第116話 リコッタ株式組合決算報告(2)

【2】

「何を言うか! わしの株式組合だ! わしの領地だぞ! そんな無法がまかり通るわけが無い!」

「クルクワ家は株式の過半数を持っておりますので、実質この組合はクルクワ家の物と同じです。動議に反対意見があっても過半数を持つクルクワ家が言えば必ず可決します。法律上なんら問題ありません。組合設立時の約定にもはっきりと記載してありましたよ」

 マルゲリータ嬢がそう言うと続けてペコリーノ氏が後を続ける。

「それにこの動議に反対す方もおそらく居られないでしょう。ライオル伯爵はともかく他の株主方も腹に据えかねていらっしゃるようですから」


「経営陣はパルミジャーノ紡績組合から派遣していただいて、財務調査と経営方針の刷新を図っていただきたいものですな」

 クルクワ男爵の言葉にリカルド氏が渋い顔で答える。

「傍目で見る限りでもリコッタ領の亜麻の収穫は減り続けるでしょう。栽培方法などを見直しても三~四年は、収益は上がらない。難しい経営になりますな」

「そんな…。ワシは収益向上を見越して株式を買い増ししたのだぞ! リコッタ伯爵この責任はどうつけてくれる!」

 リコッタ伯爵はもう放心状態で、碌に返事も出来ない。


「ライオル伯爵…。お気の毒ですが当分その株を買うものは出ないでしょう。なにせ利益が見込めないのですから」

「それは困る。どうにか成らぬのか?」

「どういたしましょう、クルクワ男爵様」

「ウーン。捨て値で投売りされれば我が家も困る。無意味に株の価値を下げたくないが、買い取る資金も…」

「解かりました。ライトスミス商会が八掛け…いえ九掛けで引き取りましょう。私どももせっかく売った紡績機が訳のわからないところに売り払われたくありませんから。但しこれ以上はお出しできませんよ。それに紡績機の売買の権利はライトスミス商会に持たせてください。これを入れての九掛けです」


「頼む! ライオル家の株式全てをライトスミス商会に売却する三十四株だ!」

「ならコネリー子爵よ、我らもライトスミス家にお願いしようかな」

「そうだな。ストロガノフ家もブラン家もそれに倣おうかな」

「ウルダ家も…「いやウルダ家は持って置きましょう」」

「そうじゃな。隣接領地として口ぐらいは挟ませてもらおう。レッジャーノ家も売らん」

「それでは四十四株はライトスミス商会が引き受けましょう。それで経営陣はリカルド様が入られるのでしょうか? それよりいっその事マルゲリータ様とペコリーノ様がご夫婦で経営に当たられればよろしいかと」


 私の提案にリカルド氏とジョゼッペ氏が賛同する。

「そうだな。ペコリーノは工場の権利も持っているのだし領内のことも一番にわかっている。マルゲリータはパルミジャーノ紡績株式組合の立ち上げからのメンバーで役員だ。これほど最適な組み合わせは無いだろう」

「新株主の満場一致でこの議案は可決だな」


 …モチロンここまでの流れは全て猿芝居である。

 宮廷貴族たちにはグリンダが根回ししている。ライトスミス商会が九掛けで購入することを伝えてあった。それにコネリー子爵家にはストロガノフ子爵からいくばくかの補填が入っている。


 パルミジャーノ州の面々はウルダ子爵家には弟君に話が入っており、パルミジャーノ紡績組合が経営を引き継ぐことで同意が出来ていた。

 株式についても昨年の出資者会議の段階でクルクワ家に借金の返済を迫る事は火を見るより明らかだった。

 だから五十一株である。あの段階で議決権は握れたのだから後は決算を待つだけだった。ほぼエドの書いたシナリオどおりである。

 そもそもクルクワ家に余剰の資金など有るはずが無い。すべてライトスミス商会が出しているので単なる名義貸しなのだ。実際の経営権は初めからライトスミス商会に有った。

 今回さらに買い増して実質ほぼすべての株式はライトスミス商会の物だ。今後のエドの構想では‥‥、まあそれはこれからのエマ姉とグリンダの働きにもよるんだけれどもパルミジャーノ紡績組合と合併して王国のリネン紡糸を一手に処理して行こうと考えている。

 今回の件での最大の誤算はペコリーノ氏が予想以上に使えた事とリコッタ伯爵が予想をはるかに超えて愚かだったことだろうか。

 二年かける予定だった計画がたった一年…実際は出資者会議でほぼ終わっていた。

 全ては出来レースだったのだ。リコッタ伯爵とライオル伯爵を除いて…。


「嘘だ! こんな事あるはずが無い! おかしいではないか、認められんぞ。クルクワ男爵、そのほうが企んだのか! 返せ!! わしの金を工場を返せ!」

「落ち着かれよリコッタ伯爵。昨年の出資者会議で全て貴公が自分で行ったことだろう。弟のペコリーノも貴公が追い出した上に持参金と株式を引き換えにしたのも貴公が言ったことだ。その上このストロガノフに証人になれといったな。子細間違いあるまい」


「なあ、リコッタ伯爵殿。少々疲れが出ているのではないか? 少し静養でもして気を休めては如何かな」

 シュトレーゼ伯爵が怪しいことを言い出した。

「この際弟夫妻に領地の経営も任せて一休みするのも手かもしれんぞ」

 ストロガノフ子爵も賛同し始めた。

「リコッタ伯爵。貴公にはまだ後継ぎが居らんな。実家に帰った奥方ともう一度撚りを戻して子作りに励んではどうだ。北部の奥方の領地に出かけてみればどうだろう」


「シュトレーゼ伯爵?! いったい何を申しておられる? わしをどうしようと言うのだ? あんな北の外れの子爵領になどに用など無い。妻もあちらが勝手に出て行ったのだ。撚りを戻すとか意味がわからん」

「判らぬならこの俺が引導を渡してやろう。引退せよリコッタ伯爵! このストロガノフ子爵家を侮り近衛騎士団の貴族に舐めた真似をしてそれで済むと思っておらんだろう。近衛騎士団を敵に回したこと心底後悔させてやる」


「我々、宮廷魔術師たちも近衛騎士団と天秤にかけられて弄ばれて、それでも笑って終わらせるほどは甘くないぞ。不本意だが近衛騎士団とは共闘を組ませてもらう。すべてを弟夫妻に任せて当主の座も譲れ。お前は隠居しろ、奥方殿の領地でな」

「馬鹿な! 何の権限が有ってその様な事を…」

「権限など無いが、近隣領主から恨まれて近衛騎士団とその上我ら宮廷魔術師からもここまで憎まれて貴族として立ち行くとお思いか」


「まて、まてストロガノフ卿。なにを勝手な事を申しておる。ふざけるな、二人は我がクルクワ男爵家の跡取りだ。そんなことワシが許さんぞ」

「由緒ある伯爵家を取り潰させるような事は出来んだろう。違うか? 男爵家とはやはり家格が違うのだよ。クルクワ男爵はこれから男子でも儲けてはどうだ。それともマルゲリータ嬢の子供でも跡取りにすればどうだ」

「そこまでしてクルクワ家の邪魔をしたいのか。そこまでワシが憎いかストロガノフ!」

「思惑通りにペコリーノを押し付けたと思ったのだが、この一年で化けおったし娘が跡継ぎではと思えば男勝りの性格でなかなか思い通りに行かんわ」

 これは予想外だった。

 ストロガノフ子爵はクルクワ男爵が余程に嫌いなようだ。これも想定外だ。


 クルクワ男爵は怒りに身を震わせている。マルゲリータとペコリーノの夫婦も当惑気味だ。

 伯爵家を継いでも経営状態の悪い不良債権のような領地だ。おまけに治安も最悪である。苦労する事は目に見えている。

「それでもやはり其方ら夫婦に後を継いでもらわねばならんぞ」

 レッジャーノ伯爵が話に割り込んできた。

「クルクワ男爵には悪いが、この領地をこのままリコッタ伯爵に任せる訳には行かん。パルミジャーノ州の総意としても州内に不安の元凶を残す訳には行かんのですよ。その為なら我らレッジャーノ家も全面的に協力する。他家も皆協力してくれるはずだ」


「しかしそれではクルクワ家が…」

「ストロガノフ子爵が言われる通りの方法もある。まだクルクワ男爵もお若いのだから直ぐに引退と言うお年で間無いでしょう。お孫様が跡取りになってもパルミジャーノ州を上げてバックアップも致しますぞ」


 結局リコッタ伯爵は引退に追い込まれ、奥方の領地へ静養と言う形で追放された。

 リコッタ紡績株式組合は新たに領主となったペコリーノの妻マルゲリータが代表として経営にあたる事になった。

 リコッタ領の改革は色々と難題も有るだろうが、領民に人気のあったペコリーノが領主になった事で領民の協力も得られそうだ。


 ちなみにクルクワ男爵家では奥方のマーガレット様が妊娠したとの情報が入ってきた。

 …男爵頑張ったんだ。

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