第144話 オズマ・ランドック(1)
【1】
昨日の夜遅くにナデテから何か連絡が来ていたようだ。朝目を覚ますともう既にアドルフィーネがスタンバイしていた。
「早いのね。昨日は大変だったでしょうに、ご苦労様ね」
「はい、セイラ様。お出になる前にお耳に入れたい事が御座いまして」
アドルフィーネが朝食の準備をしながら話し出した。
「昨日のパーティーの席でオズマ・ランドック様がジャンヌ様に頼み事をしたそうです」
「へー、ジャンヌさんに」
「ええ、セイラ様を止めて欲しいと」
「はー? 私の何を…」
「思い当たることが多すぎてお判りになりませんか?」
「失礼ね。でもオズマさんに絡むようなことに心当たりは本当にないのよ。オズマさんが嫌がるようなことをした覚えも無いし、何よりそこまで親しい関係でも無いから。それに彼女とはどちらかと言えば仲は良い方だと思っていたんだけれど…」
朝食のパンケーキとソーセージがテーブルに並べられてミルクがコップに注がれる。
「どうも救貧院絡みのようですよ」
「それならば尚更、ジャンヌさんにお願いするのは筋違いだと思うのだけれど」
「ナデテの推測ではジャンヌ様の周りに群がる殿方を巻き込むのが狙いでは6と」
「ああ、あの男たちの前でジャンヌに縋ったんだ。なんだかきな臭いわねえ」
たっぷりバターを塗ったパンケーキでソーセージを挟んでまる齧りする。
「セイラ様、お行儀が悪いですよ。貴族令嬢のなさることではありません」
「チマチマ食べていると時間の無駄よ。それでジャンヌさんはどう答えたの?」
「ジャンヌ様は拒否なさろうとしたのだそうですが、殿方に押しとどめられて保留のままご帰寮なさったそうです」
「そう言えば早くに居なくなってたわ。疲れたのかと思ったけれどそう言う事情だったのね。でも男連中がなぜジャンヌさんを押しとどめるのよ」
「それはセイラ様が男性たちと揉め事を起こすからでは御座いませんか。議論を戦わせるのは構いませんが、人前で殿方のプライドを叩き折るのはいらぬ恨みを買う事になりますよ。思い当たる事は御座いませんか」
「まあ好かれていないのは事実だし、仕方ないわね。それで男子の内訳は判るかしら? まさかジョバンニも入っているなんて事は…」
「それは御座いません。オズマ様もジョバンニ・ペスカトーレが居ればそれだけで態度を硬化させるのは間違いないと判っていると思いますよ」
「それもそうね。それでジャンヌさんはどうするつもりかしら」
「オズマ様のお話に乗ってみると申されているようです。消極ながらアドバイザーという感じで立ち回るおつもりのようですね」
「この事はエマ姉は知ってるのかしら」
「エマさんとリオニーは昨夜は徹夜で収支決算をしていましたから、二人とも今日は休むそうです。ジャンヌ様もセイラ様以外にはしばらくは口外しないおつもりだとか。まあエマさんはお金の匂いがしなければ気に留めませんし、しばらくは服飾業者との応対で忙しいでしょうから大丈夫でしょう」
それもそうだ。しばらくはナデテとアドルフィーネを介してジャンヌと連絡を取り合って対処しよう。
オズマの意図も判らないし、なにより私はこの嘆願がオズマが望んでいるとは思えない。
オズマ・ランドックという少女がそこまで裏の有る娘だと思えないのだ。
【2】
アドルフィーネと話していたために少し学校に向かうのが遅れてしまった。
「セイラ・カンボゾーラ、少し来るのが遅いかしら」
講義室の前の廊下でヨアンナが律儀に待っている。
「おはようございます、ヨアンナ様。ジャンヌさんもおはようございます」
ヨアンナはいつも私が来るまで必ず廊下で待っている。まあ私もヨアンナが来るまで廊下で待つことが多いのだけれども。
今日はジャンヌもヨアンナと一緒に私を待っていた。
「えっ…ええ、セイラさん。おはようございます」
ジャンヌがぎこちない挨拶で応える。
「それでは行くかしら」
いつも通り私たちを従えてヨアンナが講義室に入って行く。
私はジャンヌに目配せをすると、少し緊張した面持ちであったジャンヌの顔に安堵の表情がよぎる。
講義室に入るとレーネとカロリーヌが少し興奮気味に昨日の話で盛り上がっていた。
「クロエ様もそうですがエダム男爵家令嬢様やサヴァラン男爵令嬢様も素敵でしたわね」
「あんな素敵な殿方にエスコートして頂けるなんて、羨ましい限りですわね」
その横でユリシアとクラウディアが盛大にイヤミをぶつけている。
「同じクラスにリチャード殿下もいらっしゃると言うのに、平民騎士風情が不遜では無いの」
「そもそも軍服と制服しか持っていない様な平民上がりの準貴族などにエスコートされて何が嬉しいのかしら」
その話をメアリー・エポワス伯爵令嬢が聞きながら、どちらの話題に入るべきか思案している。
立場的には教導派の二人の話題に入るべきなのだろうが、心情的にはカロリーヌたちの話に混じりたいのだろう。
結局、意を決してカロリーヌに声を掛けに行ったようだ。
それを見たユリシアとクラウディアが私を見つけて更に声を上げて嫌みを言う。
「浅ましい似非貴族は平民に媚びを売って、招待客からお金迄取っているようだわね。私たちが招待客にお茶やお菓子のサービスをしたから良かったものの」
「そうよね。私たちがいなければ貴族としての体面すら守れなかったところだわ。特にあの欲深い平民が小賢しく立ち回っていたせいで」
二人の伯爵令嬢の当て擦りも今日の私は気にならない。それにエマ姉に関しては事実だから悪口にも値しない。
何より昨日のショーの結果を見ればその勝敗は明らかだから。
学校中の女子の大半が私たちのステージに軍配を上げるだろう。
既に二年生の女子生徒からは来年夏至祭も同じショーを開くよう嘆願書が多数来ている。
特にレディメイドに抵抗の少ない下級貴族令嬢や平民女子の反響はすごい物が有った。
特にラストのクロエのドレスはウェディングドレスを意識して仕立てて、更にあの演出である。
三年生の特待生がラストのウェディングドレスを着れると言う根も葉もないデマが語られたようで、二年のAクラス女子たちがサパーパーティーの席で上級貴族も巻き込んでライバル意識をむき出しにしていた。
その話が事実なら学年でトップのカミユ・カンタル子爵令嬢様の立場が無いじゃない。
カミユ様はあれだけ優秀で美人なのに浮いた噂が無いし、今回も裏方で私たちに協力して三年女子のまとめ役と振り分けに尽力してくれたのに。
そんな事を考えながら私がカロリーヌとレーネのもとに歩を進め掛けると、ジャンヌがスッと横をすり抜けて行った。
ジャンヌは私に目配せすると、声を掛けようとするカロリーヌたちやジョン殿下に軽く会釈だけして部屋の片隅に佇むオズマのもとに行った。
そして耳元で一言二言囁くとそのまま踵を返して講義室の外に出て行った。
講義室はすぐにさっきの喧騒に戻ってしまったが、暫くしてコッソリとオズマが講義室を出て行くのが見て取れた。
多分ジャンヌと話に行くのだろう。
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