第8話 モンブリゾン男爵令嬢

【1】

 そう私(俺)は彼女の事を知っているんだ。

 ゲーム知識で。

 ゲーム開始で一番初めに出会うのがフラン・ド・モンブリゾン男爵令嬢なのだ。入寮から始まるゲーム開始で声を掛けて来て、学内の説明をしてくれる。

 要するにチュートリアルの解説キャラで、その後も次々に攻略対象の情報をくれる友人キャラなのだ。


 私がテーブルの向かいに腰を掛けると、モンブリゾン男爵令嬢はしばらく部屋の中をキョロキョロと見まわしていたが急にこちらを向いて口を開いた。

「私、実は今日にこの寮に来たんだけれど同級生らしい人が見当たらなかったの。それでがここを通ったら部屋に人の気配がしたもんだから。ねえ、なんで新入生が誰もいないの?」

 …ああ、この娘入寮して直ぐに情報収集していたのかしら。


「ええ、多分みんな予科の宿舎から移動なので急いでくる必要が無いのでしょう」

「予科? それって何なのかしら」

 あれ? タメ口のあまり礼儀が出来ていないキャラ設定だったけれど、この娘男爵令嬢だよね。なんで予科を知らないの?

「貴族子女が十二歳になると入る全寮制の学校です。王立学校に入る為の教育をする学校よ。でも何故あなた知らないの?」

「ああ…。そうなんだ。私、実はついこの間まで平民だったの。東部ではそこそこ大きな商店だったのだけれど、南部との取引を始めてから急激に大きくなって、父さんが調子に乗って男爵位を買っちゃたんだよね」


 ああ、それで何も知らないのか。

「私も似たような境遇で父上様が急に子爵に叙爵されたので予科には通っておりません。それで早めに準備しようと昨日入寮いたしました。でも、そんな事では貴族寮の上級生に直ぐに目を付けられてしまいますよ。特に礼儀や挨拶は厳しく咎められますから」

「えーっ、そうなの、参ったなぁ。それで似たような境遇ってあなた子爵家でしょう。どういう経緯なの」

「私は公爵家の冷や飯食いの父上と男爵家の母上との娘で、色々と軋轢が有って一緒になれなかったのよ。それがこの度、父上様が子爵意を賜って急に子爵令嬢になってしまったの。だからそれ迄は父上様の商事組合の手伝いばかりしていたからモンブリゾン男爵令嬢様と似ているわね」

 モンブリゾン男爵令嬢は話を聞いて溜息をついた。


「へー、貴族の間ではそんな舞台のお芝居みたいな話が実際に有るんだ。まるでこの間見た”フィリップとルーシーの秘めたる恋”みたいなお話ね」

 それを聞いて私は吹き出してしまった。

 なにその芝居の外題は! ああお茶を飲んでなくてよかった。

「それからねえ、失礼に当たらないなら私の事フランって呼んで。男爵令嬢様なんて柄じゃないの。出来れば普通に話して欲しい。私普段はこんな喋り方だから丁寧に話すと肩が凝っちゃうし」

「ええ、分かったわ。じゃあフラン、私の事もセイラって呼んで。実は私もこっちの方が性分に合ってるのよ。割と堪え性が無くて喧嘩っ早いから昨日も上級生に絡まれたし、多分目を付けられてると思うんだ。…それでも良いなら友達になってよ」

「それならきっとわたしも同じ。だからもし礼儀作法が判るなら私にも教えて。成人式前のひと月で行儀見習いの先生には就いたけれど付け焼刃だし」

「じゃあ、成り上がり同士助け合いましょう」


「それでしたら私が訓導として指南、指導致しましょう。クロエ様にはご承諾戴きました」

 不意に声がしたので振り返るとナデタがウルヴァを連れて立っていた。

「フラン、紹介するわ。従姉のクロエ・カマンベール子爵令嬢様付きメイドのナデタと私の側付きメイドのウルヴァよ」

「へー、獣人属のメイドなんだ。という事はもしかしてセイラカフェの?」

「二人ともセイラカフェ出身のメイドよ。東部の出身なのによく知ってるのね」

「うん、南部との取引も多いし、成人式の後クオーネで遊んでたからセイラカフェにも行ってたし、お芝居も沢山観たよ。さっき言った”秘めたる恋”の他にも”光と闇の聖女”でしょ、”セイラと黒い司祭”、それから”二人のセイラ”あら、そう言えばあなたもセイラよね」

 クオーネの街はどうなっているんだろう。

 私は頭を抱えてテーブルに突っ伏した。


「ウルヴァ。お茶を入れてちょうだい。ナデタ、お菓子も」

 フランが嬉しそうに目を輝かせた。

 ナデタはお茶請けのデニッシュの皿を置きながらフランに微笑んで声をかける。

「フラン・ド・モンブリゾン男爵令嬢様。お茶に致します。それから観劇の話しはもっと詳しく」

 ナデタ、それは違うでしょう。


「これもセイラカフェのメニュー? これはまだ食べてないわ」

「こちらはサロン・ド・ヨアンナのカフェメニューです。お嬢様は経営陣に名を連ねて居らっしゃいますです」

 ウルヴァが自慢げに答える。

「へー、あそこって貴族限定じゃなかったかしら。すごいのね」

「メンバーの紹介が有れば平民でもメンバーに入れるわ。貴族でも紹介が無ければメンバーになれないし」


「ああ、それでお芝居の話しだったかしら…それがね‥‥‥‥」

 ここからはフランの独演会だった。

 彼女の父親はこの春、急に思い立ったように男爵位を買ったそうだ。

 彼女も王立学校へは入学予定だったのだが、貴族寮に入る事に成り付け焼刃の礼儀作法指導を受けて、成人式を終えてすぐに家を出たらしい。

 もちろん入学前に羽を伸ばす為だ。

 最近人気のクオーネに一週間滞在してセイラカフェやらショールームやイベントホールやらのライトスミス商会関連の施設のはしごをしたり、話題になっているお芝居や吟遊詩人の演奏会も見て歩いて今日 下級貴族寮に到着したそうだ。


 クオーネでは今ライオル伯爵領事件とジャンヌ拉致事件の話題で持ちきりらしく、芝居小屋の脚色は本家のロワールよりも過激で教導派聖教会や北部貴族のこき下ろしが激しいらしい。

 もちろん実名は使われていないが、シェブリ伯爵家とポワトー伯爵家は誰が見ても疑いようがない程あからさまに描写されている。

 更にライオル伯爵家とギボン司祭は罪が確定し、廃絶しているので遠慮なく実名を晒されている。

 麻疹騒ぎはアヴァロン州全体でも不安視されていただけに庶民の間でもライオル伯爵家への憎悪はたまっていたのだろう。


「‥‥‥でね、ラストでセイラが言うの”領民を苦しめる者は枢機卿でも許さない”ってね」

「うわぁー。素敵です」

「ウルヴァ。セイラ様の前で、はしたないですよ」

「ああ、そうだった。ねえ、セイラ。この部屋の家具は全部誂えたの? 私お部屋は全部備え付けだったんだけれど。チェストや幾つか家具は買うつもりだけれど、あなたの家具可愛いから紹介して貰えないかなって」

「実は机とチェスト以外は同じ備え付けなの。それをね…」

 私は飾りの化粧板を示して説明した。


「そうなの。それなら私もお父さんにお願いしようかしら。取り敢えずライティングチェストを買おうかと思って」

「予算はどれくらいなの? あら、その予算ならライトスミス製の既製品で机とチェストが買えるわよ」

「でも既製品って貴族寮では低く見られないかなあ」

「そこは化粧板でコーディネートするのよ。行く行くは備え付けの家具も同じ模様で揃えるとこの部屋みたいに統一感が出るでしょう」

「うんうん、良いねそれ。私もそうしたい。でもメイドも雇わないといけないから今はチェストと机だけかな」


「メイドの事も任せて、王都のセイラカフェを紹介するわよ。ほら、分かるでしょ。私ライトスミス商会にはちょっと顔が利くの」

「ほんと! 嬉しい! あなたと知り合えて良かった。お願するね」

「じゃあ明日で良いわね。セイラカフェの雇用形態は特別だから先に雇用契約書をよく読んでおいてね」

「うん。家具のショウルームも有るんでしょセイラカフェ。ついでにセイラカフェでランチもしようね」

 明日はフランとショッピングに決まりだね。

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