第92話 女伯爵(カウンテス)
【1】
「養子など取らずともポワトー伯爵家の直系が大司祭の座も伯爵家の地位も次ぐのですわ」
そう言い切ったカロリーヌの表情を見て確信する、この娘も腹を括ったのだと。
ポワトー枢機卿は傑物だったのだろう。
一代で枢機卿にまで上り詰め、瀕死の今でも聖教会全体に大きな影響力を持っている。あのシェブリ大司祭が表立って逆らえないほど隠然たる力を持っているのだから。
しかしその血は息子に受け継がれなかった。
さしたる苦労も無く育った息子は、これといった主義主張を持つことも無く人任せで周りに踊らされていった。
その凡愚の血は孫にも受け継がれ三人の男子たちは皆道を誤っている。
しかしその枢機卿の血脈は孫娘の上に花開いたように感じるのは私だけでは無いだろう。
「よく言ったわカロリーヌ・ポワトー。もしポワトー伯爵家がカロリーヌの主張を受け入れるならゴルゴンゾーラ公爵家は全力でバックアップするのも吝かでは無いかしら」
「御養父様、ゴルゴンゾーラ公爵家の支持を取り付ける事が出来て、お母様の実家のサン・ピエール侯爵家も後ろ盾になってくれるでしょう。上手く進めばロックフォール侯爵家も。さあご決断なさいませ」
「わっ、分かった。それでわしは何をすれば良いのだ」
煮え切らないポワトー大司祭もヨアンナと娘のカロリーヌの勢いに押されて承諾した。
「まずは、御養子の男子四人とその後見となる各家の御母堂を集めてレオン様を後継の大司祭に指名する事とその後見としてカロリーヌ様を
「そっその様な事、根回しも無しに早急に進められぬぞ」
「早急だから良いのですよ。相手に何一つ準備させず一気に畳みかけて戴きたいものですわね」
私の指示に狼狽するポワトー大司祭に更にこれからの指示を与える。
「ここ数日のうちにシェブリ伯爵家が揺さぶりをかけて来るでしょう。その後に会談の要請が来るかと思います。ですからその前に相続の件を決定する必要が有るのです。明後日にここハバリー亭でポワトー大司祭様主催の晩餐会を開きましょう。サロン・ド・ヨアンナからトップメイドを集めて、ロックフォール侯爵家の自慢のシェフを呼んで最高級の晩餐を饗しましょう。今の跡継ぎ候補のお三人は必ずお呼びしてください。招待客としてヨアンナ・ゴルゴンゾーラ公爵令嬢とファナ・ロックフォール侯爵令嬢の招待も忘れずに。ああ、それから私と闇の聖女ジャンヌさんも必ず呼んでくださいましね」
「そっそんな場で跡継ぎの発表をせよというのか…」
大司祭の表情には”自分が矢面に立ちたくない、面倒事は避けたい”という気持ちがありありと表れている。
「そんな場だからですわ。ヨアンナ様やファナ様はもちろん、私やジャンヌさんもお口添えする事が出来ます。カール様の行状はもちろんですが、ノア様やベンジャミン様も何一つ文句を言わせないくらいには情報を集めて参りましょう。それとも私ども抜きでご子息や奥様方に相対されますか?」
「いや、分かった。総て従うと致そう」
私の一言で吹っ切れたように顔を上げるその姿を見て、つくづくこの男はだめだと思う。嫌な事から逃げられると分かった途端にこの態度なのだから。
「大司祭様、ここからが正念場です。カロリーヌ様の要求を通すために私達も全力を尽くしますが、これはカロリーヌ様のためであって大司祭様のためではないということをお含みください。私にとって教導騎士団は父と祖母の敵であり、教皇と息子のペスカトーレ枢機卿は母の敵なのですから」
「それは重々承知しておる。ワシも心苦しく思っている」
ことここに至ってこの程度の言葉しか出ないポワトー大司祭は何も理解していないのと同じだ。
ジャンヌは遠回しに教導派と縁を切れと言っているのだから。
別にポワトー大司祭の意向に関係なく私達が既成事実を積み上げてゆくことになるのだけれども、ポワトー大司祭が腹を括らなければ彼自身が泣きを見ることになるだろう。
「明後日の晩餐会でカロリーヌ様を後継に指名なされば、私とセイラさんがポワトー枢機卿に面会に参りましょう。できれば早いタイミングで王立学校を休んででもお伺い致します」
「それは有り難いことだ。心より感謝いたす」
「もちろん大司祭様もカロリーヌ様もご一緒していただきますよ。枢機卿様に事の顛末をご報告のしていただかなければいけませんのでね」
その一言で大司祭の顔色が変わる。
「父上に報告! 老い先短い父上にこれ以上心労をかけるのは」
「それは当主の義務と心得てください。」
「そうじゃ。それならば書簡で…それが良い」
「枢機卿様の了承を取り付けカロリーヌ様の後ろ盾に成っていただくのです。書簡で済まされることではございません」
「…ああ、相分かった。言う通りに致そう」
「それから、明後日以降はカロリーヌ様とレオン様の身辺警護も重要になってまいります。特にカロリーヌ様の身辺は今すぐにでも警戒が必要かと思います。そこで警護要員として私どもの選んだメイドをお付けいたします。グリンダ、紹介してあげて」
「ポワトー大司祭様。特に戦闘能力に特化したメイドを用意いたしました。実務能力も宮廷作法も申す事は御座いません。カロリーヌ様の部屋付きメイドとしてお付け下さい。さあ、自己紹介なさい」
「はい、ルイーズと申します。セイラカフェで修行し、セイラ・ライトスミス様のメイド見習いとして付き、サロン・ド・ヨアンナで主任メイドとして勤めてまいりました」
「随分と若いメイドだが宮廷貴族や上位貴族相手に粗相をするような事は無いのか?」
「少なくともポワトー伯爵家の王立学校付きメイドよりは数段優秀かと存じ上げます」
そう答えたグリンダの一睨みでポワトー大司祭は竦み上がってしまった。
「人属の…メイドなのですね。聖年式を迎えたばかりの様ですが貴族の子女でしょうか?」
「いえ、平民で御座いますが、その分向上心も高く努力もしております。八歳から修業を積んでおりますのでメイドとしての年期が違います。しばらくの間は獣人属のメイドではポワトー伯爵家での業務に支障が出ると思いまして。戦闘能力については年上の獣人属メイドにも後れを取る事は御座いません」
「ルイーズ、私はカロリーヌと申します。これからよろしくお願いするわ」
「おい、カロリーヌ。其方何を勝手なことを…。今のメイドは如何ずるのだ」
「モードは私のメイドから外してくださいまし。ベアトリスとイヴリンは修行に出します。代わりにお母様の実家から一人メイドを見繕って貰うようにお願いしております」
「そのメイドもハンスが連れて来ているようなのかしら。連れて来させても良いかしら」
暫くしてハンスが少女を一人連れてくる。
部屋に招き入れられたそのメイドはカロリーヌとポワトー大司祭に頭を下げて自己紹介を始める。
「ミシェルと申します。宮廷作法全般とハウザー王国、ハッスル神聖国、ハスラー聖公国のの法務・財務全般についての知識を持っております。新設の株式組合法や特許法についても一通りこなせます。カロリーヌ御嬢様、よろしくお願い致します」
これでカロリーヌ・ポワトーの周りはセイラカフェ出身のメイドで固められたようだ。
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