第140話 夏至祭(後夜祭)
【1】
ファッションショーはたいそうな盛り上がりだった。
特に後半部の三年生の参加者たちは興奮と感動で抱き合って泣いているグループが数多くいる。
普段使いのドレスをデザインした服飾店と平民服を出展した服飾店は、ハンガーラックを運び込んでその現場で即売を始めている。
平民寮からその企画に参加した学生たちが店員より熱心に今着ているその服をアピールしアレンジのアイディアを色々と説明している。
他の令嬢たちも着替えもせずステージの衣装のままで、集まって来る生徒たちの前で自分のドレスを誇っている。
同じ様なグループがエントランスのあちこちに出来て、少女たちは自分たちのアイデアを色々と述べあっている。
その話を熱心に聞き、メモに書き留めている服飾店主やデザイナーの卵たちが至る所に居る。
そしてエントランスの中央付近で多くの下級貴族の令嬢たちが一人の上級貴族令嬢を取り囲んでいた。
後半部に参加した数少ない上級貴族イオアナ・ロックフォール侯爵令嬢だ。
「イオアナ様のおかげでとても素晴らし思い出が出来ました」
「私の様な者がこんな晴れの舞台に立てるとは思ってもおりませんでした」
「イオアナ様と舞台に立てた事は一生の思い出です」
令嬢達の涙ながらの賛辞に包まれるイオアナは当惑気味の表情を浮かべている。
「そんな事を仰らないで。私は只妹に頼まれて舞台に上がっただけよ」
「でも、その妹様に私たちの着れるドレスもお願いして下さったと伺っています」
「ファナ様が仰ってました。お姉様に交換条件を出されたとか」
「私たちの為に欲張りな妹君にお金を払われたのでしょう。ファナ様がそう言ってましたもの」
そう言えばイオアナは少しポッチャリさんだ。取り巻く令嬢もあまりスタイルが良くないがドレスのデザインでそれを感じさせていない。
「もうお止めになって。私は何も知らないし、何もしていない。さあ、これで解散よ。後は残りの夏至祭を楽しみましょう」
当惑気味に言葉をつづけてイオアナは去って行った。
「なんて奥ゆかしいのかしら」
「私たちに気を使わせない為にあの様な事を」
「そうですわ。妹が褒めるのならお世辞かも知れないけれど、イヤミ交じりに愚痴を言っていたのだからイオアナ様のご尽力に間違いないもの」
…多分イオアナの言っていたことが本当で、仕込みもアイディアもファナの独断だろう。ポッチャリ体型に似合う服のアピールに実の姉を使ったのだ。
そしてその成果を実の妹の愚痴と言う形で姉の美談に仕立て上げたのだろう。
策士の彼女らしいやり口だ。
イオアナと一緒に舞台に立った令嬢たちは自分の体型に臆する事も無く、集まった生徒や商人達にドレスのアピールを始めた。
多分この日一番の注目を集めたドレスはこの商店のデザインだったろう。
【2】
夏至祭は午後の三の鐘で終了し、その後は校内食堂を使った立食会が始まる。所謂サパーパーティーであるがその料理はディナー並みの非常に豪華なものだ。
主催は王立学校であるが大貴族家は色々と寄付を出して支援している。
ゴルゴンゾーラ公爵家もサロン・ド・ヨアンナの料理とメイド達を出してその存在感をアピールしている。
モン・ドール侯爵家やペスカトーレ侯爵家もそれに負けぬ様に酒や料理を提供しているのでテーブルの上はとても豪華な食べ物で満ち溢れている。
ただロックフォール侯爵家は大量のメイドとフットマンを動員しているが食品は一切提供していない。
無料で提供する様な料理は作らないというのがファナ・ロックフォールのプライドなのだ。提供する限りは最高のものを出すが、その対価は貰う。
それが徹底しているのだ。
「残念ですわね。ファナ様の料理があるのではと楽しみにしておりましたのに」
アントワネット・シェブリ伯爵令嬢が私の横で料理を食べながらぼやいている。
「何を仰いますの。天下のシェブリ伯爵家ならばそれ以上の物がいくらでもご用意できますでしょうに」
「こう見えて私、食にはうるさいの。夏至祭の食堂も私たちの昼食会が有るから行けなかったし。あなたのようにファナ・ロックフォールのおこぼれに預かれる立場で無いのが残念だわ」
この女はなにかを褒める時でも一々イヤミを言わないと気が収まらないのだろう。
「それならばファナ様の主催の食堂に行ってゴミ箱でも探せば宜しかったのに」
「そうね。あなたがゴミ箱を漁って持ってきていただけるなら喜んでいただくわ」
こうして嫌みを返してもその言葉はブーメランになって私に跳ね返って来る。
「午後のショーはとても盛り上がったそうね。ユリシアが溢していたわ。やり方が卑怯だって」
「何を仰います。順番もショーの構成も全てユリシア様がお決めになったのではございませんか。前半のステージはすべてユリシア様とクラウディア様のご希望どおりでしたのですよ。私たちはドレスを四着も駄目にされましたもの」
「その話は伺ておりますのよ。四着とも私が買い取らせて頂いても構いませんわ。雑巾くらいにはできますもの」
「それはご勘弁ください。染み抜きをして転売先も決まったとシュナイダー様からお話をうかがっておりますので」
私がアントワネット・シェブリ伯爵令嬢とイヤミ合戦を繰り広げている頃、部屋の反対側ではいつもの様に男どもがジャンヌを取り巻いていた。
【3】
「ジャンヌは何故この前のように舞台に立たなかったのだ? ジャンヌが出ると思っていたから見に行ったのに」
ジャンヌは王族たちが据わるテーブル席では無く、アリーナ席の一番前にジョンが座っていたのを思い出した。
一緒にイアンやヨハンそしてイヴァンも居た記憶が有る。
ジョバンニだけはテーブル席でアントワネットたち数人と舞台を見ていたようだが。
「いや、ジャンヌが先輩たちや仕立て屋にも色々とアドバイスをして盛り上げたと聞いたよ。裏方に徹したようだが、僕は係わった生徒たちからも色々と聞いて知っているからね」
イアンがしたり顔でジャンヌにアピールしてくる。
「同室のエマ・シュナイダーの暴走を抑えていたのも君でしょう。聖霊歌隊に歌を歌わせたのも、毎日礼拝堂で聖霊歌隊に歌わせるようポワトー
「いえ、それはセイラさんが色々と…」
「あのセイラ・カンボゾーラの事だから裏で金儲けの画策をしているんだろう」
「そうですよ。エマ・シュナイダーもですが、ジャンヌもいつまでもセイラ・カンボゾーラと付き合っていては火の粉が降りかかりますよ」
「そう言えば俺も初日に、あいつの為に徒手格闘技の試合にエントリーさせてやったのにぶん投げられてしまったなあ」
「「「それはお前が悪い!」」」
イヴァンの話しに全員が突っ込みを入れた。
「まあ議論をしたり喧嘩をする分には楽しい奴だが、王家に対して敬意も無ければ優雅さも気品のかけらも無いのはいただけんな」
「そう言えばポワトー
イアンが腹立たしそうにそう言うと急に女性の声がした。
「そうなのです。ジャンヌ様、無理を承知でお頼みいたします。どうかセイラ・カンボゾーラ子爵令嬢様を止めて下さい」
振り返るとそこには涙をためたオズマ・ランドックが立っていた。
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