第138話 夏至祭(最終日:午前)

【1】

 最終日も礼拝堂から始まった。

 昨日の夜はアントワネットのディナーも有ったそうだが、ジョバンニが荒れていたそうだ。

 私もそのジョバンニのせいで昨日からササクレていた精神を癒すためにここに居ると、ジャンヌがやって来た。


 イアン・フラミンゴの主催する講演会が有るので誘いに来たようだ。こういうのは私では無くエマ姉と行くべきじゃあないのかな。

 そう思ってエマ姉に声を掛けた。エマ姉は承諾してくれたが、ジャンヌに言わせると私が必ず行かなければいけないらしい。

 結局その講演会は、演者の財務官僚をエマ姉が徹底的に叩きのめして演壇から引きずり降ろしてしまった。

 そして最後はいつもの様に議論にもならない、エマ姉とイアン・フラミンゴの口喧嘩で終会を迎えてしまった。

 つくづく時間の無駄だったと思う。


 午後のファッションショーの準備で忙しいのにとんだ時間のロスだった。

 最終確認の為上級貴族寮に赴くと、ヨアンナの部屋とファナの部屋に極秘に今日の為のドレスが運び込まれている。移動式のハンガーラックに幌を掛けて置いてある。

 実は私の部屋にもハンガーラックが運び込まれている。


 今回のファッションショーでは色々と裏でゴタゴタが起こっているのだ。このハンガーラックはその対策の一環である。

 これまで貴族令嬢の間ではショーへの出場枠を巡って、醜い足の引っ張り合いが繰り広げられてきたのだ。

 年明けに行われた上級貴族寮のショーに触発された自己顕示欲の塊のような貴族令嬢たちが、お抱えの服飾店を捻じ込んで舞台に立とうとして足の引っ張り合いをしていた。


 地位と権力で捻じ伏せられた教導派の比較的裕福な下級貴族令嬢たちは、私たちシュナイダー商店系の系列店舗枠から自分の出番をむしり取ろうと嫌がらせや妨害を始めている。

 系列の仕立て屋を嗅ぎつけて自前のドレスを持って乗り込んできた令嬢も居たそうだ。

 ジャンヌがまた舞台に立つと勘違いして、一年の教室に乗り込んで来てジョン殿下やイアンたちに追い払われた令嬢たちもいる。


 それにショー参加者の着替えや待機に使う場所も、騎士達の更衣室を借り受ける予定であったが大量の苦情の声が上がった。

 下見に行ったが吐き気がするほど汗臭く、薄汚い場所だった。体育会系の男子しか使わないロッカールームなど、自分から進んで掃除する奴などいない事を失念していた。

 前世の学生時代は気にもならなかったのに、十六年女として生きてきた弊害だろうか。

 当日の午前中まで武道トーナメントがある為、清掃なんて間に合わない。仕方が無いので武具倉庫を片付けてそこを更衣室代わりに使わせて貰ったが、上級貴族令嬢たちに拒否られてしまった。

 教導派貴族令嬢たちは上級貴族寮で着替えて馬車に乗って会場入りする手はずをクラウディア・ショーム伯爵令嬢が段取りした。


 その様なゴタゴタをどうにか処理しつつやっと当日を迎えたのだが、懸念は残っている。

 当日の衣装に対する直接的な妨害だ。

 要するに衣装の破損を企んで、空いた枠に自分の衣装を捻じ込もうとする令嬢がいるかも知れないと言う事なのだ。

 それだけで無く教導派御用達の仕立て屋なら、私たちの準備した衣装を破損させるだけでもメリットはある。


「セイラ様、闘技場の武具倉庫に入れてあった衣装にインクがかけられました」

 ウルヴァが私に知らせに来た。

 前日に運び込んでいた衣装に誰かがインクをかけたようだ。

「犯人の目星はついている?」

「はいです。三年のレギナ・エポワス子爵令嬢とミレナ・マンスール男爵令嬢が、試合も見ずに闘技場の中をウロウロしていたそうです」


「ウルヴァ…そいつらって」

「はい、入寮した日にお会いした先輩方です」

 レギナ・エポワスは近衛副団長の分家、そしてミレナ・マンスールは私のクラスのユリシア・マンスール伯爵令嬢の従姉だ。

 もう裏で糸を引いているのが誰か見当はついてしまった。

「シェブリ伯爵令嬢様が何かしているのでしょうか?」

「違うわね。アントワネットはこんなバカな事はしないわ。指示を出したのはユリシアとクラウディアでしょう。でも弁償はキッチリと本人から頂こうかしら」


【2】

「ゴメンなさい。たまたま覗きに行ったのだけれど、うっかり躓いてしまったの。その時手に持っていたインクが零れてしまったのよ」

「弁償は致しますわ。私たちの落ち度ですものね。安物の生地でしょうし現金でお払いしても構わないけれど」

「でもそれではショーに支障をきたしますわね。宜しければ私たちの高価なドレスを提供してもよろしくてよ」

「そうですわね。私たちがそれを着て出ればとても華やぐと思うわ」

 結局そこに行き着くのだろう。


 出演枠を上級貴族で従妹のユリシア・マンスール伯爵令嬢や親戚のメアリー・エポワス伯爵令嬢に取られた事、それに私の入寮日での恨みも有るのだろう。

「ご安心ください。現金での弁償で構いません。買い取られるなら通常通りの買取価格で、弁償ならその半額で結構ですよ」

「あら、出場枠が減ってしまっても構わないのかしら。それに私たちそんなドレスは着ないので買取など致しませんけれど」


「ご安心ください。私どもは予備のドレスも用意しておりますので」

「えー、そうなんです。でも残念ですねえ。私どもシュナイダー商店では、今回卒業生の方に補償金を頂ければ舞台に上がって貰えるようにサイズ違いを用意していたんですよ。でも着られないと仰るなら仕方ないですね」

 卒業生の下級貴族には何人か声をかけて着て貰える人を募っているけれど。

 …エマ姉、補償金の話しなんて初耳なんですけど。


「そっ…そんな平民が着るような服なんて此方から願い下げよ!」

 二人はしばらく口をパクパクさせていたが、直ぐに顔を真っ赤にして捨て台詞を吐いて出て行った。

 そのタイミングでセイラカフェ系のメイドを通して三年生の下級貴族を中心に一斉に情報を流した。

 私たちがレディメイドのドレスを着てくれるモデルを募っていて、午前の五の鐘と半分の頃に第三講義室で打ち合わせと選考会をすると。

 そして五の鐘が鳴るころには第三講義室に多くの三年生の令嬢が集まていた。


「お集まりいただいてありがとうございます。今回は条件が御座います。まず着られたご衣裳は買取りをお願い致します。出来ればそれを卒業式で着て頂きたいのです。舞台に上がる衣装のデザインは同じになりますが、卒業式当日のアレンジや縫製の修正は各服飾店がご相談に応じて割引で対応させていただきます」

 ヨアンナとファナの部屋に隠されていたハンガーラックが次々に運び込まれて、幌が外される。


 感嘆の声と共に令嬢たちが走り寄ってくる。

 室内は説明会というよりバーゲンセールのような空気に染まってしまっている。

 気に入った衣装を合わせて、どちらにするか悩む者。サイズ合わせを始める者。


「これは、リボンやスカーフでアレンジしても良いのかしら?」

「私この三着とも欲しいのですけれど…」

「小物やアクセサリーでのアレンジはご自由にしていただいて構いません。お一人様一着でお願い致します。出来るだけ多くの方に参加いただきたいので…」

 みんなに向かって叫んでいるが、リオニーの声などもう誰も聞いていない。


 そう言えば今頃はクロエお従姉ねえさま方は私の部屋に入った頃かな? 驚いているかな? 気に入ってくれるかな?

 そんな事を考えながらハンガーラックに群がる令嬢たちの横で、悪どい笑みを浮かべてその光景を眺めるエマ姉を目にして何やら胃が痛くなりそうになった。

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