閑話15 ハスラー商人たち

 ☆

 先輩の商人からは美味しい仕事だと色々と聞かされていた。

 ゴッダードで綿花を安値で買い叩いて聖公国で糸に紡いで布に織って、ラスカル王国へ高値で売りつける。


 その利権は貴族の紐付きの大手商会が牛耳って、商会員を派遣して儲けをほしいままにしていた。

 そこに何年もかけて食い込んでやっと今年、鑑札を手に入れた。

 この二年ハウザー王国の綿花は不作で、品質も収穫量も落ちていると言う。その為聖公国内では綿花相場は上昇しており、今年は不作を克服して品質も生産量も向上するだろうとの期待されていた。


 二年続けてと言うのは不安も感じるが、長年にわたり取引を続けてきた大商会主が言うのだから根拠は有るのだろう。

 俺が病害や害虫などで農地が壊滅的な影響を受けているとか、転作が進んでいるなどと言う事は無いのかと問いただしたが、昨年の冬からラスカル王国経由で入ってくる安価な綿布の品質が向上しているのは不作を脱却した証拠だと皆太鼓判を押した。


 疑問に思う事は多々あった。

 綿生地は糸を紡いで機を織り染め上げてできる物。早摘みの秋に収穫された綿花が冬に生地として出荷できるのか。

 そもそも早摘みの綿花をその紡績所はどうやって手に入れたのか。

 聖公国の大商会主たちは、”クズ拾いのラスカルの商人たちが銀貨を拾ったようだ”と笑っていた。


 釈然としない事も多かったが、経験の豊富な大商会主たちがいう事を信じた。

 十二の頃から丁稚奉公を始めて十年余り必死に貯めた資金でやっと手に入れた鑑札だ。

 ところがゴッダードにやって来て街を回ると何やら雰囲気が、思った物とは違う。

 長らく聖公国はもとよりラスカル王国の東部や西部でも商いをしてきた経験が俺に何かを告げているように感じる。


 街の住民の視線や態度がまるで違うのだ。

 空荷で来るわけにも行かないので、荷馬車で運び込んだ聖公国産の品々を販売に回っても反応は芳しくない。

 聖公国で大商会の商会主から聞かされた濡れ手で粟の様な引き取り価格などとは程遠い価格でしか売れない。

 よく言えば妥当な金額、悪く言えばどうにか利益が出る程度の額でしか引き取ってもらえなかった。


 何より交渉した商会の店主も店員もハスラー聖公国の商人だというと、慇懃な態度に出るがその眼には哀れみや嘲りがよぎっているように感じられる。

 話に聞いたハバリー亭と言う綿花市に参加する商人たちの堪り場となっている店で、売り上げに対する愚痴をこぼすと”二年続いた綿花市の不況で窮しているのだろう”と事も無げに答えられた。


 ここでダベッているどの商会も、まだ持ち込み品の売買契約は成立していないと聞く。大手商会から派遣された購買員は危機感が無いのだろうか。

 ゴッダードの街を一回りすればどれ程この街が潤っているか判るはずだ。町に物が溢れ、あちこちに商人が行き交っている。

 それなのにこんな高価なレストランに入り浸り時間を潰している暇も金も俺には無い。


 予算も少なく着いたのも遅かった俺は、宿も取れずゴッダード商工会が用意した自炊の仮宿舎に寝泊まりしている。

 同じ様に寝泊まりしている他の大手商会員も若い者が多いが、エリート意識剥き出しで部屋が狭いだのメイドを付けろだの文句を言っているが管理職員は一切聞く耳を持たない。


 そしてそいつらはいつもハバリー亭に食事に行くので、自炊場は俺が好きに使えるのだけは儲けものだ。

 それでも中には自炊をしている若い駐在員もいる。

 自炊場で食事をとるようになって親しくなった二人の商会員と、疑問や不満を話している内に彼らも同じことを感じている事が判った。


「僕も今年前任の職員から仕事を引き継いぎでこちらに同行して来ましたが、先輩から引き継いだ事とまるで様子が違う」

「自分はラスカル王国の王都や北部諸州で羊毛関係を扱っていたのが配置換えでこちらに回って来たが、ポワチエ州やシャトラン州に大量に綿布が出回っているぞ。それも去年の春からだ」

「もう少し情報を集めてみないか? ハウザー王国からの商人も沢山この街にいるだろう。そんな商人が集まる店で話を聞ければ少しは何か分かるのだろうがな」

「それならば聞いた事が有りますよ。セイラカフェと言う店には街の商店主やハウザーからの商人がたくさん集まっているそうですから」

「その店ならラスカル王都にも有ったぞ」

「ゴッダードのセイラカフェはライトスミス商会のショールームを併設して商会取引もそこで行うらしくて貿易商が集まるところなんだそうですよ」


 ☆★

 翌日は朝から三人でセイラカフェに向かった。

 午前中というのに店は活況を呈しており、商取引の話や相場の話そして政治情勢の話などが飛び交っている。

 一番の話題はラスカル王国最北端のポワチエ州で政変が起きて、父と兄を追放して若い女伯爵カウンテスが誕生したことで、店内はその話でもちきりだった。


 そして話されている内容は、州全体が清貧派に鞍替えした為に起こった物流の変化や最南端のゴッダードへの経済的影響の話題なのだ。

 集まっている者たちは概ね歓迎の様子で、ゴッダードの産品や輸入品を河を使った物流で最北部のシャピの港から国外にまで出荷できると沸き立っている。


 綿花市の時期に綿花の話題など毛ほどもされていないのだ。

 試しにカウンターの獣人属の客に綿花市の話題を振ってみると思わぬ回答が帰って来た。


「今どき綿花市なんて、クズ綿を買い付ける以外に用はないだろうぜ。株式投資で利益を狙うなら、綿花市関連の商会はもう終わりだな。ここだけの話だが、今ならフィリポ毛織物組合を勧めるね。去年上場したばかりだがカンボゾーラ子爵家肝入りだ。という事はバックはアヴァロン商事だ。ぜってえ一~二年の内に綿紡織に参入するぜ」

「毛織物組合だろう。それが何故綿紡織を…」

「バカ野郎。ハウザーの綿花は殆んど綿糸になって河と遡ってんだ。その行き着く先はカンボゾーラ子爵領じゃねえか。そこで綿布にして今度は河を北に下って海の向こうまでって事よ」


「綿花は綿糸になって…、何てことだ。ハウザーで紡いでいたんだ。もう綿花市はお終いだ」

 俺の口から言葉がこぼれて落ちる。

「自分もフィリポ毛織物組合の事は知っておりますぞ。北部と北西部の州境にあるカンボゾーラ子爵領でバカでかい工場を立てていると聞いております」

「それじゃああの男の言っていた事は…」


「カンボゾーラ子爵家は熱心な清貧派教徒で、反国王派の筆頭です。シャピのポワトー女伯爵カウンテスの件も間違っていませんぞ。ゴルゴンゾーラ公爵家とロックフォール侯爵家を後ろ盾にして爵位を簒奪し、聖女ジャンヌとボードレール枢機卿とパーセル枢機卿の力を借りて領内はおろか州内の教導派聖教会を一掃して清貧派の州に変えてしまった」

「ハスラー聖公国では大商人さえろくに知らない情報が、このゴッダードでは庶民でも知っている話だと…」

「いったい、僕と一緒に来た先輩は今まで何をしていたのでしょう。僕は一体どうすれば…」

「自分の前任者も何をやっていたのか。今頃ハバリー亭で昼飯を食っている同僚たちも何を安穏と…」


 それは俺自身にも言える事だ。疑問に思いつつも豪商たちの成功譚を鵜呑みにしてこれまでの儲けの全てをつぎ込んだ。

 そして勇んでゴッダードにやってきた結果が、このていたらくである。


「大変な事を知ってしまった。僕はこれからハバリー亭に向かいます!」

「止めとけ。言っても本気にしないだろうし、分かったところでもう手遅れだ。綿花は買えない、積み荷は売れない。もう手はないよ」

「それなら自分たちはどうすれば…」

「せめて俺たち三人、一足早く事情を知る事が出来た。ならば値崩れする前に聖公国から持ってきた積み荷を処分して、その金でその綿糸を買い付ける算段をしよう」


 そう小声で相談している俺たちのもとに、近くの席でカツレツのサンドイッチファナセイラを頬張っていた男がいきなり歩み寄って来た。

「あんたらは見所が有りそうだ。あんたらにその気が有るなら、俺の話に乗らないか? そっちの若いのの言う通りもう手遅れなんだよ。綿花市と沈没する気が無いなら悪い様にはしない。話を聞いてから決めればいいさ。俺の話に乗りな」

 そう促されて俺たち三人は、通りの向こうの商会に連れて行かれた。

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