第77話 探り合い

【1】

 私が店に入ってから二階の階段を上がるまでの間に片付けたのだろう。二階の応接がカフェスペースの個室の様なテーブルや椅子に入れ替えられていた。

 さすがはセイラカフェメイドだ。


 メインテーブルにはクッキーが盛られている。お茶や食事の準備までの口休めだ。

 私たちが席についてほとんど間を置かずに挽いたコーヒー豆とドリッパーやポットが一式運ばれてきた。

 続いて私の一口オープンサンドとアーチボルト・オーヴェルニュのカツサンドも新しく作り直された物が運ばれて来る。


「まあまあですね」

「アドルフィーネ、あなた少しは褒めてあげたら」

「セイラカフェメイドの技量ならばこれくらい出来て当然です。全て卒無くこなしてこそのセイラカフェメイドですから」

 そう言うとコーヒーの準備にかかるアドルフィーネを尻目に、メイド達は一礼して部屋を出て行った。


「あらためて初めまして、セイラ・カンボゾーラ子爵令嬢様。いえ、アヴァロン商会代表様と申し上げた方が宜しいでしょうか?」

「また御冗談を。私のような小娘に何が出来ると仰いますの。当然代表は義父上のフィリップ・カンボゾーラ子爵ですわ」


「おや、そうなのですか? それでもオークションの白磁はセイラ様が仲介なされたと聞き及んでおります。それに最高値を付けた絹の段通もセイラ様が持ち込まれた品だとか」

「それは偶々私が王都にいたからですわ。動いたのもアバロン商事の商会員ですし」

「セイラ様の意を汲んだあの若い商会員に、お気に入りを取られてしまいましたな。いやいやあのボール茶椀は今でも惜しいと思っておりますよ」


「そうなのですか? あの中では本当に地味な商品でしたのに」

「いえいえ、私もああいったが好みでしてね」

 そう言って同意を求めてくる。おやおや、早速ぶち込んできた。


「枯れた? 何の事で御座いましょう」

「ああ、そうですな。セイラ様はあの場にいらっしゃらなかったのでご存じないか。ヨアンナ様がセイラ様は枯れた物がご趣味と仰っておられたので。私はさすがは目利きだと思ったのですが」

 たぶんアーチボルト・オーヴェルニュは私があのオークションハウスの何処かに居たと勘ぐっているのだろう。

 まあさすがに壁の向こうの隠し部屋までは気付いていないと思うが。


「そう言えば、オーヴェルニュ商会はそもそも何を扱っていらっしゃるのですか? まさか綿花取引に見えられたとも思えないのですが。取引商品によってはオーヴェルニュ様にご紹介できる事も有るかと思いますが」

「セイラ様、アーチボルトとお呼びください。オーヴェルニュでは商会名か苗字か判りにくいですし。それに綿花取引に来たのではない事は重々ご存じでは無いのですが? マリエル王妃殿下に進言なされたのはセイラ様と伺っておりますよ」


 まあ商会名を高々と掲げての事務所開きだ。

 当然私に隠すつもりも無いのだろうが、今はハスラー臭を払拭したいこの時期に私の来襲はさぞ迷惑だろう。

「早速動いて頂いて有り難う御座います。でももっと大々的に商人ギルドの様な物を立ち上げるのかと思っておりましたがえらく地味で御座いますね」

「ええ、骨董の趣味と同じで派手な事は好みません」


「それでは綿花市に集まるハスラー聖公国の方々を糾合して対策を立てるような事はなさらないのですか?」

「こちらに来て痛感致しましたよ。セイラ様の危惧されている以上の最悪の状態だ。ここに来ている商人たちに先は無いでしょう。私のいう事に耳を貸す気も無ければ忠告も鼻で笑って受け入れない。どうにもならなくなって泣かなければ気付かない様な者を相手に骨を折るくらいなら、気概の有る物を育てる方が有意義だ」


「あらあら、ひどい言われ様ですね」

「あなたもご存じなのでしょう。少しでも市井に出て話を聞けば綿花市に先の無い事は気付く筈なのにそれすら分かっていない」

 よほど鬱憤が溜まっていたのだろう、それからはしばらくアーチボルト・オーヴェルニュのモノローグである。


 先ず何よりゴッダードの識字率の高さと平民層の優秀さ。その平民層の勤労意欲の高さを褒める。

 ゴッダードの一般庶民の方が国境付近の経済情勢も市場動向も、ハスラー商人より良く把握している事。

 そしてゴッダードの平民層では子供でも知っているような、流通状況を綿花商人たちがまるで理解していない腹立たしさをぶちまけた。


 その上で彼が言うのは、その根幹が聖教会教室だと判断したそうだ。

 識字率と数学知識の向上でより高度の職業に就けるようになり、農民や職人たちも売買交渉ができるようになった。

 その結果一般庶民が情報の重要性に気付き、社会情勢が理解できるようになった。

 今やハスラーの商会主よりゴッダードの市民の方が優秀だ。


 そう力説されると私としても悪い気はしない。顔が自然とにやけてしまう。

「それで結論を言いましょう。今回の絵図を書いたのは全部あなただ。ライトスミス商会から北西部の毛織物紡績の為に購入した紡績機の一部を、サンペドロ辺境伯領に運び込んだのでしょう。そこでアヴァロン商事の資金で紡績工場を建てて、メリージャでゴッダードの綿花市より高値で綿花を買い取った。違いますか?」

「さあ? どうでしょう?」

 まあ、ほぼ当たっている。


「紡いだ綿糸は船積みで全部アヴァロン州に送られて綿布に織られてラスカル王国内やハウザー王国へ出荷される。そうやって綿市場は全部アヴァロン商事が握っているのだろう。そやってあんたが綿花市を潰したのだろう」

「全部憶測ですわよね」

「ああ、憶測だ。ゴッダードでは子供でも知っている憶測だ。誰も口に出さないだけで、ファナタウンとゴッダードを二~三度行き来すればだれでも気付く憶測だ」


「ここから先も憶測だ。ここからは俺だけが気付いた事だろうがな」

 そろそろ喋り口調に遠慮が無くなってきたようだ。

「それで?」

「動じないな。まあ、解ってやっていらっしゃるんだろうから不思議でもないが」


 まあこれ位は解って当然だ。そうでなければ私の思惑を理解して貰えないだろう。

「要するに、自分で綿花市を潰しておいて王妃殿下にはそれを知らせる事で媚びを売るという…。いや違うな、絹市場をエサに俺たち首枷を掛けようという事だろう」

 まあそう取られても仕方ないだろう。好意的には見てくれないわなあ。


「それで如何致したいと?」

「いや、どうもしない。今はな」

「ほう、私の考えに乗って頂けるという事なのですか」

「乗るも、乗らないも、選択肢など無いじゃないか! あんたに掘られた轍の上を進んでゆく以外に今は道が無い」

「私の口から言うのも何ですけれど、抗おうとは思わないのですか」

 もしも現状に甘んじて絹市場の旨味に浸るつもりならばそこ迄の人物だ。別に私の思惑の邪魔にならなければ理解して貰おうとも思わない。


「抗う? 今のこの現状で? 気付いているんだろう。抗ったところであの腐りきった綿花市の商人たちが絹市場でも同じ事を繰り返すだけだ。なら俺が今やる事はあんたの話に乗って全てが崩壊してから、オーヴェルニュ商会が一から作り直しますよ。当然ご協力願えますよね。アヴァロン商会のセイラ・カンボゾーラ子爵令嬢様」


 一体何をどう作り変えるつもりか知らないが、全てを壊すならその話乗ってやろ。

「解りましたわ。絹市場が立ち上がるまでは良い協力関係が築けそうですわ。よろしくお願い致します」

「私どももアヴァロン商会とはこれからも良い関係を維持致したいと思っております。これからもオーヴェルニュ商会をご贔屓に。ただ、暫くはハスラー聖公国の事はご内密に願いたいですな」

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