第100話 枢機卿への報告

【1】

「枢機卿様。いえお爺様、これよりはこのカロリーヌ・ポワトーが女伯爵カウンテスとしてポワトー伯爵家を守ってまいります。弟のレオンもシッカリと後見人として導いてまいります」

 カロリーヌがポワトー枢機卿の前に出て堂々とした挨拶を行う。


 枢機卿は鋭い一瞥をカロリーヌに投げると、すぐに微笑みを受けべ好々爺のような声で話しだした。

「それは些か苦労いたしたであろう。そなたの兄たちは不満を申さなかったのか」

「カール兄上はゴネましたが、セイラ様やその一族の方々のお口添えをいただき事なきを得ました。それにこうしてジャンヌ様と友誼を結ばせていただきました事で後見の皆様方にもご支援賜ることも出来ましたのでこうしてご挨拶に赴けたのです」


 私の一族、すなわちゴルゴンゾーラ公爵家の係累の貴族。ジャンヌの後見、すなわちボードレール枢機卿やロックフォール侯爵家の郎党。

 それらの協力を取り付けた事を報告したのだ。

 母方の実家のサン・ピエール侯爵家の賛同は当然である。各三派閥の使いとなる者を引き連れてやってきているのだから、すべてのことは終わっていると枢機卿なら気がつくはずだ。


「そうかそうか。儂のためにセイラ殿やジャンヌ殿に骨を折って頼んでくれて、儂は孝行者の孫を持ったことを嬉しく思うぞ。そなたがすべてやってのけたのなら大したものだ。そなたの孝行に報いるためにはまだまだ死ぬわけにはゆかんのだがな」

 カロリーヌに優しげな視線を向けていた枢機卿が目線を外し、冷たい目で大司祭を見た。


「父上は…枢機卿様は…いつまでもご壮健で…」

「もう良い。なあ聖女殿、この身はあと二年。せめてカロリーヌの卒業まで持たせる事は出来るであろうか」

「それは枢機卿様次第でございましょう。生きようとする意志がお有りなら長らえる事は出来ると思います。私の闇魔法の治癒は死を伴う治療です。回復するまでに苦しい思いも有る事でしょうが、それを乗り切れる気力があるならば死期を二年先に伸ばす事もできるかもしれません」


「そう言われると欲が出てしまうのう。婿を持たせるまで、いやいや跡継ぎの顔を見るまで死にとうないのう。この先五年くらいは聖女殿たちにご厄介になるやもしれんが、来てくれるかな」

「ええ、カロリーヌ様のお頼みならば喜んで」

「その為には枢機卿様も治癒術士の言いつけを守って、ご無理なさらないで下さい」

「ああ、カロリーヌの晴れ姿を最期まで見届けてやろう。マルテル、其の方も娘や息子の晴れ姿を、直径の孫の姿を目に入れるまで滅多なことで楽になれると思うな!」


 枢機卿はカロリーヌに後を託すことを了承したようだ。多分命の続く限りバックアップするとの宣言なのだろう。

 枢機卿の地位の移譲についても後二年でなんとか目処を付けろという暗示かもしれない。

 今のままではポワトー枢機卿が病没すれば息子のポルトー大司祭があとを継いでも直ぐにシェブリ大司祭に其の座を奪われるであろうし、ポワトー大司祭の後釜に座るのはシェブリ伯爵家の息のかかったものになってしまう。

 このままでは八方塞がりなのだ。


「枢機卿様そろそろお体に障ります。随員の司祭様方やお付きの皆様もお引き上げくださいまし。治癒術士の皆様もこれからしばらく集中のいる作業となりますのでお引き払いをお願い致します。サポートはジャンヌ様がいらっしゃるので大丈夫です。控えの間で待機をお願い致します」

 私はそう言って人払いを命じた。


 それに合わせて皆部屋から退去してゆく。

「それで状況の詳細を聞かせてくれるのですな」

「はい、枢機卿様はシルヴィア・ヴァランセと言う名に心当たりはありませんか?」

「シルヴィア…? 騎士爵の娘で昔メイドとして仕えておった娘の事かのう? ならば今はロワールの街で息子と暮らしていると思うがな。下世話な話ではあるが子ができたので金を持たせて屋敷を出させた。十数年前に息子ができてロワールで暮らしていると便りが来たがそれ以後は音沙汰もない」

 この枢機卿は最低限の誠意は見せていたようだ。


「その方は十二年前に亡くなりました、シェブリ大司祭の手の者に殺されて。それを命じたのはマルテル・ド・ポワトー大司祭様。そして逃げ延びたご子息は、今王立学校の三年Aクラスで近衛騎士になっております。その方の暗殺をシェブリ伯爵家に唆されたカール様が企んで失敗して廃嫡となりました」


「愚かな、親子揃って大馬鹿者が! それでそのシルヴィアの息子は…、聞くまい。

 儂を憎んでおるだろうし、そうで無くても何もしてやることはできん。相続争いを避けるため何一つ証になるものは持たさなかった上、この事態では憎むなという方が無理な話だろう。後でカロリーヌには申しておく。その者にポワトー伯爵家として最大限の助力は惜しむなとな」


「良かった…。ケイン様は実の親に疎まれたわけではなかったのですね」

 ジャンヌはそう言って涙を流す。幼くして両親亡くしその顔も知らず育ったので親への思い入れが大きいのだろう。


「しかしシェブリ伯爵家の暗躍は目に余るのう。儂としてもマルテルに枢機卿を継がせるつもりはないが、かと言ってシェブリ大司祭やその一族に好き勝手させるわけにもゆかん」

「カロリーヌ様はレオン様の身の安全も考えて洗礼式までは王都で暮らすことになるそうですが、お母様はこちらに戻って大掃除を行うと仰って折られました」

「ならば、儂も動くこととしよう。表向きは意識も殆どないと発表させ、マルテルには州内の教導派相手に矢面に立ってもらう。その裏で少しずつ信用できぬものを排除してまいろう。ジャンヌ殿、叔父上のボードレール枢機卿とのつなぎをお願い致したい。セイラ殿にもパーセル女史への繋と実力者のシャピへの派遣をお願いしたいのだ」

 シャピの大聖堂は今この時点で清貧派へ舵を大きく切った。


 初日の夜は海産物がふんだんにテーブルを飾った。

 カニは日本のカニとは違いハサミや足の小さなカニだが、ロブスターは食べごたえが有った。

 あとは魚のソテーやムニエルだが、久しぶりの新鮮な魚に舌鼓をうった。


「セイラ様もジャンヌ様もお魚がお好きで何よりです。人によっては食べ慣れないので嫌厭する方も多いのですよ」

 私(俺)的には醤油と山葵があれば今すぐ刺し身で食べたいのだが、それを言って野蛮人扱いされるのも困る。

「そう言えばジャンヌさんが馬車で言っていた料理も試してみたいですよね。明日は厨房を貸していたでけないでしょうか」

「セイラ様が厨房に?」

「貴族の子女らしからぬことではありますが、ファナ様のマネをしてみたいと思って」


「それならば私は平民ですからお気遣いなく厨房に入らせてくださいまし」

「セイラ様やジャンヌ様が行かれるのなら私もご一緒致します。候爵令嬢のファナ様がなさっているのですから私が気にすることもございません。来週までは私も伯爵令嬢ですから」

 そうなのだ。

 カロリーヌは来週からは多分学校内の生徒の中でも一番格が上の現役の上級貴族になるのだ。

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