第137話 夏至祭(二日目)

【1】

 今日も朝は礼拝堂の聖霊歌の歌声から始まる。

 行儀は悪いが礼拝堂に持ち込んだミルクのカップとサンドウィッチで朝食を取りながら、子供たちの歌を聴く。

 ああ、癒される。

 今朝からは聖霊歌隊の子供たち全員に私が食べているのと同じ、ミルクとサンドウィッチの朝ご飯をアヴァロン商会の名前でプレゼントしているからお目こぼし下さい。


「セイラ様、おはようございます」

「セイラさんは朝食ですか?」

 カロリーヌとジャンヌが席にやって来る。

「子供たちに朝食を有難う御座いました。みんな大変喜んでいますよ。立場上特定の子供たちに贅沢をさせる訳に行かないもので」

 カロリーヌが礼を述べる。


「カロリーヌ様も熱心に頑張っているから、あちこちで評判になっていますよ。ジャンヌさんの講話もとても良かったと伺っています。お茶会やパーティーにかまけている教導派の司祭連中とは大違いだわ」

「これもエド様のお知恵です。あの方を派遣くださってありがとうございました」

 カロリーヌの話では、シャピ大聖堂の教導派締め付け計画も大詰めを迎えているらしい。


 午前中はジャンヌに誘われてヨハン・シュトレーゼの主催する宮廷魔導士見習いたちの演習を見に行く。

 何でもジャンヌは昨日のジョン殿下をはじめヨハンやイアンからも誘いがかかっているそうで、誘いがなかったのはイヴァンだけだとか。

 顔を立てる為見に行くのでついて来てほしいと頼まれたのだ。


 砂塵を巻き上げての目くらましや突風による矢の軌道を変える風魔法。土塁を作り防御を行う土魔法。そして火の玉を飛ばし攻撃する火魔法。泥濘を作り進軍の足を止める水魔法。

「爆裂魔法や灼熱で焼き尽くす様な攻撃は無いんですね。敵へのダメージはどれも嫌がらせ程度ですね。」

「広域になる分、魔力が分散されて威力が落ちますね。戦場では些細な事が勝敗を分けるのでしょうけれど、これならアドルフィーネの南京虫退治の方が効果が有りそうね」

 私もデモンストレーションの感想を述べる。

 何を言われているかも知らず、ヨハンをはじめ宮廷魔導士見習い全員がジャンヌに向かって能天気に両手を振っている。


 ヨハンのデモンストレーションを終えた私たちは、校舎の中に戻って行った。

 こちらは私がジャンヌを誘った。

 講義室の一つを借りて研究の発表をする生徒がいるのだ。

 ドアを開けるとあまり大きくも無い講義室が閑散としていた。来賓はいない。平民寮の男子生徒が五人だけ座っていた。


 演壇に立って発表の準備を始めていた男子生徒が驚いてこちらを振り返った。

「セイラ・カンボゾーラ…、それに聖女ジャンヌ」

「あなたの発表、笑いに来てあげたわ。無様はことを言ったなら、完膚無く叩きのめしてやるから覚悟して」

「セッ…セイラさん、そんな言い方は…」

「良いのよ。これ位で泣きが入る様じゃ、この先Aクラスでやって行けないから」


 私の言葉にその男子生徒アレックス・ライオルは、キッとこちらを睨むと発表を始めた。

「今回は錬金術の研究成果の発表を行うつもりだ。入学してから色々と文献を調べてそこにあった黄金を溶かす液体の生成の実験を行いたい。」

 その言葉に春休みの事件の事を思い出した。

 やはりアレックスは王水を作っていたのだ。


 アレックスはポケットから金貨を一枚取り出すとナイフで削りフラスコの中に入れた。

 金貨一枚は大金だ。それを削って実験に使用するのは今のアレックスにとって大変な出費だろう。


「このフラスコに金の欠片が入っているのが見えるだろう。ここに濃硝酸を注ぐ、そしてかき混ぜながらこれを少しずつ投入して行く」

 濃硝酸の中でカラカラと音を立てながら踊る金の欠片の中に、白い粉を少しずつ投入して行くと 金が茶色く変色して溶けて行った。

 王水は硝酸と塩酸の混合液だ。なら今アレックスがいれた白い粉は何なんだ?


「おお! 溶けてなくなったぞ。これは一体何なんだ?」

「しかし本当に金だったのか? ごまかしてはいないか?」

 驚く者もいたが懐疑的な者もいる。全体的に驚き半分疑い半分という感じだろうか。


「胡麻化してなどいない! 削った金貨を見てみろ!」

「アレックス! その白い粉は何? それをはっきりさせろ」

「塩だ! 塩と硝酸だ」

 そうだな。塩素が有れば金は溶ける。別に塩酸の混合液でなくても良いんだ。先入観を持ち過ぎていた。


「素人質問で恐縮だけど、その程度の金では信用できないわ。これを溶かして御覧なさい。なら信用してあげる」

 私はポシェットから金貨を一枚取り出して、アレックスの持つフラスコに滑り落した。

 金貨は茶色く変色し始めてゆっくりと溶け始める。


「嘘ではないようね。もう判ったわ。そんな変色した金貨要らないから返却は無用よ」

 私はそれだけ言い残してジャンヌを伴ない教室を出た。


【2】

 昼食の後はアントワネットの借りている校舎内の食堂に赴いた。

 二日目午後はジョバンニ・ペスカトーレの開くお茶会だ。

 一年のAクラスとBクラスの全員に招待状が渡されている。

 初日はアントワネット・シェブリ伯爵令嬢のお茶会と夕方からはユリシア・マンスール伯爵令嬢の開くサパーパーティーで、二日目の昼がクラウディア・ショーム伯爵令嬢の主催する昼食会。

 そして二日目の夜はその四人が共同で開催するディナーパーティーだ。

 この四人でどれだけ金を使うつもりなのだろう。


 お茶会の会場には招待客が次々とやって来ている。王都の上級聖職者や北部貴族や宮廷貴族。そして官僚や王都の御用商人の姿も見える。

「セイラ・カンボゾーラ! 来るのが遅いかしら」

 ヨアンナとレーネが、そしてリナやエレンやロレインも居る。Bクラスの娘も招待されているのだ。

 それにしてはカロリーヌもいないしジャンヌも…まあジャンヌはジョバンニに関わる様な行事には絶対参加しないだろうし、カロリーヌは聖霊歌隊の世話で忙しいのだろう。

 当然平民たちも殆んど来ていない。場違いなお茶会にのこのこ出向いて上級貴族たちに嫌みを言われるのは嫌なのだろう。


「これは、ヨアンナ・ゴルゴンゾーラ公爵令嬢。よくお越しくださった。それでご婚約者のジョン・ラップランド殿下は御一緒では無かったのですか?」

 ジョン・ラップランド殿下はまだ来ていないようだ。

「私はジョンのお守り役では無いかしら。なぜあの男を引率しなければいけないのかしら」

 ヨアンナは木で鼻を括ったような返事をして中に入って行く。

 私たち取り巻きーズ五人はヨアンナと席に着いた。


「ジョン殿下は何故来ない! イアンもヨハンもだ! カロリーヌ・ポワトーもファナ・ロックフォールもだ! 俺を軽く見ているのか!」

 来賓がいる中で久々のジョバンニの癇癪が破裂した。


 それを眺めてヨアンナがせせら笑っている。

「ジャンヌが来ないお茶会にあの男たちが来るかしら。集めたければジャンヌを説得してみれば良いかしら」

「ジャンヌさんなら礼拝堂でカロリーヌ様のお手伝いをされていましたよ。聖霊歌隊が歌った後に集まった方々に説話をされていらした様ですが」

 ロレインがオズオズと口を開く。


「こちらのペスカトーレ枢機卿様の御子息はお茶会と贅沢に余念が無いようですわね。ポワトー枢機卿様のお孫様は聖教会に歌の喜捨を続けている。ボードレール枢機卿様の姪は礼拝堂で説話をされている」

「黙れ! セイラ・カンボゾーラ。俺は未だ聖職者では無い!」

「あちらのお二人も聖職者では御座いませんよ。それでも自分を律しておられる。その喜捨を湯水のように使って贅沢を重ねる者もいるというのにあの二人はご立派では御座いませんか」

「ふざけた言い草を! セイラ・カンボゾーラ! 口を慎め」


 ジョバンニの側にユリシアとクラウディアが寄り添って私を睨みつけている。

 会場は一触即発の緊張が高まる。

「毎日自分がジャンヌと比べられているからと言って、このタイミングで自分より格下に喧嘩を売って鬱憤を晴らしたいのかしら。セイラその辺りにしておかないとまた悪い噂で私がジョンに当てこすられるかしら。長居は無用かしら」

 ヨアンナがそう言って席を立つ。私たちも続いて会場を後にした。

 中からはテーブルを殴る音とジョバンニの罵声が聞こえた。

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