第66話 女子寮の武勇伝
【1】
ウィキンズの動向は意外なところから知れた。
フランが夕食の時間に食堂に駆け込んできたのだ。
「みんな聞いて! 大事件よ。クロエ・カマンベール様誘拐未遂事件の続報よ!」
食欲はわかなかったが下級貴族寮の生徒たちの状況を把握するために食堂に降りていた私のテーブル目がけてフランが突っ込んできたのだ。
同じテーブルに居たロレインやマリオンが驚いてフランを見る。
近くのテーブルに居たレーネ・サレール子爵令嬢たちアヴァロン州の貴族やクロエの友人のカミユ・カンタル子爵令嬢たちも私達のテーブルに集まって来た。
「騎士団寮の副寮長ウィキンズ・ヴァクーラ近衛騎士が恋人のクロエ様の仇を成敗したって騎士団寮は大盛り上がりよ!」
「成敗したってどういう事?」
「フラン・ド・モンブリゾン! もったいぶらずに早く話しなさいよ!」
「みんな! 落ち着いてフランの話を聞こうよ」
周りに集まって来た南部や西部の貴族たちが騒ぎ出す。
フランは咳ばらいをすると得意満面の笑みを浮かべて語り出した。
「なんとヴァクーラ副寮長はクロエ様を守るため特別任務を受けてマルカム・ライオルの捜索に当たっていたのよ。そしてその捜査線上に浮かんだのは近衛騎士の制服を王立学校のマントで隠しカーニヴァルマスクを付けて暗躍する怪しい男」
給仕に付いていたアドルフィーネが驚いたように目を見開いて私の方を振り返る。
「探索の結果浮かび上がったのはアジトらしき場所二か所。バディのケインと分担して捜査に向かうも、武器を持たないケインに愛用の武器ファルシオンを託したのだ!」
「でもそれではヴァクーラ様は?」
「武器も持たず敵地に乗り込むなど無謀では?」
「そう思うのはヴァクーラ様を知らない素人考え! ヴァクーラ様は近衛騎士団随一の徒手格闘の名手! それこそ徒手格闘ならば上級近衛騎士にも負ける事は無いのですよ」
「そうなのですか」
「それでも相手が刀を持っていれば危険ですわ」
「そこがヴァクーラ様の心根のお優しいところ。脱走兵のマルカム・ライオルですら捕縛して悔い改めさせようと言うお心でアジトに向かわれたのよ。ところがその心も解らないマルカムライオルはクロエ様の誘拐計画を実行に移していたの」
「ええ、でもセイラカフェのメイド達に撃退されたわ」
「セイラ・カンボゾーラ様のメイドは幼いながらも命を懸けてクロエ様を守ったわ」
「セイラカフェのメイド教育は一流ね」
「わたくしのメイドも犯人捕縛に協力したのですよ」
令嬢達の賛辞に彼女たちのメイドが誇らしそうに頷いている。
いち早く事件を聞きつけてナデタと共に犯人の捕縛に協力したフランのメイドのエダも鼻高々でフランの後ろで胸を張っている。
「そうよ。ヴァクーラ様はセイラカフェのメイドを信じてマルカムの説得を試みたのです! だがしかし! ロングソードを抜いて斬りかかるマルカム・ライオル! ロングソードに素手で戦うもクロエ様に対する悪口雑言ににも耐えかねたヴァクーラ様の怒りがついに爆発! 更にはメイドのウルヴァを傷付けた事に耐えかねて脱走兵の凶悪犯マルカム・ライオルを成敗したのよ!」
「まあ、近衛騎士の鏡だわ」
「新し英雄騎士の誕生を私たち身近で見たのね」
「私達の誇りだわ」
一体どこで情報を仕入れたのかまるで見て来た様な事をふれ回っている。
誇張した逸話に更に尾ひれがついて広まって行くんだろうがリチャード殿下の活躍はどこかに吹っ飛んでしまっている。
フランの話で食堂は興奮状態になっている。
色々と脚色が多いがウィキンズはどうなったのだろう。ケイン・シェーブルの話も聞きたいしアドルフィーネも何か知っている様だ。
【2】
「フラン、後で私の部屋に来て。そうね食後のコヒーを頂きましょうよ」
「ずるいぞセイラ。私も混ぜておくれよ。詳しい事が聞きたい」
「うんうん。そうですわ。私もお聞きしたいですよ」
マリオンとロレインが私の話に食いついてくる。
「私達も当事者ですわ。大切なクロエを害されたのですから」
カミユたちも話を聞きたいようだ。
「仕方がないわ。お茶会室に移りましょう。デマと事実を振り分けて真相をハッキリさせたいわ」
「セイラさん。クロエのメイド達も参加させた方が良いのではないかしら。それからマリオンさんロレインさん、一切他言無用ですよ。参加なさるのならそれなりの覚悟を持って参加なさって下さい。核心部分が漏れると疑われるのはあなた方ですからね。フランさんもその覚悟でお願い致しますわ」
カミユ・カンタル子爵令嬢の冷静な一言で三人の浮かれた気分も吹っ飛んだようだ。
表情を引き締めて三人が頷く。
お茶会室に入ると給仕としてナデタとチェルシーに来てもらった。クロエにはヨアンナが貸してくれたメイドがついている。
クロエにはウィキンズの話が伝わらない様にメイドにシッカリと頼んでおいた。
「ねえフランさっきの話の出どころは解るかしら?」
「うーん、どうも近衛騎士団のイヴァン・ストロガノフ様が吹聴して歩いていたみたい。それで騎士団寮の近衛学生がリチャード殿下の応援に向かって殿下を囲んで大盛り上がりで帰って来たわ」
「それでウィキンズ様とケイン様はどうなったのでしょう」
「ウィキンズ様はやっぱり近衛騎士団で形だけでも尋問が有るからって連れていかれたそうです。ケイン様は未だ寮に帰っていらしゃいませんでした」
カミユの問いに緊張しながらフランが答える。
「私、昼に二人に合いました。その時街で聴き込んだ仮面の男の話をしたんです。ただ二人ともあれはマルカムでは無いと。どう考えても行動が不自然なので目眩ましか罠だろうと考えていたようです」
アドルフィーネがコーヒーを注ぎながら話し出した。
「でもそれならなぜ?」
「多分それしか手掛かりが無かったんだわ。だからあえて罠に飛び込んだんでしょう。でもケインはどこに行ったのかしら」
「フランが聞いて来たとおり二手に分かれたんだろうね。それとも仮面の男が二人いたか」
そう言うマリオンの意見は確信を突いていると思う。
「失敗したけれど派手に動いたのはリチャード殿下ですよね。でも絵を描いたのは別の人間だと思うのですわ」
シーラ・エダム男爵家令嬢はその別人が誰なのか確信があるようだけれども。
「一体誰なのですかその絵を描いたと言うのは?」
フランが目を輝かせて身を乗り出す。
「あなたたちどうします? 腹を括るならともかく半端な気持ちでいるならここから出て行く方が良いわよ」
カミユがマリオンとロレインを微笑みながら見つめる。
「そこまで言われれば腹を括るしかないよ」
マリオンの言葉にロレインがため息をついて切り返す。
「アントワネット様でしょう。色々と思い当たる事が有ります。動機も目的も見当がつきます」
その言葉を聞いてフランの顔が青くなる。
「私聞いちゃったよ。ああヤバイよ…。まっ良いか。あの人とはあまり関わりないし。あの女感じ悪いしね。犯人も死んで事件も片付いたしね」
わりとフランらしくあっさりと流してしまった。
そこに丁度リオニーが駆け込んで来た。
お茶会室に私達が居るのを聞きつけて急いで駆けつけてきたのだ。
ウィキンズについてはグリンダがすぐに使いを走らせて明日の朝までには釈放されて授業に間に合うように帰れると近衛騎士団に手配したそうなのだが、その後にゴルゴンゾーラ公爵家の聖教会から緊急の使いが来たのだ。
ウィキンズの相棒のケインが大変な事になったのだ。
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