第139話 夏至祭(最終日:午後)
【1】
ハンガーラックは着る令嬢の名札を付けられて全て控室に運び込まれた。
集まった令嬢たちは清貧派の令嬢が多いので、部屋付きメイドもセイラカフェ出身者が多い。
朝の妨害工策の噂も流れているので、監視の為に護衛メイドが多数徘徊している。
万全の警備体制である。
教導派の令嬢たちのお抱えの仕立て屋はオーダーメードの一点ものしか作らない上、それを着る令嬢たちも他人と被る事を嫌うので上級貴族令嬢は殆ど居ない。
南部と北西部の伯爵令嬢が数人いるが、新作のドレスのデザインを見に来ただけで参加する令嬢はいない。
「身分や家族の事が無ければみんなと同じドレスで卒業を飾りたいけれど…こればかりはねエ」
つまらなそうにつぶやく令嬢もいる。
「先輩方、出番までに小物や帽子や肩掛けやスカーフなどコーディネート出来そうな小物を持っていらして下さい。私も仕立て屋の方と協力してお見立てさせていただきます」
ジャンヌが楽しそうに告げる。
普段は質素だけれどこういう服飾イベントは好きなようでとても楽しそうに参加している。
ショーの開始は午後の一の鐘から。
開会の挨拶はクラウディア・ショーム伯爵令嬢。そして最初はリチャード殿下の従姉でもあるモン・ドール侯爵令嬢が務め、前半は上級貴族令嬢たちが仕切る事になっている。
身分を強調して前半の出番を譲った形にしたが、私たちの出番と彼女たちの出番を分けたかったので話を誘導したのだ。
その間後半のショーに参加する三年の下級貴族令嬢たちや一部の平民寮の生徒たちを集めて打ち合わせと練習を行う。
【2】
「テーブル席の来賓の方々、よくお越しいただきました。私どものファッションショーを楽しんでください。企画した平民寮の商人が無粋なお茶菓子を出しているようですが、私たちがテーブル席の皆様方にショーム伯爵家が仕入れた絶品のお茶菓子をご提供いたします」
テーブル席の上級貴族たちしか相手にしていない挨拶にお座なりの拍手がわく。
「一流の生地や一流の技術を使った私たちのドレスと、平民や下級貴族が作ったドレスとの格の違いを是非見て帰って戴きたいですわ」
露骨な身分差別発言にアリーナ席でも眉を顰める者がいる。
そもそもそのドレスを縫製している者が平民だと解って言っているのだろうか。
「それではまず一番最初は三年でAクラスのモン・ドール侯爵令嬢様でございます」
当然ハスラー聖公国からの輸入品で有ろうリネン生地に、南方でしか取れないこの国では珍しいラミー生地を合わせている。
「ご覧くださいまし。飾りボタンはすべて貴石が用いられております。夏らしくサファイヤを銀の台座に据えた飾りボタンが七ツ…」
飾りボタンの高価さやどれだけお金がかかっているかという贅沢さを強調するばかりでデザインに言及する発言は無い。
次々に出てくる令嬢たちも、どの国から輸入した生地であるとかブローチの宝石がいくらしたで有るとかそんな発言ばかりだ。
ショーの趣旨を理解していない内容に、アリーナ席の服飾関係者たちの中には席を立つ者もいた。
半券を持っていれば再入場が可能なので興味が無ければ遠慮なく席を立つ者も多い。
闘技場のエントランスホールにはエマ姉がヨアンナと組んで設置した軽食コーナーが有り、無料のお茶と有料だがサービス価格のコーヒーやワイン、そしてお菓子や軽食が準備されている。
仕立て屋や服飾店主、繊維関係の商会主がたむろしてすでに商談が始まっている。
「ヘンプ生地は安価ではあるが丈夫で人気は高いな。ハウザー経由で手に入らんかな」
「もちろんライトスミス商会が取り扱っているようですわ。私どもシュナイダー商店経由で納品いたしますわ」
「ラミー生地何故ラスカル王国で生産せんのだろうか」
「ハウザー王国の北部ではシュナイダー商店が主導で栽培を始めておりまわ。御投資頂ければ優先的にご融通できますわ」
「最近は飾りボタンを使わないドレスが出始めておるそうだぞ。トグルボタンや貝や木のボタンを使うデザインがな」
「王都でもポートノイ服飾商会が取り扱っておりますわ。シュナイダー商店が口利きも致しますわ」
「それよ。なんでもコルセットを使わないとか聞いたぞ」
「平民の間での話だろう」
「その衣装ならシュナイダー商店がレディメイドの衣装を取り扱っておりますの。値段も抑えめで良い物ですわよ」
「それが、王立学校では貴族でも広まっているとか聞いたぞ」
「後半のショーでそのデザインが登場しますわ。シュナイダー商店の新作デザインを是非ご期待くださいませ」
賑やかに商談が続いているが、もう直ぐ二の鐘だ。後半戦の始まりだ。商人たちの間を忙しく動き回る少女の姿を横目に私は会場に戻った。
【3】
途中休憩に入り、ホール内から人が出てくる。上級貴族の一部は表に出て行く者も幾人もいる。
それとは入れ替わりに戻ってくる者もかなりの人数がいた。
二の鐘の音と共に会場内に聖霊歌隊の歌声が響き渡った。
始めの学生が二人、基本デザインのドレスを着て現れた。
この店のアピールポイントはまるで違ったスリーピースのドレスを組み替える事で作るヴァリエーションだ。
二人がランウェイを通て舞台中央に出ると両脇から、組み合わせを変えた生徒たちが現れる。
聖霊歌に合わせてゆっくりとターンしたり、客席に向かってカーテシーをしたり各々が自己アピールをしながら、ランウェイを進み始めの二人と入れ替わって行く。
そうやって店ごとに次々と演出を変えて、学生たちがドレスを披露して行く。
十数人が同じ普段使いのドレスでアクセサリーやコーディネートを変えて次々に出て来たり、リバーシブルのジャケットで印象を変えたり。
中にはクラスのグループ全員が同じコーデで連帯感をアピールする一団も有った。
共通点はどのデザインもコルセットを付けていないという事。
オーソドックスなドレスに見えても腹部の締め付けがゆったりとしておりベストとボタンで押さえるようにできている。
一点物のドレスを出す店も有るが、それにはアレンジしたレディメイドのドレスを添えて二点の出展としている。
身長や体形の違いでもドレスのシルエットが損なわれないデザインを強調してレディメイド品を必ず数点入れている。
そしてクライマックスだ。
始めに信仰を称える古い厳かな聖霊歌が歌われる。誰もいない舞台に客席から二つの人影が壇上に上がる。
真っ白の儀典用の礼装に身を包んだ王都騎士団の正装に帯剣した騎士だ。
二人は舞台の左右のそでに赴くと、各々令嬢の手を取って表れた。
その令嬢二人も真っ白な同じデザインのドレスに身を包み、二人の騎士にエスコートされながら舞台中央に進み出る。
聖霊歌隊の歌が変わる。
ジャンヌの作った聖霊歌だ。婚礼に向かう女性を白い蝶に譬えた、私には耳当たりの良い歌なのだが世間では斬新な歌らしい。
白いケープを纏った聖霊歌隊の少女が二人の騎士に走り寄り何かを手渡す。受け取った二人は、それを二人の令嬢の頭に被せた。
ベールの付いた白い帽子には大きな花があしらわれ、まるで花の冠を被ったように見える。
王都騎士にエスコートされた二人がランウェイを進み出すと、舞台の右そでから儀典用礼装の近衛騎士が一人現れた。
その騎士の登場だけで会場中の女生徒から歓声も悲鳴ともつかない声が次々と上がった。
「なに、あの男。えらくモテてるようだけれど、そんなに人気あるの? 調子のに乗ってるんじゃないの? 後で絞めなくて良い?」
私の問いかけにアドルフィーネが無感情に答える。
「大丈夫ですよセイラ様。中身は鈍感な朴念仁ですから、自分の状況も気づいていないですから」
「まあクロエお従姉さまがそれで良いなら構わないけれど」
その近衛騎士、ウィキンズが舞台の左そでに向かい真っ白なドレスのクロエをエスコートしてくる。
恥ずかしげに俯いてエスコートされるクロエが初々しい。ウィキンズがクロエの頭にベールを乗せてブーケを持たせる。
中央ステージで待機している四人、レオナルドとウォーレンそしてシーラ・エダム男爵家令嬢とブレア・サヴァラン男爵令嬢が二人を迎え手招きする。
クロエがウィキンズにエスコートされながらおずおずとランウェイを進むと会場は興奮の坩堝となった。
後ろの舞台には左右の両そでから後半に参加した三年生の生徒全員が出てきて会場に挨拶する。
アリーナ席からもスタンド席からも女子生徒が集まってきてステージ周りは歓声に包まれた。
ジャンヌがそれを見ながらしみじみと言う。
「やっぱり、ファッションショーのエンディングはウェデイングドレスで決まりでしょう。これは外せないもの」
そう言えば私がクロエたち三年生をモデルに使おうと言い出した時、ジャンヌが最後のドレスをウェデイングドレス風にしろと強硬に主張していたけれどこういう効果を見込んでいたんだな。
やはりファッション感覚は鋭いと感心しながらショーは終わった。
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