第134話 故郷(2)
【2】
「まあ、呆れた。叔父様もルーク
一瞬の静寂の後広場全体にどよめきが上がった。
初めに立ち上がったのは男爵夫人だった。
「レイラ! ああ、帰って来てくれたの! 本当に、本当にお帰りなさい」
続いてルーク様の奥様も駆けよってくる。
男爵夫人たちとお母様が三人で肩を抱き合いながら再開に涙する。その周りに男性陣も集まってくる。
それに続いて年嵩の村人たちも次々集まり始めて楽しそうな笑い声が広場に響いた。
歓迎の宴は日が暮れても続き、お母様の幼少の頃の話を色々と聞く事が出来た。
こうして村人たちと接していると領主と領民との垣根の低い領地だという事が良く判る。
カマンベール家はゴルゴンゾーラ家王家の直属の騎士団であった家系で領民も配下の家系が村々に根付いたことで領主家とつながりは深い。
その分遠慮が無く不満や文句も言うがそれを受け入れる度量が男爵家に有るので領民との関係は良好のようだ。
結局男たちはそのまま夜が更けるまで酒盛りを続けるようなので、女性陣と子供たちは馬車で領主館へ帰る事となった。
商売柄あちこちの領主館を回っているが、ここの領主館は特に質素に見える。そこまで小さい訳では無いが、飾り気も無く武骨な造りがカマンベール男爵家の暮らしぶりをうかがわせる。
私は客間に通されて床に就いたが、お母様たちは居間で夜が更けるまで語らっていたようだ。
翌日からお母様が腰を据えて動き出した。リオニーとミゲルを引き連れて領主館の中に仮事務所を作ってしまったのだ。
それに比べて父ちゃんたち男性陣は二日酔いの頭を抱えてヒーヒー言っている。情けない事この上なしだ。
女性たちはそんな男たちを尻目に朝から忙しく働いている。
それでもグレッグ兄さんは村に降りて、作業員を指揮して織機の設置にかかり始めていた。
私はグレッグ兄さんと一緒に大型織機の組み立て作業を見に行く。
工場の敷地のすぐ横には水車小屋が有った。
「ねえ、あの水車小屋は何?」
一緒に作業をしていた村人に聞いてみた。
「ああ、あれは粉ひき小屋だよ。水車が壊れちまってるんだ。この辺りじゃあ小麦があまりとれないから隣村の粉ひき小屋に引いて貰っても事足りてるんで修理もせずにほったらかしさ」
「ねえグレッグ兄さん。あの水車小屋使えないかなあ。水車を使って紡績機や織機を動かかす事が出来るか、あの水車小屋で実験できないかなあ」
「お嬢、今なんて言った! その話乗ったぜ。ちょっと中を見て来るから男爵様との交渉は任せるぜ。一端ゴッダードに戻ったらすぐに機材を揃えて戻ってこなきゃあならねえからな」
グレッグ兄さんはそう言い残すと組み立て現場を放り出して水車小屋へと言ってしまった。
迂闊だった。私の不用意な一言でグレッグ兄さんに火をつけてしまった。
最近はもうすっかり紡績機器の技術研究にのめり込んで歯止めが利かなくなってるのを知ってたはずなのに。
私は二日酔いの頭を抱えている父ちゃんとルーク様を引きずって、組み立て現場に放り込むとミゲルを連れて倉庫に運び込んだ交易用の荷物の確認と整理を始めた。
昨日の宴の席には領内の村々の村長やその関係者も多数訪れていた。彼らが事前に持ってきた荷駄も倉庫に入っている。
羊毛や羊肉のベーコンやハム、そしてチーズ類が各種。
思た以上にラム肉の加工品が豊富だ。乳製品も質が良い。ソフトチーズやセミハードチーズが多いがハードチーズも良いものが有るかと思えば以外にもハードはあまり美味しくない。
「ここ二年で羊の質が上がったからね。ハードチーズはそれより前の仕込みだから仕方ないさ。でも後三年もすれば自慢できるものが出来るよ」
チーズを試食させてくれた村のおかみさんが豪快に笑いながら言った。
羊毛は買い付けてここの工場で加工する。加工肉やチーズ類は買いだね。ハードチーズは今後に期待するとしよう。
軽く昼食を済ませた頃には領内の村々や近隣の領地から荷駄が次々に到着し始めていた。
驚いたことに荷駄の中に結構な量の蒸留酒の樽が有った。
ビールを蒸留したものだそうだが、これはそそられる。今回持ち込んだシェリーやマデラやポルトの空き樽に詰めて何年か寝かせればもしかしたらもしかするんじゃないだろうか。
早速に村人にお願いして私が持ち込んだ酒精強化ワイン類を別の樽に移し替えて貰った。後はこちらの蒸留酒を買い付けて樽に詰め替えるだけだ。
領主館のワイン蔵を借り受けてこの樽を保管して貰えるように交渉しよう。
今から寝かせて私が二十歳になる頃にはそこそこ出来上がっている事だろう。ジュルリ。
午後も遅くなって夕食の時間も近づいている。
明日は朝から持ち込んだ酒や香辛料、茶葉やコーヒーなどの取引と商品の買い付け買いが始まる。
その時に村で売るための焼き菓子やパンなども今夜準備しておかなければいけない。
早めに倉庫整理を切り上げて領主館に帰ったら、お母様はまだ帳簿整理をしていた。
「本当に叔父様も伯母さまも暢気すぎます。しっかりと帳簿付けをしておかないと困る事に成りますよ。執事のエンキーに任せきりでは手が回らないのは目に見えていますわ。この家はドロレスとエンキーの夫婦に負担をかけすぎです」
「そうおっしゃらないで下さいレイラお嬢様。まだこのエンキーそこまで年を取ってはいませんよ」
「でもここ二年で急に収益が伸びていますわねえ。あら、去年からビールの蒸留を始めましたのね。蒸留酒は色々と需要が有るから是非うちで独占的に取り扱わせて貰えないでしょうかしら。薬用にも使い道が有りますしね」
「ええ、レイラお嬢様。大麦の収穫量も増えましたものでビールだけではと思い導入致しました」
「さすがはエンキーね。それに羊の数も増えて羊毛も乳製品や加工肉も取引量が増えていますわ。でもその割にあまり利益率が上がっていませんわね」
「急に生産量を増やしてもあまり高値では買って頂けないようで、この辺りでは需要は足りているから余ると言われて値を下げねばいけませんでした」
お母様はけげんな表情を浮かべている。
「そんな事を言われたのですか。それはこの周辺の州全域で価格が下がっているという事なのですかしら?」
「さあ? さすがにそこまでは判りかねますが…」
「お母様。私も少し調べさせますけれど、少なくともアヴァロン州内で羊製品の取引価格が下がっているという話は聞いてないわ。それに先ほどチーズやベーコンもいただいたけれど、どれも良い品質でしたよ。クオーネでなら通常価格より高く売れる品質は有ります。ゴッダードまで運んでも船便なら採算は取れると思うわ」
「怪しいですわね。嫌な予感がしますわ」
「執事様。羊毛や乳製品を買い叩いていったという商人の事教えていただけないかしら。絶対信用が出来ない方だと思いますから」
「北部諸州では割と大きな商会なのですが、オーブラック商会というところです。以前から羊毛やら乳製品を買い付けに参られておりました。カマンベール男爵領はあまり他領に売るほどの生産も無かったものでここ十年ほどお世話になっていたのですが」
「お母様はご存じですか? オーブラック商会」
「いえ、知りませんわ」
「リオニーはどう? ミゲルは?」
「少なくとも北西部諸州では、聞いたことの無い商会ですね」
「取引関係でも聞いたことは有りません」
「北部や東部で取引している商人でしょうね。エンキー様やカマンベール男爵様が商売に疎い事に付け込んで鴨にしていたのでしょう」
「許せませんわ。わたくしの大切な故郷のみんなを…」
お母様が唇を噛む。
「お母様、私決めました。今日からカマンベール男爵領の御用商人としてライトスミス商会を認めて下さいませ男爵様。精一杯お母様の故郷にお役に立つよう努力いたします」
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