第133話 故郷(1)
【1】
ウルヴァが客室に入ってきてお茶の支度をはじめました。
ほんの暫くの間にすっかり手際も良くなってきましたね。
「ありがとうウルヴァ。どうでした? ルーシーは」
「はい。とてもお優しい方でした」
「どうしようか迷ったけれども帰ってきてよかったわ」
そんな話をしていると客室のドアが開いてセイラが顔を覗かせました。
「どうぞ、ルーシーさん」
そう言って彼女を部屋に招き入れます。
「えっ! これは…」
あらあら、ルーシーが目を丸くして固まってしまったわ。
わたくしは微笑みながらルーシーに語りかけました。
「本当に大きくなったわね。もう立派なレディーね」
「おっお
ルーシーはもうそれ以上言葉を発する事が出来ずに、両手を口に当てたままぽろぽろと涙を流して泣き出してしまいました。
わたくしはルーシーを抱きしめると言いました。
「いつまでたっても泣き虫のままではいけないわ」
「レイラお
ルーシーはそのままおわたくしの胸に顔をうずめて泣き続けます。
「レイラお
「ありがとうルーシー。二十年ぶりに帰って参りましたわ。わたくしの自慢の旦那様のお供で…」
わたくしもルーシーと話しながらほほに涙が伝わるのに気づきました。
セイラはわたくしに目配せするとそっとドアを閉めて出て行きました。
「さあルーシー。せっかくウルヴァが淹れてくれたお茶が冷めてしまいますわ。こちらに座ってお茶をいただきましょう」
わたくしはルーシーの手を引いてテーブルに付かせます。
「さあこれはセイラがハウザー王国から取り寄せた茶葉ですのよ」
「お
「ええ、故郷を離れなければいけないと思った時は辛かったですけれど、今はとても幸せですわ。何よりこうして夫と娘のお陰で帰ってこれたのですもの」
「お
ポツリと言うルーシーの手をわたくしは握り締める。
「それよりも貴女はどうなのです? わたくしが居なくなった事で辛い思いをする事も多かったでしょうに」
「それでも王立学校では男爵令嬢として遇されて貴族寮で過ごす事も出来ました。それにゴーダー家のマティルダ様やイザヴェラ様にはとても良くして頂きましたもの」
王立学校入学前に父を亡くしゴッダードに移ったわたくしは血筋は間違いないものの爵位の無い準貴族の子女扱いで平民寮で暮らしました。元男爵令嬢で平民扱いだったわたくしと違い、ルーシーは男爵令嬢の肩書が有るので貴族として遇されたのです。
その代わりに貴族としての体面上いらぬ出費も多く、上位貴族に気を使い貧乏貴族と見下されて辛い思いもしたでしょうに。
わたくしは元貴族令嬢として行儀作法や貴族としての知識を持っていたお陰で、平民寮では仲間から頼られて友人も多かったので比較的穏やかな学校生活が遅れたと感謝しているほどですが。
「そうなのですか? それでも貴族寮は色々と軋轢も有ったでしょうに」
「いつもドロレスがついていてくれましたから。アンの顔に泥を塗るような事は出来ないっていつも口癖のように」
「今でも相変わらずなのですかドロレスは? わたくしは平民寮でしたから穏やかの学校生活を送れましたが、貴女は大変だったのですね」
「今でもとはご挨拶ですわレイラお嬢さま」
いつの間にか客室のドアの前にそのドロレスが立っていました。
「ドロレス! まあ本当に久しぶり。でもどうして?」
「セイラお嬢様からこちらに赴くように仰せつかりました。お久しゅうございますレイラお嬢様」
「お嬢さまはやめて頂戴。三十半ばも過ぎたわたくしにとってはイヤミですよ」
「それではレイラ様。ルーシー様の学生時代はレイラ様が思われるほど苛酷なものでもありませんでしたよ。なにせレイラ・カマンベールの従妹だと言う肩書が有りましたから」
「そうですわ、お
「そんな事は…。そう、最後のはわたくしと言うよりはロックフォール侯爵家のマルグレーテ様のせいで、わたくしは法律関連のお手伝いをしただけですわ」
当時は貴族令嬢…特に北部の令嬢は平民学生を小間使い代わりに使う事を当りまえのように思っていたのです。特にその伯爵令嬢はその傾向が強く、その上商家の女子生徒に代金を肩代わりさせて贅沢をしてた上お金を返さない人でした。
わたくしがお友達の平民女性に無礼を働いた伯爵家男子を平民寮に呼びつけて吊るしあげた事に興味を持ったマルグレーテ様から相談を受けて色々とご助力をさせて頂いただけだったのですが。
「それでは初めの二件はやはりお
わたくしは同学年にライオル家の関係者は居なかったので問題は有りませんでしたが、昔からライオル伯爵家とは軋轢が有りましたからね。
「それで今もライオル伯爵家は相変わらずですか?」
「あの当時よりひどくなっておりますわレイラ様」
ドロレスが代わりに答えました。
そもそも先々代の国王が即位した折に王位継承戦争での武功で新たに賜った領土がライオル家伯爵家との係争の始まりだったのです。
この土地は先々代の戦争で廃嫡になった子爵領をライオル家とカマンベール家で分割したものだったのです。
そもそもはライオル家が狙っていた土地を軍功著しかったカマンベール家がゴルゴンゾーラ王家の後ろ盾を持って勝ち得た領地でした。
その為いまだにライオル伯爵家はカマンベール男爵家に掠め取られたと言い続けているのです。
「色々と圧力をかけてきております。今の王家に取り入ってルーシー様を側室にしようと画策しておられて事も御座いました。もちろん持参金代わりに領地の一部を要求して」
「やめて、ドロレス。その話はもう終わった事ですよ」
「それでも悔しいではありませんか。あの横やりが無ければフローラ様の婚姻も整っていたかもしれませんのに」
「そんな事は…。結局うまく婚姻が整っても貴族同士の政略結婚ですから運次第では無いですか。それなら今この領地で領民たちと暮らしている方が幸せだわ」
「何て恥知らずな、ライオル伯爵め。王室に側室の要求などとはあの男に貴族の矜持は無いのでしょうか。でも良かった。ルーシーが酷い目に遭わなくて。ライオル伯爵家などに嫁いだなら、それも側室などになったならどんな苛酷な目に合わされていた事やら」
「それがレイラ様。ここ最近またライオル伯爵家の動きが怪しいのです。それに今王立学校には次男で近衛騎士のマルカム・ライオルが在籍しております。ルーク様のご息女のクロエ様も今在籍しているのですよ」
「でもドロレス、近衛にはルカが居るし、そのルカが目をかけている部下がクロエの同級生でいつも守ってくれているそうではありませんか」
「あらまあ。それはちょっと素敵かもしれないわね。近衛と言う事は貴族の子弟なのかしら?」
「いえ、平民の出らしいのですが優秀な子らしくて。卒業すれば騎子爵は間違い無いとか」
「それならば、カマンベール男爵家との婚姻も可能では無いの? でクロエさんはその辺りはどうなのかしら?」
「うふふ、それがお
「だからこそですわルーシー様。またライオル伯爵家からルーシー様の頃と同じような…今度は次男のマルカムか三男のアレックスの正妻として手を出してきたのですよ」
「何ですって! それで叔父様たちは一体どうしているのです」
「私もそれは初耳ですよ!」
「多分それも有ってルカ様はセイラ様にお願いに行ったのだと思います」
「わかりましたわ。わたくし、このていどで浮かれている男どもに活を入れに行きますわ」
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