衆である。さすがは第二王子主催だけあって動員数が半端ではない。


「昨年のクラス分けで話題となった直角三角の三辺の算出について、公理である計算方法が有るが、最近では点の軌跡として取り扱う座標という概念が…」

 始めにジョン・ラップランド殿下が今回の議論の口火を切る発表を行い始めた。

 この一年ジョン殿下たちと議論を尽くし…というか論破しまくって奴らにてやった座標の概念を発表しているのだ。


 宮廷の測量関係者や天文関係者から好意的な反応が見られる。学校内の若手の講師たちからも賛同の意見が上がるが、幹部講師や聖教会関係者からは反論が上がる。

「その概念は天文に於いても、星を点として捉えれば、天空を立体的な座標で理論的に表す事が出来て…」

「天空の、星の運航は神の摂理や運命によって導かれのだ。その様な簡単な事柄で明かせるはずが…」

「ならば座標で規則性があるかどうか証明できるではないか」


 討論は観念的な抽象論を駆使する聖教会関係者や幹部講師の反論を、宮廷の官吏や研究者たちが次々に論破して行った。

 ジョン殿下、やるじゃないか。

 嬉しそうに微笑んで拍手を送るジャンヌに相好を崩していたジョン殿下に、私もサムズアップを送ると途端に嫌そうな顔をする。

 

「セイラ・カンボゾーラ、これは理論が正しいことを認めたのであって、お前に負けた訳では無いからな」

演壇を降りてきたジョン殿下が私の横を通りながらボソリと言った。

「おい、アイザック・ケラー、ゴッドフリート・アジモフ。この間お前たちの言っていた王立学校に向かう橋の話だが、七つの橋の位置を記した地図を用意したから…」

 王子を含めた五人が地図を広げて話し出した。

 どうも次の発表をゴッドフリートたち四人にさせるようだ。この様子だと座標の概念の発表から解析幾何学や位相幾何学迄の数学の概念が花開く可能性出てくるかもしれない。

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