第146話 ジャンヌとオズマ(1)
【1】
朝、ジャンヌは教室でオズマに声をかけて講義室の外の廊下で待っていた。
暫くするとオズマが周辺を窺いながら出てきてジャンヌに頭を下げると駆け寄ってきた。
「ジャンヌ様。お手間をお掛けいたしましてすみませんでした」
「いえ、それは構わないのですが、詳しい事情も何も伺っておりませんし私はセイラさんのなさっている事に問題が有るとは思っておりませんので」
「それは承知しております。私も問題が有るとは思っておりません。ただ、少し手綱を緩めて欲しいだけなのです」
ジャンヌはオズマの返答を聞き、やはり二人になって話した事は正解だったと思った。
「おすがりできる方がジャンヌ様しか思い至らなかったのです。ヨアンナ様やファナ様は大貴族。末端の平民の心の機微まではお解りになりません。それはカロリーヌ様も同じで、まして元教導派の方でしたからご理解いただけないでしょう。エマさんは同じ平民ですが、あちらはその機微を解って利益を優先させる本当の商人ですし。セイラ様はお優しい方だと思っては降りますが、救貧院絡みになると苛烈で一歩もお譲りにならないようなので」
そう言われればそうだ。オズマに指摘されてふと気になったのだが、セイラは救貧院をとても嫌っている。
幼いころから清貧派の聖教会で暮らしていたジャンヌと違い、セイラはゴッダードが未だ教導派の支配だった頃救貧院と関わっていた聞いている。
セイラの側近の獣人属メイドはもとより、ルイーズやミシェルも救貧院のお陰で大変な目に遭ったと言っていたからその為なのだろう。
「そうかもしれませんね。セイラさんは人一倍救貧院を嫌っておられますから」
「ですから…ジャンヌ様におすがりするしかなかったのです。ジャンヌ様が教導派聖職者をお嫌いなのは存じ上げておりますが、救貧院はすべてが教導派聖教会と繋がっている訳では無いのです。それだけはご理解いただきたくて…」
「そうですか。あなたの仰っている救貧院が何処に有るのか存じませんが、救貧院を一括りにするなと仰りたのですね」
ジャンヌは自分が思っている以上に冷え冷えとした声でそう言ってしまった。
救貧院にも良し悪しは有るだろう、でも救貧院自体が王国法に則って設置されている施設だ。
王国法から逸脱したり、抜け道を使って教導派が私腹を肥やしている事はどの領地でもほぼ一緒だ。
だからと言って王国法を順守している救貧院であっても、そこに収容されている人々が救われる訳では無い。
法律が間違っているのだから。
棺のような寝床、一日の半分鐘六つ分の時間の重労働、粗末な食事、施設から出る事の出来ない不自由、なにより夫婦や親子が引き離されて二度と会えない様な監禁同然の生活が法によって決められて収容者を縛っている。
「私は良い救貧院が有るとは到底思えませんが?」
「仰る通りで御座います。解っているのです。救貧院自体が間違いであることは…。それでも押してお願いしたいのです。どうか…どうか」
「何か事情がお有りの様ですね。今はあなたのお力になる気になれませんが事情はお聞きいたします。授業が終わったなら平民寮のお茶室でお聞きいたしましょう」
「ああ、ありがとうございます。事情だけでも聴いて頂ければ…」
そう言うと何度も頭を下げて講義室に帰って行った。ジャンヌもしばらく時間をおいて講義室に戻った。
【2】
午後の講義は実質切り上げ授業のようだった。
生徒も講師も疲れて授業にならなかったのだ。
放課後はカロリーヌがジャンヌの事をとても気遣ってくれていた。
どうもセイラが自分がショーを押し付けたせいで、ジャンヌが無理をして疲れていると言ったようで、カロリーヌも自領の仕事を頼み過ぎたと謝って来たのだ。
政争には無関心な悪く言えば事なかれ主義だった教導派上級貴族だったカロリーヌが、平民のジャンヌにまで頭を下げる様になった。
人と言うものは変われば変わるものだ。立場が人を作ると言う典型のように思えて感心しながら寮に帰った。
寮に戻るとナデテがお茶の用意をして待っていてくれた。そしてエマとリオニーは昨日から帰ってきていないと言う。
「昨日はぁ、売上金の全てを持ってぇライトスミス商会の事務所に泊まり込んでましたぁ。今朝からぁ系列の服飾業者や仕立て屋を集めて一気に打って出るってぇ、昨日のアンケート結果の集計にぃ励んでるようですぅ」
「私のウェデイングドレスの企画の評価はどうだったのでしょう」
「リオニーはぁ、今年の舞踏会は白いドレスばかりになるだろうってぇ言ってましたぁ。それでぇ、オズマさんのお話はぁ、どうなりましたかぁ?」
ナデテはジャンヌの意を受けて、エマやリオニーにも内緒にしてくれているらしい。
ただ、リオニーにはオズマに怪しい動きが有るので素性を洗い直して貰うように頼んであるとは言っていた。
ジャンヌはナデテにこれからお茶会室でオズマから事情を聴き事を告げた。
「私はぁジャンヌ様のメイドですからぁ、ご同伴させていただきますぅ。それにぃジャンヌ様のご指示ならぁお茶会の内容は絶対に外に漏らしません」
ジャンヌもナデテには同席して貰うつもりでいたし、ナデテの判断で独自で動いて貰っても何ら気にする事は無かったのだけれど、ナデテが言うならしばらくは二人の秘密にしておこうと決めてお茶会室に向かった。
お茶会室の扉を開くと既にオズマが一人でスタンバっていた。
「まあぁ、いけませんわぁ。お茶会のホステスがぁ準備などなされてはぁ。私がお茶を入れましょうぅ」
そう言うと手際よくティーセットやお湯の準備にかかり始め、どこから出したのか三段のケーキスタンドにスコーンやサンドイッチやパイなどが並べられてテーブルにセットされた。
「ジャンヌ様、このメイドの方は…」
「問題ないですわ。セイラカフェでシッカリと学んだ幹部メイドで私付きのナデテです。今日の話は絶対に外に漏らす事は致しません。もし漏れたなら私が漏らしたと思われて構いませんよ」
「そ…そうでは無くて、クロエ様の…」
「ナデタは私の妹ですぅ。あんなのと一緒にされたくありません」
「双子なのだそうですよ。いつも張り合っているけれど本当は仲が良いんですよ」
「そんな事ありません。私よりぃ技量の劣るぅ妹に負ける訳無いですぅ」
「そっそうですか。では事情をお話させていただきます」
そう言ってジャンヌとオズマ二人だけのお茶会が始まった。
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