第168話 教導派貴族との取引(2)

「おう坊主。度胸があるじゃねえか。その年で副支配人とか肩書き持ってるから、頭でっかちの瓢箪野郎かと思ったがやるじゃねえか」

 荷駄を駆りながら伴走する馬子が荷馬車を駆るパウロに話しかける。

「まあこう見えても上の兄貴は聖堂騎士ですし、下の兄貴はもっと荒事が得意な狂暴な奴ですから」


「恐ろしかったよ、本当に。手打ちにされるかと思ったぞ」

 馬車の荷台で手代が冷や汗を拭った。

「上出来ですよ。あのやり方で良いんですよ。うちは全うな商売をしているんだから胸を張って言い切れば良いんです」

「そうだな。あの価格で十分利益が出ているんだから奴らに気を使う必要なんてないんだよな。うちより良い条件で取引してくれる商会なんて北部にある訳が無いんだ」

「残りのエポワス子爵家もマンスール男爵家も、シェーム伯爵家の対応を説明すれば無茶な事は言わないでしょう。領主様との面談は御同行しますが交渉はお任せ致します」


 パウロの言う通りエポワス子爵家もマンスール男爵家も取次の執事にシェーム伯爵家でのやり取りを説明するだけで直ぐに面会する事が出来た。

 その上シェーム伯爵家は物産品が人気の様で昨年度より引き取り価格が上がると言う事なので取引を止めると言うと、両家とも昨年通りの価格で予定より多く仕入れる事買い入れる事が出来た。


 帰路にシェーム伯爵領を抜ける時にはパウロだけが馬で伯爵邸に乗りつけて執事にエポワス子爵家とマンスール男爵家から余分に買い付ける事になったので、荷馬車に空きも無く支払う金も無いので今年の取引は止めると言い残して帰って来た。

 顔色を無くした執事の顔を思い出しながら荷馬車を追いかける、馬の背で笑い転げながら。


【3】

 パウロは街道で手代たちの荷馬車と別れると、ポワチエ州に戻らずモン・ドール侯爵家に向かう番頭の荷馬車を追いかけた。

 モン・ドール侯爵領に入る前に追いついたパウロはシェーム伯爵家の結果を告げるとそのまま番頭に同行する事にした。

 モン・ドール侯爵領は取引額も大きいが損益も大きい領地なのだ。

 上手く立ち回っても儲けはあまり上がらず、損益が出る事の方が多い領地である。


 財務指標を見る限り一番に切り捨てなければならない取引先だが、権力も身分も強大な物を持っているので厄介な領地である。

 さすがにシェーム伯爵家の様に門前で金を要求してくるような事は無かった。

 取次の執事に案内されながら番頭が後ろを付いて行く。

 その後ろに目録や書類を持ったパウロが従って歩いている。


「オーブラック商会の商会主殿は御壮健ですか?」

「それがこのところ、多忙を極めてまして体調を崩しております。その為こうやって私めが参りました次第で御座います」

「おお、それは御気の毒に。ご自愛下さいと申していたとお伝えください。それでは経営の方も大変で御座いましょう。わたくしがご領主様に御口利きを行っても構いませんが?」

「いえいえ、執事様のお手を煩わす様な事は致せませんのでお気遣い無きようにお願い致します」


「左様でございますか。それではこちらにお掛けになってお待ちください」

 番頭がそう告げると執事は二人を応接間に通して、あっさりと引き下がって行った。

「さすがは大家の執事ですね。必要以上に金品の要求はしないのですね」

「ええ多分我が商会の経営状態もある程度把握しているのでしょう。生かさず殺さずで取引をつづけたいのでしょうね。難しい領地ですよ」

 やはり一筋縄では行かないようだ。そう考えてパウロは気を引き締め直した。


「おお、お役目ご苦労であったな」

 口髭を蓄えた中年の紳士が入って来た。紫の髪を撫でつけて冷酷そうな細い目が印象的な男である。

「これはモン・ドール侯爵様。御無沙汰しております」

 番頭とパウロは立ち上がり頭を下げる。


「おお、気にせず楽にしたまえ。さあ席につき給え」

 侯爵は鷹揚に手を振るとどっかりとソファーに腰かけた。

 二人もそれを見てソファーに腰を下した。

「この度の契約通りに申しつけられました品物は納品致しました。これがその目録となっております。お納めください。おい、パウロお出ししなさい」

「はい、こちらで御座います。品物については倉庫にて確認を頂いております」


「いやいや、オーブラック商会の事は信用しておるとも」

「そう言って頂けると商人冥利に尽きると言うもので御座います」

「それで商会主殿は体調を崩しておられるとか。経営も厳しいようだが難儀な事であるな」


 中々腹の中が読めない男だと思いながらパロは話を聞いていた。

「そこで提案なのだが、どうだろう支払金額と我が領での買い付け品の相殺で手を打つと言うのは」

「買い付け品と言うのは一体…?」

「今年は大麦も燕麦も豊作でな。それにライ麦もかなり取れておる。昨年の大麦の買取価格の八掛けで良いぞ」

「お待ちください。買い付け品と言うのは大麦と燕麦とライ麦だけなのですか?」

「その代わり八掛けであるぞ」


 バカにした話である。前年度の取引では適正価格で小麦を買い付けた代わりに市価よりも割高な価格でライ麦を押し付けられたのだ。

 取引量の内の二割がライ麦、後は小麦と加工肉であった。


 それを今年はライ麦と大麦それに加えて燕麦とまで買えと言う。

 価格も二割引きと言っても昨年度が割高の価格だったので通常価格である。

 燕麦や大麦は更に価格が低いのだ。余り物を高値で押し付けようと言う魂胆なのだろう。

「それでは我が商会での利益は出ません。お引き取りはご勘弁願います」

「何と、我が家がここまで譲歩しておるのにか? この要件なら損は出ぬはずであるぞ」

「ライ麦はともかく燕麦や大麦はその価格では輸送料も出ません。我が商会も窮しております。現金が無ければ手形が落ちぬので御座います。買取はご勘弁を」


「現金ならば我が領で仕入れた大麦やライ麦を売れば良いではないか。急いで売りたいのならば良い商会を紹介してやるぞ」

「そういった話では御座いません。この価格では引き取れないと申しているのです。大麦とライ麦を合わせても昨年価格の六掛け、燕麦を引き取るならば半値でなければ引き取れません」


「それは何とも強欲ではないか。こちらが温情をかけて譲歩しておるのに更に足元を見ると言うのか」

「どう仰られても構いませんがこの価格は譲る事が出来ません。申し訳御座いませんが納入品のお支払いをお願い致します」


「しかし困ったのう。我が家も手元不如意でな持ち合わせの現金が足りぬのだ。燕麦は抜いて大麦とライ麦で八掛けまで譲歩致そう」

「それならば六掛けでなければ引き取れません」

「成らば仕方ない。金はさっき申した通り手元不如意でここにはない。小麦とライ麦と燕麦が売れる迄待って貰う事になるであろうな」


「私どもは契約通り商品を納めました。約束通りお支払いを!」

「くどい! 無い者は無いと申しておるのだ。払わぬとは申しておらん!」

「番頭様、オーブラック商会もここ迄の様で御座いますな。それではお約束通り契約書を回収させていただきましょう」

 二人の会話に急にパウロが割って入った。


「それでは全ての証文は我がアヴァロン商事が引き揚げさせて戴きます」

 そう言ってパウロはテーブルに並べられた書類を全て書箱に入れて鞄に仕舞った。

「おい、小僧。一体どう言う事なのだ」

「オーブラック商会の手形が落ちない事が確定いたしましたので、この書類はアヴァロン商事が引き継ぐ事になりました。オーブラック商会は不渡りで御座います」


「いったい何を…?」

 侯爵の困惑をよそにパウロは話を続ける。

「侯爵様の納品書へのサインは頂いておりますし、売買契約書も御座います。この書類はアヴァロン商会がモン・ドール侯爵家の負債として処理させて戴きます。只今より月割りで法定利息が加算されます。来週には取り立ての監査員が参りますのでその御準備をお願い致します」


「待て、待て待て! そんな無法が通用すると思っておるのか! ここはモン・ドール侯爵家であるぞ!」

「お間違いなさらないで下さい。無法では無く法に則った取引で御座います。北方三国の商法にもハウザー王国の商法にも外れておりません」

「その様な真似をして北部で商売が出来ると思っておるのか!」

「それは怖う御座いますね。成らばこの書類を南部のライトスミス商会にでも売る事に致しましょう。かの商会なら北部では取引が有りませんから」


「ふざけるな! ライトスミス商会と言えば背徳者の集まりではないか! 獣人属の商会であろうが!」

「いえ、そういう訳では無いと思いますが優秀な獣人属の商会員が多数おりますので彼らが差し押さえに参るでしょうね」

「六掛けだ! 大麦とライ麦と燕麦で六掛けだ!」

「先ほどから申している通り五掛けでなければ引き取れません」


「クッ! 判った! 五掛けで持って帰るが良い。ただこれで終わると思うな。この領で、いやこの州での取引をこれからも続けられると思わぬ事だ! 其方らの商会がこの州を通る事も許さんからな。アヴァロン商事! 貴様も同じであるぞ!」

 激怒するモン・ドール侯爵をそのままに番頭とパウロたちは大量の大麦とライ麦と燕麦を積んで一路河筋を目指して進んだ。

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