第190話 王女殿下(2)
【3】
「それはいったい何のお話なのでしょうか? ポワトー伯爵家は北部の枢機卿をなされている貴族ですよね」
アマトリーチェの質問にエレノア王女殿下は困ったように首を傾げた。
こう言う世情については教育を受けていないのだろう。本当に何も知らないようだ。
「ええそうですわ。今の枢機卿様は重病でセイラ・カンボゾーラ様の聖魔法で命を繋いでいらっしゃるとか。そのお孫様のカロリーヌ・ポワトー様がわずか十六歳で
アマトリーチェが一気に捲くし立てた。
この娘はかなり色々と知っているようで、何か考えも有るようだ。
「私の伯父上がポワトー
なんだよ、その二つ名は!
アントワネット・シェブリめ、好き勝手言いやがって許さねえ。
「あなた良く知っているのだわ。まさにその通りなのだわ。侯爵令嬢たるこの私でさえもセイラ・カンボゾーラにかかればボードゲームの駒にしか過ぎないのだわ」
おい! ファナ・ロックフォール! どの口がそれを言うんだよ。裏で動き回るのはロックフォール侯爵家の
「やはりそうだったのですね。ここに来た時はもう諦めていましたが、私たちの世話をセイラ・カンボゾーラ様がして下さると聞いて救われる思いでした。お願いで御座います。王女殿下にも私どもにももう後は有りません。ご迷惑でしょうがこうしておすがり致します」
「セイラ・カンボゾーラは、あなた方にここ迄頼られて見捨てるなんて言わないのだわ。そんな娘だから私も信頼してすべてを任せたのだわ」
ファナ・ロックフォール! これを見越して私をここに連れてきたな! 全部アンタが絵を描いたんだろう!
「もちろん、精一杯ご協力させていただきます。ファナ様にもそのように仰せつかっておりますから。私が皆様を守ります。その為のセイラカフェメイドでもあるのですから」
「メイド…ですよね? 先ほどシモネッタが知識も学力は有ると申しておりましたし、騎士三人分の強さが有るとも。それがメイドなのですか?」
「今朝、教導騎士のマルケル・マリナーラが申していた通り、戦闘の実力も本物です。緊急の場合は護衛として主人の身を守るのもセイラカフェメイドが信頼されている証ですから」
「王女殿下、ご安心ください。セイラカフェメイドのネットワークはハウザー王国の王都にも有ります。ハウザー王国の中央貴族にもセイラカフェメイドは採用されておりますから」
シャルロットが私に代わり王女に説明する。
「このシャルロットは、ハウザー王国のセイラカフェメイドとしては最古参で、私が最も信頼するハウザー王国メイド三人のうちの一人なのですよ。この娘なら王女殿下の信頼に足る仕事をやってくれます」
「そうなのですか。シャルロット、それではこれから宜しくお願い致します。何よりハウザー王国の勝手を知りません。頼りにさせて貰います」
私の説明に王女殿下は納得したようで、それに応えてシャルロットも頭を下げて臣下の礼を取る。
テーブルの向かいではウルスラが、それとなくシモネッタにカトラリーの使い方の指示を出して、礼儀作法に則った食事をしている。
難を言えばシモネッタ嬢があまりにがっつき過ぎている事だろうか。美味しそうにバクバク食べる彼女の顔をファナが満足げに見ている。
宮廷作法としてははしたないと言われるのだろうが、ファナはこういう娘が一番好みではある。
「セイラ様、私もカロリーヌ・ポワトー
「カロリーヌは自分の立場を諦めなかったのだわ。そして信用できる友人を選んで見極めて、私たちを信じたのだわ。あなた達がこれからする事は、あなた達を誰が助けてくれるのか見極めて信頼できる関係を築く事なのだわ」
よくもまあ、こういう嘘くさい事を平気で言えるものだ。
カロリーヌとは偶々事件の関係で利害が一致したから協力しただけの関係だ。もちろんそれから先は目的を同じくする仲間として信頼関係を構築したが、
「
「そんな…私たちにその様な者は居ませんわ」
「ですからファナ様のお言葉を思い出して! 二人はお互いの信頼を築いたからですよ。どちらか一方だけの信頼では結果は出ないのですよ。これからあなた達は関わる人を見極めて、お互いの信頼を築いて行くのです。そうすれば道は拓けます。その時は私たちが全力でサポートいたしましょう」
まあこれ位かましておけば、向こうに行ってもバカな振る舞いはしないでしょう。
なにより、あちらで恙無く三年を過ごしても帰国すれば福音派に染まった戦犯扱いされることは目に見えている。
「あなた方がどう考えようがそれは自由ですが、少なくとも教導派としての振る舞いはあちらでは容認されません。かと言って福音派に染まると帰国してからあなた方の居場所が無くなるでしょう。これからは表面上は清貧派を装って国境を越えていただきます。清貧派の信徒はハウザー王国にも多く存在しているので不信感を持たれる事はありませんから」
「…でも、私は教導派の…ペスカトーレ・クラウディウス一世教皇猊下の孫です。それだけが、私に残された矜持なのです」
「そんな借り物の矜持にどれだけの重みが有ると言うの? その肩書きが無ければペラペラの抜け殻なのだわ。あなた方の矜持はこれからの三年間で自分で培って行くのだわ。その為のレールは引いてあげるのだわ。後はあなた達が自分で判断して作り上げる事なのだわ」
ルクレッツアが溢した言葉にファナが言い放った。
「ファナ様は厳しい言い方をされましたが、まずはメイド達と仲良くする事から始めて下さい。四人とも裏表の無いとても良い娘だと私が保証しますよ」
「でもウルスラはちょっと怖いっす」
「それはシモネッタが無作法な事をするからですわ。私がアラビアータ伯爵家に上がった時は
「それは私も同じですわ。ペスカトーレ家に上がるまえから、お母様が付けた
シモネッタはアマトリーチェとルクレッツアの言葉を聞いて青くなってウルスラに訊ねる。
「ウルスラは鞭なんて持っていないっすよねえ」
「そんな物持っておりませんわ。ちゃんと今晩と明日の朝のお食事をマナー通りこなせたら、約束通りにセイラカフェでアバカスを買って午前のお茶もご一緒致しましょう」
「まあ、シモネッタだけずるいですわ。ねえシャルロット、私もアバカスが欲しいですしお茶も致したいですわ。アマトリーチェもルクレッツアもそうですわよねえ」
王女殿下の言葉に二人も頷く。
「判りましたわ、王女殿下。明日の午前中は皆でセイラカフェで新型アバカスとそれからリバーシ盤も買いましょう。そしてその後はお茶も致しましょう。その代わり新型アバカスのお勉強はシッカリとお願い致しますよ」
仕方なさそうに微笑んで答えるシャルロットが、王女殿下たちと一つしか違わないのにとても大人に見える。
メリージャ支店の開店の時にはアドルフィーネたちの後をついて一生懸命オーダーを聞いた頃を懐かしく思いながら、その成長が嬉しくなる。
王女殿下たちはシャルロトの言葉に歓声を上げて喜んでいる。
何となく王女殿下たちもメイド達とは上手くやって行けそうな予感がする。
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