第167話 領境の村

【1】

 私たちは大部屋に集まって情報の検討を始めた。

 どの宿の酒場でも似たような情報が集まってきている。

 先ずライオル伯爵領からの移動者がいなくなっている事。商人に限らず村人やこちらに親類の居る者もここ一月程は連絡も取れない状況だ。

 年明けから春にかけてアヴァロン州から嗜好品や綿布が大量に流入した為に北部の商人たちがかなり集まってきたそうだが関所の閉鎖でモルビエ子爵領に向かう街道に移動していったそうだ。

 州兵二人が向かった宿の酒場では領境迄行って追い返された商人の話も聞けて、彼らの話によると関所に着くかなり手前で領役人と聖教会の修道士に追い返されたそうだ。


 その聖教会の情報も宿に残っていた聖堂騎士が情報を得ており、使用人から村の聖教会に教導騎士団が駐屯しているとの話を聞いていた。数日前に食事を運んだ時に見たという。

 聖教会の動向は気になるが危険なので接触は避けるように方針を変更した。

 聖堂騎士団の団長も外の酒場で二月近く前から聖教会が領境を行き来していたことを聞いてきた。

 なんでもライオル伯爵領の教区長のギボン女司祭がたびたび村を通る姿を見ているそうで、頻繁にロワール大聖堂に出向いているようだ。

 先週もロワールに行って、一昨日の午後には立派な馬車でライオル伯爵領に向かって帰って行ったという。


 この街道で張っていて大正解のようだ。先ず間違えなくジャンヌを迎える為の馬車だろう。

「後はこの馬車がどちらの方角に行ったかが解れば良いのだがな」

 聖堂騎士団長の言葉にみんなも頷く。

 街道はこの先で二手に分かれる。どちらもライオル伯爵領の中央の関所と東の関所に向かう分岐点だ。

 どちらの道を行ったのか判断できずルーシーさんは頭を抱えている。

「地図を見る限りでは東部高原からロワールに方面に抜ける距離はどちらの道もあまり変わりませんね」

「一昨日の午後にこの道を通過したとなれば、早ければ明日の午前中遅くても明後日に関所を抜けるでしょう。明日朝にこの村を立ってジャンヌ様と合流しなくてはいけません」

「ああ、俺もその意見には賛成する」

 焦るアナの言葉に州兵たちも合意している。

「この村に冒険者ギルドが有れば監視と連絡を頼めるんだけど」

「お嬢。無い者は仕方ねえよ。俺たちでやるしかねえ」


「仕方がない。二手に分かれよう」

 聖堂騎士団長が言った。

 しばらく沈黙が続き皆が順に口を開いた。

「良いんじゃねえですか」

「私もそれで構いません」

「私は…私はジャンヌ様が助かるなら何でも…」

「それじゃあ後は、どうチーム分けをするかだな」

 特に反対をする者は無かった。


「騎士団長さんよ。我々州兵と聖堂騎士団と二手に分かれよう。後はそちらの四人をどう分けるかだが」

「私とアナ聖導女は別に分かれましょう。奴らのターゲットは分散した方がよいでしょう」

「それじゃあ俺はお嬢と」

「パブロはアナ聖導女について行って。戦闘力の低いのはルーシーさんとアナ聖導女だよ。ならあんたの役目は一目瞭然だろう」

 パブロは顔を顰めながらも何も言わずに意見を引っ込めた。

「団長殿、なら我々はセイラ殿に付きましょう。聖教会関係者も二手に分かれると言う意味でもアナ聖導女と別行動をとるべきかと考えます」

 聖教会の情報を取って来た騎士が提言する。

「妥当な意見だな。後はどちらの道を取るかだが、それはコインででも決めるとするか」


【2】

 翌朝私たちは宿を立つとそれぞれのグループに分かれて街道筋をライオル伯爵領に向かって進んだ。

 私たちは東の関所に向かい、アナとパブロと州兵たちは中央の関所に向かう。

 東の関所までなら騎馬なら昼には付けるだろうが、聖女との合流が目的なのでそれ迄は見つかる訳には行かない。

 アナとパブロもそうだが、私とルーシーさんも商人を装って冒険者の護衛を連れての旅だと言う事にして馬を進めた。

 軽装とは言うものの揃いの立派な防具を付けた冒険者チームって違和感も有るが、そこは専属とか言ってごまかせばいい。

 近くの村にでも潜んで関所の動きを調べておきたいのだけれど、無理はしないことを確認しあった。


 関所までは三つの村がある。

 二つ目の村を抜けて三つ目の村にかかる前に領役人らしき男たちに停められた。

 この先の三つ目の村と関所は閉鎖されて要人が駐留しているという。一端二番目の村に帰って待機しつつ状況を見る事にした。

 隊長は途中で装備を外すと馬ごと部下に預けて、単身で関所と三番目の村の偵察に向かった。


 私たちは二番目の村に戻り、宿屋で馬の休憩と食事をとる事にした。

 宿屋の店員や客の前で私はこれ見よがしに盛大に愚痴った。

「ああ、せっかくハウザー王国の特産品が安く買えると聞いて仕入れに来たのに大損だわ。どうしてくれるのよ! ライオル伯爵領はどの街道が抜けられるの!」

「嬢ちゃん。今はライオル伯爵領の関所は全部閉鎖されてるってよ」

「おい、兄さん。その話詳しく聞かせてくれないか。俺たちは護衛でアヴァロン州迄商談に行きたいんだが、ライオル領を抜けられないなら別街道に移動しなくちゃいけねえんだ」

 聖堂騎士が話の水を向けてくれた。


 話を聞くと二月ほど前に大きな馬車が来て、それ以降聖教会の関係者がこの街道筋の三番目の村を閉鎖して行き来出来ないようにしたそうだ。

 それ以降ライオル伯爵領から人が入ってこなくなり、先月からはライオル伯爵領に行く関所は全て封鎖されたと言う。


「噂に聞いたんだけど、ライオル伯爵領で熱病が流行っているとか麻疹で大変な事に成っているとか小耳にはさんだのだけども」

 ルーシーさんの質問に他の客が応えた。

「春の初めに関所の村でも麻疹が流行ってたそうだがすぐに収まったみたいだし、そんな話は聞かねえなあ。まああの関所は村ごと二月前から閉鎖してるしなあ」

「えっ! そんなに前から?」

 驚いた私たちに暇を持て余していた店員や村人たちがかわるがわる話してくれた。


 関所の村は商人の行き来も多く割と大きな村なのだが今年の春の初めに麻疹が発生したそうだ。

 直ぐに聖教会が村を封鎖してライオル伯爵領からギボン司祭がやってきて、麻疹を収束させたらしい。

 今のライオル伯爵領教区長のギボン司祭はその村の聖教会を管理する聖導女だったそうで、州の教区長のシェブリ大司祭がすぐに労いにやってきたが、何故かそのまま村と関所は封鎖されたままだと言う。


「でももう直それも解除されるんじゃないかな。一昨日立派な馬車があの村に向かったからお偉いさんが来て何かするんだろう。それが終われば普段に戻るだろうぜ」

 色々と疑問は残るがこの街道で当たりのようだ。やはり分岐の村で聞いた馬車はこの関所に向かったとみて間違いない。

 帰ったきた団長からも、大型の馬車が村の聖教会の前に停められているのが確認できたとの報告があった。


「それじゃあ。この村に宿を取って、今夜半から明日朝にかけては儂らが交替で第三村の街道を見張ろう。その間何かあればすぐに動けるようにセイラ殿とルーシー様も準備を怠りなくお願い致す」

 そうして私たちは床に就いたが朝までは大きな動きは無く、早朝に早目の朝食を取っている頃に見張りで出ていた騎士が帰ってきた。

「そろそろ村の周辺で人があわただしく出入りを始めました。どうもライオル伯爵領から誰か来たようです。我々も動きましょう」

 その報告を合図に私たちも装備を整えて村を出発し街道を南に向かった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る