第191話 聖堂騎士
【1】
この数日で王女一行とメイドたちは打ち解けたようだ。
特に王女殿下は王宮から出たことがあまり無かったようで、八人揃ってあちこちに出かけている。
王女殿下だけでなくルクレツィアもアマトリーチェも街での買い物なども、あまり経験したことが無いようで、セイラカフェでライトスミス商会の家具なども幾つか購入したようだ。
そしてなにより彼女たちの一番のお気に入りがシュナイダー商店である。
ハウザー王国様式の正装用ドレスを誂えに行ったのだ。
生地や服飾用品の品揃えは王都以上を自負するゴッダード本店である。
採寸の間も店内が気になってソワソワとしていたが、採寸が終わるや展示場に一直線だ。
レディーメイドのドレスが所狭しと並ぶ展示場は楽しいようで、メイドたちのアドバイスを受けながら普段用のドレスをいくつか購入して、その場で着替えてセイラカフェに遊びに行ってしまった。
生家が平民の商家だったシモネッタが王女たち三人とメイドの間でうまく調整役を担って、ゴッダードのセイラカフェのメイド店員や客の獣人族たちとも問題なく接しているようだ。
なし崩し的にシモネッタの担当になったウルスラが言うには、シモネッタも自分の役割として調整役を演じているようで、自ら名乗り出て留学生に加わっただけのことはあると褒めていた。
王女殿下にはリーダー格のシャルロットが、ルクレッツアにはベルナルダが、アマトリーチェにはミアベッラが担当でつくことになった。
そしてメイドたちから彼女たちの実家の様子も聞かされた。
ルクレッツアは生家が伯爵家で母は枢機卿家か大司祭家の跡取りに嫁がせようと躍起になって教育していたようだ。
男子が産めなかったことでジョバンニの母親に負けたと思っている為、娘のルクレッツアにかなり厳しく接していたのではないかと、ベルナルダは受け取っている。
アマトリーチェは母親の生家は子爵家で、彼女の待遇に批判的であったようで、伯父から教皇派閥に対する不満や怒りを愚痴のように聞かされていた節がある。
そのためか、この留学を押し付けてきた枢機卿家にもそれをすんなりと受け入れて自分を差し出した祖父の子爵にも不審を募らせているとミアベッラは推測している。
そして王女殿下は、現状に振り回されてただただ当惑しているようだ。
そもそも上の三人の姉のように順当に予科・王立学校と進み、どこかの名家の婦人として結婚するという、そういったレールが敷かれているはずだった。
それがいきなり人質代わりの留学である。
状況を理解できなくて困惑というよりも、先行きを悲観している。
私も同じ意見だが、シャルロットは支えるものがいないと、このままでは脆く壊れてしまうという。
僅かの間でもこの街で楽しかったという体験をさせていれば、それが心の支えになるからとシャルロットは毎日彼女たちを遊びに連れて行っている。
【2】
ファナタウンに着いた河船から客を連れて、ファナがゴーダー子爵邸に戻ってきた。
もちろんやって来たのはテレーズ聖導女とケイン近衛騎士改め聖堂騎士小隊長だった。
「いやあ、ルカ中隊長からは散々嫌味を言われて当てこすられて大変だったんからな」
「テレーズ様もご一緒にお話に行ったんですよね。それでもなのですか」
「…ええ、その様で御座いました」
「そのせいでなんですよ。ウィキンズだけでなくお前までもかって、裏切り者とかそれはもう荒れまくって」
「それでもウィキンズは当分ルカ様の補佐として残るはずだし…」
「お前ら二人幸せになりやがってとか、それはもう…」
ああ、そっちの方かよ。それは荒れるよなあ。あの人そっちの方は全然だめだもんなあ。
「今回は急な要請だったんので取る物も取り敢えずこうしてまかり越しました」
「事情はだいたい聞いている。王女殿下たちに付いているメイドはこちらのトップメイドなんだろう。護衛の腕も申し分ないんだろ。俺たちは何をすれば良いんだ?」
「リーダーはアドルフィーネの一番弟子だもの。他の三人もゴッダードとメリージャの選りすぐりだし。お二人には王女殿下たちの教育をお願いしたいのですよ」
「教育? ハウザー王国に留学するんだろ? それなのに何故俺たちが」
「一般的な話として福音派の神学校での基礎教育はラスカル王国の予科よりも数段レベルが落ちます。なにせ原理主義の変化を嫌う教義ですから。更に福音派の神学に染まってしまえば帰国する事すら難しくなり、帰って来た時の居場所も有りません」
「それで、俺たちに一般教養を指導しろと言う訳か」
「ええ、それも清貧派としての教義を踏まえて、王立学校レベルの指導をお願いしたいのです」
「解った。俺は頼りないがテレーズ聖導女は学校を中退してからも勉学を怠らず、自己研鑽に励んでいたから、王立学校にいれば特待を取れていたくらいの人だ。間違いないぜ」
「ケイン様! 買い被り過ぎです。あなたこそ二年と三年ではAクラスを維持してきた方ではありませんか。私などよりも相応しい方です」
そう言うのはもう良いんだよね。
「それとケイン様には今回の留学生に随伴する教導騎士の指導もお願いします。聖堂騎士のあなたの部下と言う肩書で入国させますが、名前だけの騎士です。王立学校の一年でしたが、休学してこの任務に就くため、今月騎士になったばかりです。今はゴッダードの騎士団でウィキンズの元師匠にしごいて貰っていますが、こいつを指導してやって下さい」
「教導騎士と言う事は上級貴族の子弟だな。清貧派の教義も含めて叩き込んでやるよ」
「それとテレーズ聖導女様には治癒聖導女の肩書で入国をお願い致します。出来れば子供たちにも治癒施術のご指導もお願い致します。この分野については福音派の教義に反しようが、命を救うと言う実利の前には建前は霞むものです。あの四人がその知識を持てばあちらの神学校でも少しは居心地が良くなると思うのです」
「委細承知いたしました。私の持てる知識は全てあの娘達に伝授いたしましょう。ジャンヌ様やセイラ様から教えられたこの知識が役に立つならこれほど誇らしい事は御座いません」
「それでは、二人ともこれから王女殿下たちと顔合わせに向かうのだわ」
ファナに促されて私たちは王女殿下たちが、ハスラー王国での宮廷作法教育を受けている居間に入って行った。
その翌日、王女殿下一行を乗せた馬車の隊列は、国境を越えてメリージャの街に向かった。
王女殿下たちはメリージャの街で更に一週間滞在し、月が替わる頃を目安にハウザー王国の王都にある女子神学校に入学する事になる。
ケイン聖堂騎士とテレーズ聖導女がついているし、いざとなればコルデー氏が動いてくれるだろう。サンペドロ辺境伯にもセイラ・ライトスミス名義で支援の要請はいれている。
それでもこの一週間接して、まだまだ幼い四人が不憫で不安で堪らない。
そこから先はもう私の手は届かないのだ。
やるせない思いを抱きながら、私は王都に向かう河船に乗った。
帰りにはヴァランセ騎士団長にも、甥のケインの詳細を報告しなければならない。
王女たちも、シャルロットたちも、ケインとテレーズも無事に三年間過ごせることを祈るばかりであった。
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アレ~?
二部で終わるはずが、一学年だけで190話以上使ってしまいました。
何でだろう、こんなに長くなって更にややこしくなってるよー!
次話からは二学年目になります。
これからは終盤、国際情勢も絡んで終盤の一大イベントに向かいます。
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