第129話 夏至祭の始まり

【1】

 王立学校では夏至祭を迎えて生徒たちは浮足立っていた。

 王位継承権一位の第二王子婚姻のお披露目が行われるだけでも一大イベントなのに、第一王子の婚約発表まで行われるのだ。

 それも相手は三年のハウザー王国からの留学生であるエヴェレット王女である。


 最終日の舞台の上にはこの国の王位継承権第一位と第二位の王子が、そして同じ舞台にハウザー王国の第二位と第四位の王子と王女が上がるのだ。

 浮足立つ生徒とは別に準備を進める役員たちはピリピリしている。


 そして全てを指導する三年生の主要幹部生徒たちは別の意味でピリピリしていた。

 当然ヨアンナを加えて舞台に上がる四人と、お披露目のパーティーの席を管理するファナ・ロックフォール侯爵令嬢とロックフォール一族、恒例のファッションショーを仕切るエマ・シュナイダーと祝福を行う聖女ジャンヌ・スティルトンだ。

 そして準備を手伝うイアン・フラミンゴ伯爵令息たちも何やらピリピリしている。


 エド・シュナイダーはいつもの事だが、今年はカロリーヌ・ポワトー女伯爵カウンテスも御用商人のオズマ・ランドック領地から戻っていない。


 教導派も一枚板ではない。

 マルコ・モン・ドール侯爵令息は実家がリチャード王子の婚約を推進している為協力的だ。

 エヴェレット王女殿下の取り巻き筆頭を公言してはばからないメアリー・エポワス伯爵令嬢は、相手のリチャード王子に対して不満が有る様だがエヴェレット王女の王室入りに関しては非常に好意的である事は間違いがない。


 何より反対派である教導派で教皇派の先頭に立つはずのジョバンニ・ペスカトーレ大司祭もユリシア・マンスール伯爵令嬢も不在で、クラウディア・ショーム伯爵令嬢一人では覇気に欠けるようだ。


【2】

 二日前に王宮からセイラ・カンボゾーラ子爵令嬢がリチャード王子とエヴェレット王女の婚約の承認を得る為にアジアーゴに向かったと表明が成された。

 表向きは礼を尽くして教皇庁よりエヴェレット王女のラスカル王国への輿入れの了承を貰いに行ったという事だが、王宮や貴族間では現教皇の病の治癒施術と引き換えに婚約の承認を迫るためだと実しやかに囁かれている。


 当然この話は王都大聖堂や王宮聖堂の頭ごしに勧められたことで、ペスカトーレ枢機卿まるで知らぬ事であった。

「王宮や王立学校にも顔が効くシェブリ大司祭であってもこの話は初耳なのだな? 孫のアントワネットからも何も聞いておらぬのか? しかしセイラ・カンボゾーラが直接赴くとは誤算であったな。あの小娘の事だから国よりも教皇猊下の死を望むと思っておったのだがな」


「はあ、やはりジョアンナに対する枢機卿職の追贈は効果があったのでは…」

「そうかも知れんが、ハウザー王国の王女の件は余計な交換条件を与えてしまったからな。痛み分けとは言うものの、どこから教皇猊下の病の情報を得たのか…」


「王都や王宮の教導派の下級治癒術士ではないでしょうか? 教皇庁より光の神子事件についての問い合わせが度々ございましたし、或いは王太后殿下の離宮かと存じますが」


「まあ仕方あるまい。取り敢えずは条件を飲んで、婚礼前にでもひっくり返せば良い。婚約だけなら大した瑕疵でもあるまいからな」

「しかしアジアーゴに入ってしまえば相手は小娘一人。捕縛して脅しをかければ済む事では御座いませんか」


「だから其方は短慮だというのだ。王宮が正式に発表した事だぞ。セイラ・カンボゾーラに何か不測の事態が起これば教皇庁は非難の嵐に晒される。相手が不遜な小娘でも光の聖属性持ちである事は事実なのだからな。アジアーゴからの連絡を待つしかあるまい。返す返すも其方の息子連絡がつかぬ事が悔やまれる」


 ペスカトーレ枢機卿のこの判断によって教導派は初動に遅れが生じる事になってしまうのだった。


【3】

「殿下、水臭そう御座いますな。そこまで我らに信が足りませんでしたか?」

 イアンの言葉にジョン王子は苦い顔をした。

「そんな事が有り得んということくらい判っておるであろう。事情が有るのだ」


「別に事情なんか聞く必要はないですよ。清貧派の女子があそこ迄ピリピリしていればセイラ・カンボゾーラのアジアーゴ行きが本位で無かったことくらい察しは付きます。宮廷魔導士団は教皇派閥が多いが王家に仕えていると考えている者は多いのですから」


「そっそうなのか!? セイラ・カンボゾーラは教皇に一発ブチかましに行ったんじゃなかったのか?」

「イヴァン! いくらあの女でも教導騎士の巣に乗り込んでそんな事が出来る訳が無かろう。これだから近衛騎士は脳筋だと言われるんだ」

「ヨハン、分かってないのは宮廷魔導士団の方だぞ。お前ら束になってもセイラ・カンボゾーラには勝てんと思うぞ」

「俺たちは荒事が仕事じゃない! 知的労働だ! 近衛とは違うのだよ! 近衛とは」


「ふふふ、いやイヴァンの言う通りあのセイラ・カンボゾーラならアジアーゴの教導騎士団相手でも臆する事は無いだろう」

「そうですよ殿下。宰相である私の父上でも太刀打ちできぬと愚痴っているような女がやすやすと教皇猊下の思い通りにはならんでしょう」


「ならば皆に頼みたい。込み入った事情は言えぬが、今北海沿岸諸州は封鎖されている。セイラ・カンボゾーラを無事に連れ帰らせるためにはこの夏至祭は失敗させられぬのだ。兄上とエヴェレット王女の婚約は何が有っても覆させる訳には行かぬ。協力してくれ」


「相手がセイラ・カンボゾーラである事は忌々しいがこれで貸しを作れるなら」

「何よりもあの女になにかあればジャンヌが泣く事になるからな。そんな事はさせられん」

 「いや。心配するほどの事まないだろう。セイラ・カンボゾーラなら気に入らなければ勝手に帰って来るだろう」


「そうだな…、そうに違いない。あいつを連れ去って泣きを見るのは教皇に決まっているではないか」


【4】

 王立学校礼拝堂の談話室で話すジョン王子たちの話に聞き耳を立てていたファナとエマに苦言を発したジャンヌも、結局一緒にドアに耳をあてている。

 ヨアンナとエヴェレット王女は呆れ顔でそれを見ていたが、その内にジャンヌが泣き出してしまった。


「あの襲撃だって僕の発言が引き金になったと思っている。セイラ殿が僕たちの為にその身を差し出したのも承知している。だから何かあればこの身に変えても助けて見せるから泣かないでくれたまえ」

「大丈夫ですよ王女殿下。『父さん』の事だもの。アジアーゴの全員を殴り倒して勝手に帰って来るに決まってる…」


「男共は困ったものなのだわ。一々口に出して言わなければわからないのだから」

 ファナは呆れ口調でそう言うが、ジャンヌにとってはセイラを信じて動いてくれるものが多い事が何よりも救いに感じる。

「レーネもロレインもマリオンも何も言わないけれど察しているかしら。なによりあのフランが大人しいのは気付いて黙っているということかしら」


「だからジャンヌちゃん、皆今やるべき事を全力でやるの! 失敗さえしなければ教皇庁なんかに付け入らせるもんですか」

 エマがいつになく毅然と言い放った。

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