第161話 対策
【1】
「パーセル大司祭様はシェブリ大司祭が何を指して異端告発を考えているのか分りませんが、大した根拠がある訳ではないと考えておられます。儂がパーセル大司祭様から承った話の限りでは、本当の目的は聖女ジャンヌ様の足止め。この地の疫病禍が…多分ライオル伯爵領も含めて終息する迄の足止めでしょう」
クオーネ大聖堂の見解を問うたルーク様に対して聖堂騎士の団長はそう答えた。
私も教導派の目論見は足止めだと思うが、その理由が解らない。
ライオル伯爵家の私怨と言っても良いこの事態をシェブリ伯爵家と教導派が何故こうまで後押しするのか釈然としない。
「対抗策としてパーセル大司祭様は公開審問を要求されるおつもりです。教導派だけの密室の審問でうやむやに時間だけ引き延ばされる事を由と成されてはおりません。昨夜のうちに北西部諸州の司祭長様たちに召集をかけておられます。公開審問の場に清貧派の司祭様や司祭長様たちにお味方していただくのです。パーセル大司祭様も今日にはクオーネを立ってリール州のモルビエ子爵領に入られるでしょう。明後日にはロワール大聖堂に入る御積もりです」
今頃ジャンヌを乗せた馬車はライオル伯爵領を走っている頃だろう。二頭立ての馬車で周囲を二重に騎馬で囲まれた状態では本街道しか走れず、速度も上げられない。
パーセル女史はジャンヌ到着より一歩でも早くロワールの大聖堂に入って審問自体を潰すか公開審問に持ち込むつもりなのだろう。
審問開始までの期間、ジャンヌを保護する事も目的かもしれない。
そしてその間に清貧派の聖教会から高位聖職者を集めて審問自体に圧力を掛ける心算だろう。
「この審問で想定される議事の中でパーセル大司祭が気にしておられる事が有ります。それがセイラ様、貴女の事なのです」
急に名指しされた私は驚いて騎士の顔を見上げた。
「何故! 何故セイラが関わって来るのです」
私より先にお母様が声を上げた。
「落ち着いてお母様。先ずお話を聞きましょう。何点か心当たりは有りますが全て反論可能な事柄です」
「儂もセイラ様の言う通りだと思います。ただパーセル大司祭様が危惧されているのはそれを明確に反論する事が出来る者が近くに居ない事なのです。アナ聖導女に吹き込まれた噂もさることながら、他にも北部から移って来た清貧派の間にセイラ様の悪意に満ちた嘘が流れているそうです。昨年の終わりころにも王立学校に通う修道女がシェブリ伯爵家の令嬢に唆されて事件を起こしています。教導派の本当の狙いはセイラ様とライトスミス商会ではないかと考えておられるのです」
そうか、私が目的なら合点がゆく。
聖女ジャンヌの最大の後ろ盾はライトスミス商会とボードレール伯爵家だ。
血族であるボードレール伯爵家を切る事は難しいので、私がターゲットになっているのだろう。
昨年のお茶会の事件についてはナデテから報告を受け取っている。かなり前から仕込まれていた様だ。
今回の異端審問も私がターゲットなら教導派が告発するネタは見当がつく。
先ず間違いなくハウザー王国関係だろう。
ハウザー王国との貿易、そして聖教会教室絡みで福音派のバトリー大司祭ともパイプが有る。
ダリア・バトリー自らが教導派と繋がっている上に、リバーシ盤で辛酸を舐めているから私の追い落としなら捏造でも偽証でもするだろう。
獣人属を聖教会に招き入れたのも、清貧派の聖職者として獣人属を推挙したのも私だ。
教導派の教義では異端と決めつけられてもおかしくないだろうが、この程度の告発ならいくらでも反論できる。
ただしそれは審問の場に私が居ればこそだ。密室で欠席裁判を行われれば平民の商会など潰す事は容易いだろう。
パーセル大司祭の危惧も頷ける。
「それでアナ聖導女様とフィディス修道女を私のもとに派遣したのですね。パーセル大司祭の意図は理解致しました」
要するにフィディスちゃんとアナさんを連れてロワール大聖堂に赴き証言しろと言う事だ。
「意図とおっしゃると? それはどういう事なのでしょうか?」
アナ聖導女は驚いた表情を浮かべて私を見た。
「アナ聖導女様。貴女は私と一緒にロワール大聖堂に向かい、証言に立って貰います。貴女に対してシェブリ大司祭の手の者が行った事を包み隠さず話して貰います」
「ちょっと待て、なぜそんな話になる。なぜセイラさんが行く事になる?」
ルシオさんが当惑げに声を上げる。
「ルシオ、それは察しろ。この先もカマンベール男爵領で俺の補佐をする立場なのだからな」
ルーク様が苦言を呈し、ルシオさんの奥様のケリーさんが彼の袖を引いて小声で状況の説明を始めた。
「それでもセイラさんをロワールに遣るのは危険だわ。拘束されれば立場上逃げることが出来ないのだから」
「聖堂騎士の皆さんは同道していただけるのでしょうな。ゴルゴンゾーラ卿には事後報告になるが州兵にもお願いして同道してもらうようにしよう。こんなときルカが居れば助かるのだが」
ルーク様が聖堂騎士たちに確約を取る。
「待ってちょうだい。セイラもルークも何を言っているの。セイラは行かせませんよ。わたくしが代わりを務めます。わたくしは母ですよ。セイラが答えられる事なら全てわたくしも答えられます。わたくしは代訴人の資格持ちですよ」
お母様が立ち上がって私達に反論する。
「お母様、それでも私が行かなければ成りませんわ。異端審問ですもの、審問官は代訴人では納得しませんわ。きっと呼び出し状を発行して私が着くまで審議を引き延ばすのだと思います。やつ等は私がこんなに近くにいると思っていませんから、有利に進めるには直ぐにでも私が向かうべきなんです」
「それならば二人で参りましょう。それならば文句は無いでしょう」
「文句ならあります。私だけでなくお母様まで居なくなればオスカルはどうなるのですか。それを考えればお母様は残るべきです」
又私たち親子の口論が始まった。
「レイラお
ルーシーさんが割って入って名乗りを上げてきた。
暫くは皆で口論が続いたが、結局お母様はルーシーさんとルーカス様夫妻に押し切られしまった。
出立する人員は聖教会からは聖堂騎士三人とアナ聖導女。フィディスちゃんはここに残す。パーセル大司祭は獣人属の聖職者をアピールしたいのだろうが危険な真似はさせられない。
カマンベール男爵家からは私とルーシーさん。そしてライトスミス商会からパブロを連れて行く事にした。
ルーク様はこれから州兵の詰め所に赴いて二~三人の州兵を護衛に付けてくれる。
出発は明日の早朝にした。
準備や荷造りも必要だし、審判に対する資料や情報もまとめておいたほうが良い。
それに私もルーシーさん疾病対策や男爵の看病で過労気味だ。フィディスちゃんも疲れているだろうし何よりアナ聖導女が持たないだろう。
明日の朝までしっかり休息を取って、その代わりに全員騎馬で向かう。
メリル様が逸るアナ聖導女をなだめて床に着かせた。
やはり疲れた体を気力で持たせていたのだろう、直ぐに眠ってしまったそうだ。
男爵様の看病にはケリーさんが入って、私とお母様は部屋に戻った。
オスカルは部屋で朝食を食べた後はルシオ家のケレスちゃんとルーカス君に連れられて早々に聖教会に遊びに行ってしまった。
「お母様、相談したいことがあるのです」
そこでお母様に今朝から考えていた事を切り出した。
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