第143話 聖女の困惑(2)

【3】

 そもそも救貧院イベントはジャンヌが加害者でそれを阻止するのがセイラの役目だったはずだ。

 完全に主客逆転している。


 本来シェブリ伯爵家が枢機卿の地位についており、枢機卿の座を失って焦るポワトー伯爵家の弱みに付け込んだジャンヌが、同級生のカロリーヌを懐柔して救貧院の収容者を雇うと言う形で全て買い上げさせて派遣労働をさせのだ。


 これに味を占めたポワトー伯爵家の令息(多分カール・ポワトーだったのだろう)が、北部一帯の救貧院でも同じ事を始めて利益を上げ始めた。

 これに心を痛めた同じく同級生のメアリー・エポワス伯爵令嬢(エポワス近衛副団長の娘だ)が、ユリシア・マンスール伯爵令嬢とクラウディア・ショーム伯爵令嬢に相談した。


 それを聞いたユリシアとクラウディアの二人は、のセイラ・カンボゾーラ子爵令嬢に相談するのである。

 それを聞いたセイラ・カンボゾーラ子爵令嬢はルートによって異なるが、イアン・フラミンゴかジョバンニ・ペスカトーレと協力してポワトー伯爵家の謀を潰すのだ。


 …考えてみれば現状ではかなり無理があるとジャンヌも思っている。

 救貧院の廃止の流れは六年前ゴッダードの救貧院が廃止された時から既に始まっているのだ。

 南部や北西部ではほぼ廃止されて、西部でも半分以上が無くなっている。


 ポワトー枢機卿は余命を保ち続け、清貧派へ寝返っている。

 そして女伯爵カウンテスであるカロリーヌ・ポワトーを唆したものこそが、当のセイラ・カンボゾーラ子爵令嬢なのだ。

 なによりユリシアとクラウディアの二人がセイラ事を、口を利く事すら穢れると嫌っているのだから。


 結局ジャンヌが何一つ動いていないというのにイベントは発生してしまっている。それも二年生で発生するイベントが一年生の時点で。

 これはイベントの修正力の為だろうか。

 それとも現実世界の裏で動いている人々の思惑がそうさせているのだろうか。


 クロエ誘拐事件はもともとヨアンナのイベントの裏で蠢いていた人々の思惑がまるで違う形で吹き出した結果だ。

 それならば今回の事件も裏の利害が絡んでいるのだろう。

 そう考えると元のイベントと現在の状況を比較すると裏が見えてくるのではないだろうか。


 そもそものイベントでカロリーヌがジャンヌの口車に乗ったのはポワトー枢機卿が死んだからだ。

 根底から違いが発生しているのだ。

 それで言うなら六年前から、いや多分セイラ・ライトスミスが子供教室を始めたという八年前から歯車は狂い始めたのだろ。


 …もしかしてセイラ・ライトスミスは? 彼女は一般人なのだけれど。

 でもそうとしか考えられない。

 思い返してみるとジャンヌの為にレールを敷いてくれていたとしか思えないのだけれど、あながち間違いでは無いのかもしれない。


【4】

「セイラ・ライトスミス様ですかぁ。そうですねえぇ、セイラ・カンボゾーラ様をイメージすれば良いと思いますよぉ」

 手伝いを終えて帰って来たナデテに聞いてみた。


 ナデテはジャンヌがサパーパーティーを切り上げて帰寮していた事に少々驚いた様子だった。

 ショーの後に参加者や手伝いの同級生たちとはしゃいでいた様子を見たていたので、まさかこんなに早く帰って来るとは思わなかったようだ。


「無理をしてぇ、お疲れになったのではないですかぁ? 明日はお休みになっては如何ですかぁ」

「大丈夫ですよ。疲れた訳では無くて少し気になる事が有ったので」

「気になる事ぉ? なんなんですかぁ?」

「ナデテにも相談したくて…、サパーパーティーの場ではあまり話しにくい事だったので。…それで、少しお聞きしたいのだけれどセイラ・ライトスミス様って、ナデテから見てどんな方ですか?」


 ナデテも小さい頃からセイラ・ライトスミスと過ごしており、利発で年上の男の子達も従えるリーダーだったそうだ。

 どちらかと言えば活発で、木の棒を振り回して男の子達と騎士ごっこをしていたと言う。

 皆を集めて自分が考えた面白い話を聞かせたり、色々と遊びを考えて遊んでいたが、八歳の洗礼式の頃から始めた三目並べが四目になり五目並べになった頃から数学に興味を持ち始めたようだ。

 黒板もチョークも五目並べをする為に考えて作り始めたが、その内にそれで学校ゴッコが始まったのだとナデテは説明してくれた。


 話を聞く限りにおいては、子供教室や工房に至る経緯に不自然な事は見受けられない。

 なにか急に変わった事は無かったか聞いてみたが、小さい頃からずっとセイラ・ライトスミスはセイラ・ライトスミスのままだと言う。

 チョーク工房やマヨネーズ売りを始めた頃は両親が裏で支援をしていたようで、才能に恵まれた天才児を両親が支援しながら育て上げた印象が強い。


「それで、セイラ・ライトスミス様本人はどのような方なのでしょうか?」

 その質問に帰ってきた答えがセイラ・カンボゾーラのようだと言う回答だった。

 以前ファナ・ロックフォール侯爵令嬢から聞いた話では、洗礼式の翌年に催されたゴーダー子爵家のガーデンパーティーでセイラ・カンボゾーラが手伝いに来ていたそうで、それから考えると洗礼式から以降数年の間ゴッダードで暮らしていたのだろう。


 その間にセイラ・ライトスミスの影響を受けたのかもしれない。

 あれだけ天才的な人なら、セイラ・カンボゾーラでも憧れて真似たくなるだろうと思う。

 しかしここ迄の話ではセイラ・ライトスミスがそうだとは必ずしも言い切れない。

 彼女の周りにそういう知識を流している者がいるのかもしれないからだ。


「それでぇ、相談したいと言うのはぁセイラ・ライトスミス様のことですかぁ?」

「ごめんなさい、違うの。サパーパーティーの時にオズマ・ランドッグさんが私にセイラさんを止めて欲しいとお願いに来たのよ」

「…オズマ・ランドッグがぁ? セイラ・カンボゾーラ子爵令嬢様の何を止めて欲しいとぉ?」

 微笑みを絶やさないナデテの表情が少し険しくなったように感じる。


「救貧院の改革の手を緩めて欲しいって。私は断りかけたのだけれど、一緒に居たジョン・ラップランド殿下たちが乗り気になってね。あんな場で話す話でも無いので、打ち切って帰って来たの。私はオズマさんはセイラさんの事をとても慕っていたと言う印象が強いのだけれど、あなたやエマさんは警戒していらしたわね」

「うーん。そうですねぇ、オズマ・ランドッグ様は正体が掴めないのですよぉ。北部の商家の出だと言っておられるのですがぁ、そのご実家も特定できませんしぃ」


「でもセイラさんに傾倒していたように感じたわ。本当に公開審問会を見に行っていたようですし、審問の内容にも共感しているようだったし」

「それは無いとは言えませんねぇ。実際にセイラ様に共感するところはあったのでしょうねぇ」


「何よりセイラさんはオズマさんの事を信用していたと思うの。きっとオズマさんが直接話をすれば譲歩できる方法を考えてくれたはずだわ」

「多分セイラ様ならばぁ、そうなさると思うのですぅ。でもそれはオズマ・ランドック様も判っていると思うのですぅ」


「そうよね。普通に私に仲介を頼んでも結果は同じだと思うわ。あの場で無ければ私がセイラさんに話して二人に面談の場を提供する事になったと思うの」

「具体的にぃ、何が問題になっているのか掴めませんねぇ。どうしたものでしょうかねぇ」


「なぜあの場で話したのかしら? 普通なら人の耳の無い所で話す事では無いのかしら」

「多分ですがぁ、狙いはジョン・ラップランド殿下たちにぃ聞かせる事だったんでは無いですかぁ。遠回しにぃジョン殿下たちを巻き込みたかったのではないでしょうかぁ」

 ナデテの言う事は一理あると思われた。

 そしてジャンヌはしばらく考えてから口を開いた。


「…私、オズマさんの話に乗ってみようかと思うの。彼女を説得出来ればそれで良し。出来なければ消極的にアドバイザーとして入って橋渡しは出来るだろうし。別にオズマさんも救貧院が良いと思っている訳では無いようで、聖教会教室や工房が出来るなら問題ないようだったし」


「そうですねぇ。私やエマさんが関わる訳にも行きませんしぃ。セイラ・カンボゾーラ子爵令嬢を入れるとぉ、態度が硬化する可能性が大きいですものねぇ」

「ならば明日にでも本人に承諾の返事をしますわ。私からも情報を流しますが、ナデテを通してセイラさんやエマさんに一報を入れて、オズマさんの背景をもう一度探ってくれませんか。ナデテ、お願い致します」

「それならばぁ、ジャンヌ様もぉ思い悩むふりをしてぇセイラ様やエマさんから少し距離を取ってもらえませんかぁ」

「えっ! …そうですね。その方が良いかも知れませんね」

 少し難しい演技になるだろうが、明日からはしばらくは一歩引いていようと決めてジャンヌはベッドに入った。

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