第128話 アリゴ攻防戦
【1】
襲撃予定の日が暮れて、夜が明けた。
そろそろ結果がもたらされて来ても良い頃なのだが、まだ伝令は来ていない。
襲撃の失敗は視野に入れていたが、報告が入らないというのはアントワネットにとっても想定外であった。
今入って来ている報告ではポワチエ州都の州境の警備場にやっと州兵が集まりだした程度だという。
成功したか失敗したかは兎も角、襲撃部隊は追われて逃げきれていないのだろう。
それでも騎馬兵が散り散りに逃れれば何人かは州境を越えられるだろうに、その様子が見れない。
まさか全滅はまずありえないと思うのだが、裏切り者がいて待ち伏せされていたという事な可能性が低くても無いとは言えない。
それよりも気になる報告が南のヨンヌ州との州境に州兵が展開しだしているという事だ。
エポワス伯爵たちヨンヌ州の領主は紛争の飛び火を恐れているのだろうが、初動が早すぎる気がする。
何より襲撃部隊がどうなったか分からないことにいら立ちが走る。
状況がわかればすぐにでも動けるように、ポワチエ州との州境にはダッレーヴォ州やアルハズ州、そしてリール州のロワール大聖堂からも教導騎士団を集めて展開している。
もちろんポワトー枢機卿死去で生じた混乱に乗じて、一気に州境を越えてシャピを陸から蹂躙する予定だった。
しかしこの状況で州境に州兵が集まっているという事は襲撃は失敗している可能性が強い。
陸上からの侵攻を予測してシャピ周辺には州都騎士団が展開しているだろうし、シャピの船乗りたちも陸戦の準備を始めているに違いない。
大砲や銃の装備は商船団や駐屯する海軍が強力な物を持っている。
重装騎兵では歯が立たないだろう。
ポワチエ州の報復に対して州境兵力を展開して備えを出すとともに、ルーション砦を早急に落としてしまいたい。
アントワネットは直ぐにルーション砦の前に集まる反獣人属を掲げる民兵たちに切通しへの攻撃を命じ、アリゴ聖堂の教導騎士団を応援に向かわせた。
予定ではルーション砦を封鎖する為にアジアーゴから船団が出航してアリゴに迫っている頃だ。
一刻も早くルーション砦に到着して貰わなければシャピの商船団が到着してしまう。時間のアドバンテージが無に帰してしまうのだ。
デ・コース伯爵は愚かにも海上貿易の重要性に気づいていなかった。何より交易の重要性を今でも理解していないのだ。
リューションの良港をオーブラック商会に丸投げして、商会が去ってからは整備もせず荒れるの任せていた。
何より港を含む周辺の土地がすべてオーブラック商会の私有地で二束三文の地価で高額の税金を取って管理させていていたのだから。
オリゴのすぐ近くの良港になるはずが、海軍に取られてしまうという失態を犯しているのだ。
そして商人と獣人属を排除した結果がこのざまだ。海軍を完全に敵に回したのだ。
どうにかルーション砦をおたす事が出来れば、上級海軍士官と下士官以下の間に楔を打ち込んで上級士官を教導派貴族に置き換えてしまう事も可能になる。
獣人族など水兵以下の扱いで十分なのだ。
そんな事を思いつつ次に打つ手を考えていたアントワネットの下にアリゴ沖に『ラスカル西部航路組合』の旗をはためかせた大型武装商船の一団が停泊しているとの連絡が来た。
そして正午の鐘が鳴る前に、ルーション砦からは海軍の陸戦隊と共に大量のポワチエ州州都騎士団が打って出て民兵は切通しの前の柵の内側まで押し返されたとの報告が入った。
【2】
どう考えても初動が早すぎる。
襲撃は失敗したのだろうことは確実だが、行動に迷いが無さすぎる。
州境からの侵犯を考慮していないシャピの対応が不可解で仕方がないのだ。
本来なら二次、三次の襲撃を懸念してカロライナの防衛にも兵力を割くだろうに、州境にお座なりのように装備も貧弱で経験も少ない、農民上がりの州兵を展開させているだけなら、こちらは一気に州境からポワチエ州に攻め込むという手も考えられる。
ただそれをやるとただで済まない罠があるように思えてならないのだ。
深読み過ぎる可能性はあるが、罠ならば最悪虎の子の教導騎士団の精鋭を失う事になりかねない。
マンステールとアリゴの教導騎士団はともかくアジアーゴとロワールの大聖堂騎士団の精鋭を呼んであるのだから負ける事はなくとも、無傷でシャピまでいやカロライナですら攻略する事は難しいだろう。
ポワチエ州の商船団の戦力は大きい。領内は蹂躙できてもシャピとカロライナを攻め落とすのは困難極まりない。
たぶんそれを見越してルーション砦に主力を振り向けてきたのだろう。
多分一気にアリゴの街を落とすつもりなのだ。
州境の兵力を呼び戻す前にアリゴは落ちてしまうかもしれない。
さすがのアントワネットも情報が少なすぎて判断がつきかねるのだ。性格的に一か八かの博打を打つような事は出来ない。
そして昼にはルーション砦を襲撃していた民兵がアリゴに逃げてきた。それも柵の内側の町の物資を全て根こそぎにしてだ。
そしてその頃にカロライナから逃げ延びてきた傭兵が思わぬ情報を持って来たのだ。
ポワトー枢機卿の命と引き換えにセイラ・カンボゾーラが人質に名乗りを上げたというのだ。
これは僥倖だ。
死にかけのポワトー枢機卿などの命より、光属性の陰の首魁を手中に収められたのだ。
カロリーヌ・ポワトーはそれで怒り狂っているのだろう。
セイラ・カンボゾーラを取り戻すために躍起になっているに違いないのだ。
しかし刺客たちはアリゴでは無く多分アジアーゴを目指しているのだろう。
ならアリゴなどどうなっても構わない。
このまま予定通りポワチエ州と消耗戦を重ねていればいいのだ。
すぐにでもアジアーゴに帰らなければ。
そしてアントワネットは血の気が引いて行くのがわかった。
海上は封鎖されている。アジアーゴからの船舶はアリゴに近寄れないだろう。
南方のヨンヌ州との州境はすでにポワチエ州からの要請が出て封鎖が始まっているに違いない。
エポワス伯爵は王家の忠臣を名乗って憚らないが、次の王としてはリチャード殿下を見限ってジョン殿下についている。
よしんばリチャード殿下についたとしてもエヴェレット王女との婚約に異を唱える教皇庁とは相容れないだろう。
そうなればアジアーゴに帰りつくにはアルハズ州を横断せねばならない。
オーブラック州とアルハズ州の州境では武装反乱農民と各領主家の私兵や教導騎士団との小競り合いが繰り返されている。
マンスール伯爵家はマンステール聖堂の教導騎士を根こそぎオーブラック州に引き連れて行ったアントワネットに対して不信感しか持っていまい。
アルハズ州の他の領主たちも、この現状を招いたアントワネットを容認しないだろう。
何よりアントワネット派と言われる反乱農民は裏切ったアントワネットに憎しみを向けている。それに対する領主派の農民もアントワネット派農民らの略奪に憎悪しか持っていない。
当然アントワネットの身分がバレれば襲撃を受け殺される事は火を見るより明らかだ。
今はアリゴに籠城するしか方法が無いのだ。ポワチエ州との州境から教導騎士団を呼び戻し挟撃するまでアリゴで持ちこたえねばならない。
アントワネット・シェブリ伯爵令嬢は当分の間このアリゴの街から一歩も動けない事に気づいてしまったのだ。
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