第145話 オズマ・ランドック(2)
【3】
昼食の時間になり食堂に向かう私に向かってレーネが話しかけてきた。
「セイラさん、ジャンヌ様と何かあったのですか? 今日は何かジャンヌさんの様子がおかしいのですよ」
「えっ? そう言えば昨日の疲れが残ているようだったわね。昨日のサパーパーティーも途中で帰った様だったし」
「ええ、気付いたらいらっしゃらなくて。やはりお疲れになっていたのでしょうか」
「六月に入ってから本当に忙しくしていらしたもの。ポワトー伯爵領のお手伝いと並行して、聖霊歌隊の手配もしていらしたし。何よりファッションショーはとても力を入れて頑張っていらしたから」
…しばらくはそういう事にしてジャンヌには少し距離を置いて動いて貰う段取りを付けよう。
そのジャンヌはいつもの様にジョン殿下たち男子が囲んで自分たちのテーブルに連れて行った。
いつもの光景なのだが今日はその中にオズマ・ランドッグが混じっている。
ジョン殿下たちが話しかけているが、ジャンヌは相槌を打つだけで静かに食事をしている。
オズマもそれを横で見ているだけだ。
私たちの話を横で聞いていたカロリーヌが眉をしかめて立ち上がると、つかつかとジョン殿下のもとに歩いて行った。
「ジョン・ラップランド殿下。失礼を承知で諫言させていただきます。ジャンヌ様は昨日迄の夏至祭の準備で大変お疲れなのです。もちろん私の都合でご協力いただいておりますこともその一端で大変心苦しく思っておりますが、せめてお食事の時くらい静かに気を使わせる事無く過ごさせてあげて頂けないでしょうか」
「ああ、これはすまない。俺たちの配慮が足りなかった」
「そう言えばジャンヌは今月に入って忙しくしていたからね。か弱い女性であることを考慮すべきだったよ。男並みに頑強な子爵令嬢がいるのでついつい忘れてしまう」
「そうだね。静かに食べて滋養をつけて下さい。狂暴な子爵令所の真似などしなくていいですからね」
「イアン様、ヨハン様。殿下が配慮が足りなかったと仰っているのですから、それ以上は要らぬ口です。御慎み下さい」
最後のもう一度カロリーヌが釘をさすと、ジャンヌに微笑んで会釈してこちらに戻ってきた。
ここ数カ月でカロリーヌとジャンヌはとても仲良くなったようだ。
ジャンヌは今まで年の近い友人がいなかったようで、ジャックたちが唯一気軽に話せる仲間だったと言うのだから。
学校に入学してから友達が沢山できて楽しいと言っていた。特に夏至祭では平民寮や下級貴族寮の他のクラスの女子とも多数知り合えてかなり弾けていたように思う。
ゲームのイメージでは陰気で無口で皮肉屋の氷の女という感じだったが、実際は思慮深いが普通の女の子だった。
救貧院のイベントはそのジャンヌを追い詰め孤立させるかなり重大なイベントで、ラストのハウザー王国との戦争イベントの遠因にもなる。
このままイベントが進むとジャンヌが孤立して…?
あまり深く考えていなかったけれどよく考えればこれはゲームイベントだ。
私に持ち込まれるはずの依頼が何故かジャンヌの下に回っている。
ジャンヌが依頼を達成した場合、ジョン殿下たちのジャンヌに対する好感度は上がり関係が改善される?
ジャンヌの悲願である救貧院の廃止は先延ばしにされるが、数年とかからずにまず廃止になる事は間違いないだろう。
反対にジャンヌが拒否するか失敗しても現状が続くだけで、予定通り救貧院の廃止法案が宮廷に上申される事になるだけだ。
事実を知っている私とジャンヌの関係性が壊れる事は無いので、ジャンヌを裏切り者扱いさせない為に私が率先して表に出るべきだろう。
今回の勝利条件はオズマ・ランドックを説得して嘆願を諦めさせる事。
オズマ・ランドックが納得行く形で事態を収束させ、彼女を中身に引き入れる事。
この二点だろうか。
「あらセイラ・カンボゾーラ。また至らぬ考えを巡らせているのかしら。春の事件でもまだ懲りないのかしら」
食事の手を止めて考え事を始めた私を見咎めてヨアンナの皮肉が炸裂する。
「いえ、ジャンヌさんを疲れさせた元凶が私なのだろうと思って、少し反省していたんですよ」
「そうね、貴女は少し反省した方が良いのだわ。全ての人の胃痛の種なのだわ。また一人で暴走して私の胃を荒さ何で欲しいのだわ」
「大丈夫ですよセイラさん。父上の胃痛は自業自得ですから」
ファナに当てこすりにカロリーヌがフォローを入れてくれたようだが、それはフォローになって無いと思う。
【4】
昼食の間もジャンヌとオズマの間に大した会話が有ったように思われなかった。
イアン・フラミンゴがオズマに対して何事か話しかけてそれに対してオズマも返答を返していたようだったが、ジャンヌはそれに対して反応を示した風では無かった。
昼食後も特に何事も無く午後の講義も終了した。
昨日迄の夏至祭の疲れも有り講義に集中できない生徒も多かったようで、講師たちも早々と授業を終えてしまった。
いつもならお茶会に集まったり、街に出てセイラカフェに寄ったりする一、二年の学生たちも今日は真っ直ぐ寮に帰るものが多いようだ。
それでも三年生の一部の女子生徒たちは昨日の余韻が忘れられず、大勢でお茶会室やガーデンテラスに集まっているのが見受けられる。
そんな中私もウルヴァと一緒に寮に戻りかけると、校舎の玄関で声を掛ける者がいた。
振り返るとアレックス・ライオルが緊張した面持ちで立っていた。
「おい、セイラ・カンボゾーラ!」
そう言うと肩から下げていた鞄の中から丸底のフラスコを取り出して私の目の前に突き付けた。
昨日の発表で使っていたフラスコだ。
割れない様に布でくるみ、ガラスの密栓がされている。
アレックスが布を外すと、赤っぽい液体の中に絵面の溶けた金貨が入っている。昨日のフラスコだ。
「良いのか? 溶け残っている金貨は」
「そんな危険な液体を触れる訳無いでしょう。それに解けかけた金貨なんて必要ないわ」
「飽和に近づいているからもう大丈夫だとおもう」
「だから、溶けた金貨なんていらないわ。あなたが処分しなさいよ!」
つんけんした口調でアレックスに言ってやる。
そのままソッポを向いて校舎を出かかる私の背中に、アイザックの声が掛かった。
「すまない。本当に助かる…」
ポツリと言ったその言葉を聞いて、私はアイザックに言ってやる。
「硫黄とガラス石を入れて熱すれば金が析出するかもしれないわよ。試してみれば?」
「えっ? それは本当なのか?」
「さあ知らないわよ。私は試したことが無いから」
「ああ、試してみれば良いんだよな。また新しい論文が書けるかもしれん。恩に着る」
それだけ言うとフラスコを握り締めて私を追い越し、平民寮に走って行く。
その後ろ姿を見ながら、ルイスに少量で良いのでガラス石の粉末を融通するようウルヴァに伝言の為セイラカフェに走らせた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます