第111話 カンボゾーラ農共(2)
当然、意見は二つに別れた。
賛同派は問題ないが、躊躇する一派も負債となる織機をどうにかしたいので食い下がってくる。
しかしそもそも故ライオル伯爵の口車に乗った奴らにカンボゾーラ子爵家が遠慮してやる謂れも無いのだ。
「皆様方、お考え違いがあるようですがハッキリ申し上げます。我が家はライオル伯爵家に与した者を許すつもりも信じるつもりも御座いません。この御提案も我が家に利が有るからで御座います。それで不服ならばご随意に致して下さい」
「それが領主家のお考えか! 御令嬢では話にならん! 奥方は…ご領主さまは如何にお考えなのだ」
「娘はライオル前伯爵に拉致され、私は刺されて命を落としかけたのです。主人が駆けつけて助けてくれなければ今頃どうなっていたか。我が家はライオル家に恨みは有れど慈悲は御座いません」
「…」
「奥様、わたくし共は前領主に強制されて…」
「ですからこの提案をさせて頂いたのです。これが我が家の最大限の譲歩です」
三人が無言で席を立って出て行った。
領内でも有数の大地主カスバート家の者だ。彼らはライオル家と深くかかわって来たのだろうか。
ただ間違いなく領内に強大な利権を持っている者たちである。
残った躊躇派に向かって私は新しい提案をする。
【3】
「ここに残られた皆様の内 これを契機に本格的に牧羊を望まれる方は居りませんか? 牧羊に踏み切れない農家の方から織機に替えた羊を買い取り頭数を増やす気の有る方は居ませんか? それでカンボゾーラ牧羊農業共有組合の設立を提案させて戴いたのです」
大地主の三人が去った後に残ったのは比較的裕福な自作農たちだ。
そう、ライオル前伯爵家が織機を押し付ける程度には収益が有った事が災いした者たちだ。
「我がカンボゾーラ子爵家が織機と引き換えに供与した羊をお互いの投資としてここに居る全員で農地も羊も協力し合って収益を上げて行く互助組合を提案したいのです」
農家の者たちが顔を見合わせた。
「それはどういう事なのでしょう?」
「羊飼いは何頭の羊を見れますか? 一件が一頭づつ羊を飼うと何人の羊飼いが要りますか?」
「ああ、ああ、そういう事か。牧羊地も共用にしてまとめて飼育しろと…」
「それだけではありませんよ。粉ひき小屋を共同で管理したり、商人との交渉も全体で交渉すれば有利な取引が可能になります。そのうちにフィリポの街に直販所を建てて直接売れば買い付け手数料もとられなくて済む。外部から融資を募って新しい作物の作付やチーズ作りも考えてみてはいかがですか。カマンベール子爵領では実証済みですよ」
農共設立の提案である。
「皆さん、先ほどの地主の方々に借金が有る方は居ませんか? あの地主方は今回の織機の購入の折にライオル前伯爵と結託して、皆さんの農地を借金の方に我が物にしようと企んでいたようですよ」
私の勝手な憶測であるが効果はてきめんであった。
「おおそう言えば織機の話を持ってきたのはあの地主だったぞ」
「わしの家に三機も売りつけておいて、あいつの所はもっと金が有ったろうに二機しか買わなかったぞ」
「そうだ、一年で元が取れると言ったから織機を買ったんだ」
おやおや、やはり結託してたのかな?
「農業共有組合は組合員の皆様方が共同で運営して行く組織です。領主家は知識や運営のお手伝いは致します。経営のパートナーならアヴァロン商事をご紹介いたしましょう。しかし儲けも損失も最終判断は組合員の総意で決定し完全に自己責任です。大きな賭けは推奨いたしません。領主家は羊毛の決まった量を買取る事の契約を致しますので、少なくとも牧羊については損失は出ませんよ。先ずはそこから始めてみてはいかがですか、集団で経費を抑えて利益率を上げる事から始めましょう」
「わしらは農地が広くないので組合に羊を投資する形で参加したい。それでも織機は買い上げて貰えるのだろうか」
「それは組合員の皆様と図って下さい。当家の
「俺の一家はそんな悠長な事は言っていられないんだ。あの地主一族に借金が有る。それこそお嬢様の言われた通り土地を乗っ取られるかもしれん」
「私の土地も同じだ。言われるままに借金をしたが、きっとあいつら土地を乗っ取るつもりなんだ」
「それも早急になんとか致しましょう。今日の午後にでも借金の書類を全て持って高等学問所にお行きなさい。ニワンゴ様には話を通しておきます。借金の額や利息の計算に誤魔化しは無いか? 証書に嘘は無いか? しっかりと精査して貰えます。他の皆様方も証書を持って一度精査して貰ってください。勧めたくは有りませんが清廉なニワンゴ司祭長の事ですから、カンボゾーラ子爵家から一番有利に織機を買いあげて貰える条件を教えてくれるでしょう」
やっと朝食会の会場から笑いが起こった。
「そうですな。あの慈悲深い司祭長様なら信用できる」
「獣人属だと聞いた時は耳を疑ったが、あのお方なら間違い無いじゃろう」
「そうそう、俺は前の教導派司祭たちの証文査定の時に立ち会ったが銅貨一枚の違いさえ見逃さなかったぞ」
「もっと早くにニワンゴ様が着てくれていたらこんな事には成らなかったのだがなあ」
「皆様、隣のカマンベール子爵領にはニワンゴ様はいらっしゃらないけれどこのように悪人に騙されませんでしたよ」
皆の視線が私に注がれた。
「それはご領主様が良いお方だったからで…」
「以前からライオル前伯爵家はカマンベール現子爵家を狙って同じような悪事を仕掛けていたのですよ。悪い商人を連れて村々を回って同じような事を仕掛けようとしたのです。でも引っかからなかった。それは早くから聖教会教室を村々に作って証書を読める利息を計算できる者が沢山いたからです。皆さんはこれから自分たちで証書を読み売り上げや利息の計算を出来る様にならなければいけないんですよ」
「でもそれはニワンゴ様に…」
「しばらくは高等学問所の職員に手伝って貰えるようにお願い致しますが、作付けが終わり落ち着いたら、本来の仕事に戻って貰います。収穫期にも応援が必要ならば誰かを雇って頂く必要が有りますよ。これから高等学問所を出た者たちは商家や貴族に引く手あまたとなります。いつまでも安い給金で手伝って貰える訳ではありません。あなた達がある程度仕事をこなせるように学ばねばいけませんよ。人を雇うか自分たちでこなすか。どちらが儲けが有るかはお判りでしょう」
自作農たちは沈黙の後お互いに顔を見合わせている。
初めは戸惑ったようなに視線を交わしていたがそのうちにたがいに頷き合ってこちらを向いた。
「解りました。わしらで一から始めてみましょう。夏まではニワンゴ様におすがりしてしっかりと学ばせていただきます。それから…聖教会教室には大人も行っても良いのでしょうか」
「それは是非いらして下さい。南部では若いお嬢様方やご婦人方が算術教室に通われているのですよ」
思った以上の効果が有ったようだ。この農業共有組合が成功すればこの領も変わり始めるだろう。
これから聖教会教室の重要性が高まり、治癒院や高等学問所の重要性ももっと高まってくる。
先ずは一つ目の手は打ち終わった。
朝食会の後、参加した自作農たちは足早に帰路につき 早いものは昼食の頃には高等学問所に向かった者もいた。
彼らは自作農から自営農に代わって行くのだ。
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