閑話20 福音派の造反者(1)

 近況ノートにラスカル王国の地図をアップしました。

 人物紹介(1)もあげてます

 ”セイラ12歳”のところにアップしました。

 今更ですが…。

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 ★

 指定された場所はハウザー王都の貴族街。そこに有る小さな聖教会の地下であった。

 聖職者が二~三人ほどの貴族の礼拝堂に毛の生えた程度の聖教会の割に多くの馬車が停まっており、常駐している聖職者も何やら胡散臭げな雰囲気を漂わせた者たちだった。


 テレーズが来院を告げると大柄な聖職者が一人奥から出てきた。

「こりゃあ、修道女様とはおめずらしい。でご用件は?」

 下卑た微笑でテレーズのもとに歩み寄るその男の間にケインが割って入った。


「ビショップ卿に呼ばれてね。急な事で悪いが渡りをつけてくれ」

 聖職者の男は一瞬鼻白んだがケインを見下ろすと右手を出して言った。

「何か証明するものはないのか? なければ信用できんな」

 ケインはその右掌に例の書付と銀貨を二枚乗せた。


「フン、まあ良いだろう。ついてきな」

 男はそう言うと書付だけ返して銀貨は懐に入れて背を向けると歩き出した。

 奥に進むと祭壇の裏に大きく立派な扉がついていた。

 男が何か言うと扉の錠が開く音がする。

 扉の先には薄暗い階段が見えている。


「こっちだ」

 二人は男の後について階段を下りて行った。

 階段の下のドアが開くと急に酒の臭いと喧騒が階段に溢れ出して来た。

 促されて中に入ると身なりの良い男たちテーブルを囲んでいる。

 中は半地下になっており壁の上の明り取りから部屋中に光が入って思ったよりもずっと明るかった。


「チップは銀貨二枚半で一枚だ。四枚がワンセットだ」

 入口のまるで懺悔をする告解室のような場所から声がした。

 振り向くとそこから出てきた手が持っているカルトンの上に、色鮮やかな焼き物らしきコインに似せた円盤が四枚乗せられている。


「いったい、何が…」

 戸惑うテレーズの代わりにケインがカルトンに銀貨を十枚乗せるとその四枚のチップを手に取った。

「テレーズ、俺から離れないでくれ」

 テレーズは慌ててケインの腕にしがみついた。


「あれは…。皆さんリバーシをなされているようですが」

「ああ、どうもここはリバーシの賭場のようだね。それも手数の早く終わる六×六盤のようだ」

「聖教会工房で作っているものをこんなところで…」

「聖教会の刻印は入っているようだけれど教室じゃあ八×八盤しか作っていない。それはハウザー王国でも同じだ。聞いたことがあるがこの六×六番はメリージャの大司祭が利権を握っているそうだ」


「そういえばニワンゴ司祭様もおしゃっていました。メリージャのサンペドロ辺境伯領全体を導いていらっしゃる清貧派のが、貧民の為の聖教会教室を作るため六×六盤の利権を引き換えに大司祭に嘆願したとか」

「修道女様はよくご存じの様じゃないか。ここはその大司祭様が管理されている聖教会だ。司直も簡単には手が出せねえ。客も皆お貴族様さぁね」

 そういえばリバーシ盤も駒も黒檀や象牙を使った高級品のようだ。


「なんという事を…。清貧たるべき聖教会が賭場などとは」

「欲なんてもんは貴賤や聖俗に関係ねえんだ。金のある奴ほど金を欲するもんだ。侯爵様が来るまでしばらくかかる。遊んで行かねえか? 修道女様のその体でなら十倍チップを二十枚進呈しても良いんだぜ」

 この男の言葉をすぐに理解できずアタフタするテレーズを左手で抱きしめるとケインの右手は男の襟首にかかり、その体を床から持ち上げていた。


「ゲホッ、ゲホッ。じょ、冗談だ。冗談だから放してくれ」

「ふざけた事を抜かすとその前歯が全部使い物にならなくなるぜ。冗談でも何でもない俺は本気だからな」

 テレーズはケインに抱きしめられて真っ赤になっている。


「個室があるんだろう。高位貴族も来るんだろ。そこで待たせてもらう」

「ああ、こっちだ。ワインと食い物は店のおごりだ中で待てってくれ」


 ★★

 個室は大部屋よりもずっと豪華な作りで、ゲームテーブル横には紫檀の側机が添えられてワインのデキャンタ―とクリスタルのグラスが置かれている。

「いったいどういう事なのでしょうか。私は良く解らないのですが」


 ケインは椅子を持って来ると二つ並べてテーブルの横に置いた。

「座りなよ、これはいいワインだぞ。さすがハウザー南部は葡萄の名産地が多いだけあって良いワインが出来る」

「ケイン様! それよりこんな…聖教会で賭博など」

「今からそんなに入れ込んでいては身が持たないよ。それにこれは全て福音派の背徳者どものやっているだ。俺たちが関わる事でもましてや正す筋合いも無い。目的を見失うな。今は子供たちを無事に帰国させる事だけに注力してくれ…だから、今は肩の力を抜きなよ」


「これからヘブンヒル…、そうね。それ迄は少し落ち着いて現状を理解しておきましょうか。私ってすぐに目的の為に周りを見失う事があるから。冷静で達観出来れば良いのですが」

「別に俺も達観視出来ている訳じゃないさ。俺は自分が無力だと痛感してるだけさ。それでだ、こういった場所はラスカル王国にもあるんだ。ただそこはこんな賭場じゃなくゴルゴンゾーラ公爵家が管理しているがな」


「あっ、リバーシ社交クラブですね。今は株式投資社交クラブになっているそうですが。でもあそこは貴族や商人同士の商談の…。ここの個室もそういう事なのですか」

「多分だけれどもね」

「でも聖教会で賭け事などと…」

「金を持っている奴ほど欲の深いものさ。結局株式投資も賭け事と変わらない。表立ってやるか陰に隠れてコソコソとやるかの違いだよ。やっている事の根元は一緒さ」

「…罪深い事ですがこれが人の営みなのでしょうね」


「それに動く金は大きいようだが、こいつはいかさまが効かないゲームだから。ルールも簡単だし貴族には人気があるんだよ。誰が思いついたのか良く考えた物だ」

「しかしお客の中には聖職者らしき人も多く見受けられましたよ。…と言うか人属は殆んどが聖職者だったのでは無いでしょうか」


「メリージャの大司祭は人族だったのではなかったかな」

「ええ、獣人属で司祭になったのはニワンゴ様が初めてですから。ハウザー王国には人属の司祭しか居ませんよ」

「なら全部司祭以上の聖職者だろうね。メリージャの大司祭は福音派の子爵家とは仲が悪いと聞いているから主流派から外れた司祭達だろうね」


「仲が悪いというよりも悪名が高い新参者の子爵家の令嬢が蟄居の代わりに聖職者に任じられたと伺っています。ニワンゴ様のお話だと何人もの農奴を殺したその罪がメリージャの大司祭だったと憤っておられました。なんでもニワンゴ様の尊敬される司祭様がその大司祭に勝手をさせない為に骨を折っておられるとか」


「それならば地元のメリージャで手足を封じられているからこの王都でこんな事をしているのかもしれないね。俺もシャルロットやミアベッラから聞いているがバトリー大司祭と言うらしい。特にミアベッラは嫌っていたね。鳥獣人には殊更過酷な人でドミンゴ司祭と言う筆頭司祭が盾になってくれなければ聖教会教室も作れなかったと言っていたよ」

「…そう言えば聞いた事が有りますよ。ハウザー王国の南部にバトリー公国と言う小国が有って自国の農奴を殺し尽くしたとか。それでハウザー王国の農奴を攫って殺したために攻め滅ぼされたと」


「その縁者がバトリー大司祭かな。ハウザー王国の貴族名鑑の末席にバトリー子爵家と言うのが有ったがその係累だろうか。第三王子派に取り入って福音派子爵家と取って代わるつもりかもしれないね」

「ああ、ルクレッアは第三王子派の反主流派一派に目を付けられているという事ね。そんな子爵家が噛んでいるならばルイージもカンナもヘブンヒル侯爵家の手に落ちれば殺されてしまうわ」

「ここは腹を据えて、相手をどう欺いて逃げ切るかだな。今日は出方を探って確約はせず期待感だけ持たせて時間を稼ぐことを考えようか」

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