第110話 カンボゾーラ農共(1)

【1】

「それで義父上、当面の聖教会工房設置と救貧院廃止の障害になっているのは何なのですか?」

「やはり、救貧院に入れられる対象者が多いと言う事だろうな。病や栄養不足で働けない者や洗礼前の子供が居るんだ。領全体は麻疹が治まって人手不足だが、働けない者は地主や村長が追い出している。この領の連中は目先の事しか考えない連中ばかりだ」

 フィリップ義父上が怒りに満ちた声で言い放った。


「でも何故そんな事をなさるのでしょう。家族や身内が何も言わないのでしょうか? 貧しくても身内で分け合えば何とかなるものでは無いのですか?」

 ニワンゴ司祭長が不思議そうに聞いてくる。

 普通はその通りなのだ。ハウザー王国の農村は貧しいがそうやって暮らしてきたのだろう。

 それは私が育った南部でも同じだった。


「この領の地主や村長共は違うんだ。同じ給金で働けない者まで養うと働ける者の効率まで下がる。そう思っていやがる。働けなくなれば追い出して元気な奴を雇おうと考えてるんだよ」

 そう言って吐き捨てるフィリップ義父上を見ながら、この人が義父で良かった思う。真っ直ぐだった父ちゃんやお母様の事を思い出し、私は家族に恵まれているのだろうとつくづく思う。


「それは、まるで農奴の様ですね。ラスカル王国には農奴は居ないと聞いておりましたが」

「農奴が廃止されたと言っても北部の連中の意識までは変わっちゃいない。先々代の王がやっとの思いで廃止した農奴制だが、今でも北の連中は小作人を農奴扱いしているんだよ」


「判ったわ! ならそれをぶち壊しましょう。そう言う人たちには落ちぶれて頂きます。一人残らず排除いたしましょう」

「不穏当な発言が出たな。こいつがやると言ったなら本当にやるぞ。俺はこの際膿は全部出し切った方が良いと思っているんだがルーシーはどう思う。乗った方が良いか?」

「生まれてくるこの子が誇れる領地になるなら何でもすべきですわ。汚名は親が被れば良いのです」


「よし、なら躊躇はしない。何から始めるんだ? 地主か? 村長か?」

「搦め手から行くよ。以前ライオル伯爵が大量に買い込んだ織機が有ったじゃない。あれどうしたかな?」

「前伯爵家が無理やり領民に買わせた織機だな。不良在庫化しているぞ。領内の羊毛の生産量より織機のほうが多いんだ。その上その織物も品質が悪く値がつかない。ライオル家は織機を入れた農家の怨嗟の的だ」

「その織機を全部買い上げてその代わりに牧羊を奨励しましょう。フィリポ毛織組合を立ち上げるわ。羊毛の紡績から毛織物まで一括で賄う工場を作るという謳い文句で」


 当然採算の取れない産業を起こすつもりはない。

 新規開発したグレッグ兄さんの水力式大型織機と紡績機を大量に導入し、大規模な紡績 織物工場を稼働させる。

 そして女性を積極的に雇用して行く。現金収入が欲しい農家は積極的に女性を働きに行かせるだろう。

 これから雇う女性たちは事前にしっかりと教育を受けてもらい、工場稼働開始時には即戦力として働いてもらう。


 もうすぐにこの国でも水力紡績による産業革命が起こる。…私が起こしつつ有るのだからその前に対策を立てておく。

 紡績・繊維工場は女性に打って付けの職場だ。

 最低賃金と託児所の完備 そのモデルを作ることでこの先、救貧院を廃止してゆく礎を作るのだ。

 清貧派聖教会と連携して治癒院での健康管理と読み書き算術の基礎教育は必須とする。

 能力の有る者は性別・種属関係なく登用してゆく方針だ。成功者を見ることで教育の重要性を認識して貰う為にも。

 教育水準の高い女性が社会進出して行く場を設ければ、自ずと女性の地位も向上して行く。

 この仕組が上手く動けば女性の自立も可能になる。


 そうなれば必要なものは優秀な労働力ということに成る。

 今この領内では人手不足が顕著に成ってきている。この機会を逃す手はないのだ。

 この機会に旧来の地主や豪農や農村の因習的な習慣をぶち壊してやる。


「義父上、義母上。これからアヴァロン商事の財力を賭けてカンボゾーラ領内に周辺国も含めた最大の織物工場を立ち上げます。東部諸州だけでなくハスラー聖公国にも喧嘩を売ります」


【2】

 翌日の朝、朝食階の名目で領内の織機を購入した農家や地主が集められていた。

「皆様、我が娘の帰領に際してようこそお集まりくださいました。こちらが娘のセイラでございます。これからもお引き立てをお願いいたしますわ」

 ルーシー義母上の口上にお座なりの拍手が起こる。


「皆様とはお初にお目にかかります。セイラ・カンボゾーラでございます。私も皆様方がから無理難題を押し付けられて難儀なされたとお聞きして心を痛めておりますの。領主の娘として何かお助けできることがあればと、こうして朝食のおもてなしでお慰めできないかと思っております」

 私の挨拶にもお座なりの拍手が起こる。


「馬鹿げた投資が朝食一回で片付けられてもなあ」

「止めておけ。今のご領主家は前領主家とは違うのだぞ」

「しかしこのままでは立ち行かん。お前は聖教会の借金がチャラに成ったから良いがうちはそうもゆかんのだ」

「何を言う。すでに教導派の司祭共に法外な利息を取られておるのだ。チャラに成っても払い過ぎ分は帰ってこん」

 あちこちから不満の愚痴が聞こえてくる。


「皆様、領主家から提案がございます。救済のために何か出来ないかと思案いたしました。皆様が今後ほとんど使う当てもない織機を大量に購入させられた事は聞き及んでおります。ただこの件に関して我がカンボゾーラ子爵家が直接介入することは出来ません。それを致しますと他のライオル家の不祥事にまで介入せなばなりませんが、我が家がその責を負うつもりは御座いません」

「それで朝食会か? お嬢様の考える事は…やすい救済だ」

「それならせめて借金の補填を…」


「ですからご提案が有ると申し上げております。我が領で取れる羊毛は限られております。織機を買い上げても宜しいのですが、今のままでは領内で使用できる程度の織機しか買い取れません」

「なら是非我が家の織機を、状態もよく傷みもないですぞ」

「半額で結構ですから我が家の物をお願い致します」


「まあお聞き下さい。織機一台につき毎年織れるだけの羊毛を供給出来る方から順に買い上げてゆきたいと思うのです。毎年決まった量の羊毛を買い上げる事をお約束しますわ」

 私の提案に数人が顔を輝かせたが会場全体には失望の声が上がった。


「皆様、更にご提案です。羊を飼いませんか? 荒れた農地で麦を作るより羊を飼うほうが儲けが上がりますよ。羊毛は領主家が責任を持って買い上げますから損は出ません。領主家も現金が不足していますが、織機の買い取り代金を羊で支払いましょう。そうすれば直ぐに牧羊が始められます。何人か近隣の農家同士でグループを作って持ち回りで牧羊をすれば負担はずっと少なくなります。実はカマンベール子爵領ではこの様な方式で生産を伸ばしているのです。小麦、大豆、大麦、牧羊と順番に作付けを変える事で…。さあ皆さんでカンボゾーラ農業共有組合を設立しませんか」

 一気に四圃式農業を推し進める。この方法はカマンベール子爵領で実装済みだ。

 参加する農家は救済する。躊躇する農家は悪いが淘汰されてくれ。

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