閑話18 ジャックのクエスト(3)
◇
ひと月ぶりにゴッダードに帰ってきた。
と言ってもクエストが終了したわけじゃあねえ。やっと半分終了ってとこだ。
いつもの様に聖女様の護衛クエストの途中だ。
南部の村々を回ってやっとゴッダードのたどり着いた。
今回は聖女様の訪問先の一つにゴッダードが入っているからこの街でしばらく滞在した後、またグレンフォードの街の大聖堂迄西部の村を回りながら送り届けなければいけない。
それでも俺の地元だし、この街に聖女様に手を出すようなヤカラも居ない。
旅の中休みでゆっくりできるし、気心の知れた仲間たちもいる。
ジャンヌ様にもゆっくり寛いで貰いたいしな。
なによりジャンヌ様もお嬢に会いたがっていたし、セイラカフェの料理も食いたがってたしなあ。
ライトスミス商会の支店は南部や西部ならどの州の州都にも必ずあるけれど、セイラカフェが有るのはゴッダードとパルメザンと後はハウザー王国のメリージャだけだしな。
最近じゃあ周辺の州でも聖教会教室で優秀な娘は、ゴッダードのセイラカフェに働きに来るようになってからそのうちにグレンフォードにも作るんじゃないかなあ。
まあそんな訳でジャンヌ様を連れて俺とポールとピエールの三人が護衛兼案内役でゴッダードの街に繰り出す事になった。
「人が…人がすごく多いですねえ。それに人属だけじゃなくてハウザー王国の方々もすごく沢山いらっしゃるのですね」
ジャンヌ様は通りお歩きながら感嘆の声を上げた。
昔から人通りは多かったがここ数年で一気に倍くらいに増えちまったからなあ。
元々獣人属の多い街だったけれど、今はハウザー王国だけじゃなくて他所の州からもブリー州に移ってくる獣人属も多いからな。
「ジャンヌ様。ここで暮らしている獣人属の人も多いんですよ。セイラカフェやライトスミス商会はもとよりライトスミス木工場も沢山獣人属の職人を雇っているし。それにこの街じゃあ読み書きと算術が出来る奴が多いから、商店や商会に雇われてるものも多いんだよ。他所の州からも聖教会教室を出て働きに来るものも多いからね」
街の巡回などでその辺りの事情通であるポールが説明する。
「羨ましい限りですね。他州の村々では算術はまだしも読み書きは中々必要を感じていない人が多いですからね」
「それでもブリー州じゃあ契約書でも通達でも読めた方が損をしないって言う意識が出来てきたから農家でも字を習う人が増えております。女性の方でも算術と読み書きは必要だとおっしゃる方も」
ピエールは聖教会の修道士として最近はドンドンと魔法の腕を上げている。特に回復魔法や治癒魔法を重点的にヘッケル司祭様から指導されている。
「そう言うところはレスター州はまだまだですね。農村は皆保守的でなかなか分かってもらえません」
そう言ってジャンヌ様は溜息をつく。
「まあ、難しい事は後にして今日は甘い物を一杯食おうぜ。さあジャンヌ様、そこがセイラカフェだよ」
ジャンヌ様が一番楽しみにしていたセイラカフェに案内する。
店は今日も賑わっていた。
事前に連絡をしておいたのでナデテが奥の席を確保してくれている。
「ピエール様だ」
「ピエール修道士様がいらしたわ♡」
「今日は教室の日でも無いに…でもラッキー」
「あの一緒に来た女は誰」
俺たちが席に着くと周りの女性客からの視線と囁き声が聞こえる。
ジャンヌ様は分らないようだが、俺は職業柄五感を澄ます事に長けている。小さな囁き声も聞き取れる。
ピエールは聖職者になって正解だ。あいつが俺みたいな冒険者になってたらぜってえ女関係で刺されてたろう。
ジャンヌ様は挨拶に来たナデテを伴って店内の展示物を見て回っていた。
「お店がショールームも兼ねているのね。こちらのソロバンは可愛い色で素敵」
「ソロバン? ショール―…? そちらのアバカスは女性が嫁入りに持って行くので外枠に装飾を入れていますぅ。こちらは子供用で珠を塗り分けていますぅ」
「こちらの家具は百合の花の彫刻かしら。こちらは大きな薔薇なのね」
「これはゴルゴンゾーラ公爵令嬢のアイディアですのぉ。とても評判がよいのですぅ」
「まあ、公爵家とも交流が有るの。そう言えばこちらのレシピはロックフォール侯爵家から提供されているとか」
「ええ、あちらのアントルメティエでいらっしゃるダドリーさんからご提供いただいてますぅ」
「…やっぱり」
「?」
「セイラ様はヨアンナ・ゴルゴンゾーラ様やファナ・ロックフォール様ともお親しいのですね」
「最近はヨアンナ様と新しいお仕事を計画していらっしゃるので、こちらに見えられた事も御座いますぅ。なんでもハウザー王国と友好を深めるお仕事とか…」
「ああ、セイラ様はそちらも気を配ってくれているのですね。本当にお会いしてお礼を申し上げたかったのだけれど…残念です」
「今回は旦那様もご一緒でハウザー王国へ行かれてますから…」
「そう言えばハウザー王国から聖職者がアヴァロン州にいらっしゃるそうです。それもセイラ様が…」
「きっとそうですぅ。セイラお嬢様はクオーネの獣人属の事を気にされてましたから」
「しかしほんとにみんな居ないなあ。ルイスもルイーズもいねえんだもんな」
「久しぶりに従兄妹に会いたかったのか?」
「別にルイスの馬鹿野郎はどうでも良いんだよ。ルイーズにジャンヌ様を紹介したかっただけだよ。あいつは見どころがあるからな」
「それよりジャンヌ様、ご注文の品をお持ちしましたぁ。卵シロップのトーストとクリームとフルーツのファナセイラですぅ」
「甘酢漬けのチキンフリッタも美味いぜ。それにパルメザンのカツレツを挟んだファナセイラもガッツリ食えて…」
「ジャック、ジャンヌ様はお茶に来たんだぞ。お前みたいにいつも飢えてる奴と一緒にするな」
「ポールの言う通りだぞ。ジャックもいい年なんだからもう少し上品な喋り方に改めろ」
「おっ…おう。ジャンヌ様蒸したチキンのファナセイラも美味しゅうございますです…」
「ジャック、気持ち悪いからその喋り方はやめるのですぅ」
「アハハ、ジャックさんそれではそのチキンサンドもいただきます。それに一緒に挟んであるコールスローサラダもとても美味しいわ」
「…よっ、喜んでもらえたらそれで良いや。でももっと旨い物もいっぱいあるんだぜこの街にはよう」
「また夜にでもハバリー亭に行けば美味しい物がたくさんありますよ」
「ポール、ジャンヌ様もお付きの聖導女様たちもあまり贅沢はなさらないんだ。ハバリー亭は高級過ぎて俺たちじゃあいけないけれど、セイラカフェでも頼めば同じ物が食べられるから夜にでもグレンフォードの聖導女様たちといらして下さい」
「ええ、ぜひそうさせていただきます。ナデテさん宜しいでしょうか?」
「ええ勿論ですぅ。腕によりをかけて美味しいもの一杯用意してお待ちしていますからぁ」
「でもセイラさんはゴルゴンゾーラ公爵家やロックフォール侯爵家ともお付き合いが有るのですね」
「ああ、ロックフォール侯爵令嬢って言うかファナ・ロックフォールなら俺たちも知ってるぜ。何年か前にゴーダー子爵様のお茶会の手伝いに行った時に会った事が有るぜ」
「ゴルゴンゾーラ公爵家の姫様なら今はライトスミス商会の経理のエマさんとアヴァロン州で悪巧みをしていますぅ」
「なあナデテ、お前エマに容赦ないなあ。エマってお前の姉貴分だろう」
「ではエドの悪巧みをエマさんが実行しているんですぅ」
「ナデテさん。セイラ様にあまりヨアンナ・ゴルゴンゾーラやファナ・ロックフォールに関わり合いにならない方がよいとジャンヌが言っていたと伝えていただけないでしょうか」
「えっ? 何故なんでしょうか?」
「本当は私にも関わらない方がよいのですよ。私にも彼女達にも悪い運命が待っているんです。私はペスカトーレ枢機卿やストロガノフ子爵家とファナはフラミンゴ伯爵家やシュトレーゼ伯爵家とヨアンはラップランド王家や宮廷貴族たち全般と対立しているんです。このままではその争いにセイラ様も巻き込まれてしまう」
「「「「へっ…?」」」」
「ですから私たちは‥‥」
「エーッと…。そいつらは全員ライトスミス商会の敵ですよねぇ。ゴッダードの街のみんなの敵ですよねぇ。ならジャンヌ様もヨアンナ姫様もわたしたちの同志ですぅ」
「あいつらは俺の父ちゃんの仇じゃねえか」
「そうですよ。聖女様の命を狙った奴らでしょう。わたくしども清貧派の敵ですから」
「そうそう、お嬢は平民や獣人属のを搾取する奴らをブッ倒すって言ったるから絶対やめないぜ。お嬢は頑固だもんな。それにグリンダやエドやエマがついてるからぜってえ失敗しねえから。ジャンヌ様は安心して任せりゃあいんだ」
「そうですぅ。セイラお嬢様はジャンヌ様のなさる事は私たち獣人属の為になる事だからって仰ってます。今度はクオーネで獣人属の子供たちが聖教会教室に行けるようにヨアンナ姫様と約束していらしたのですから」
「‥‥」
「ジャンヌ様泣かないでください」
「聖女様、俺達何かヤバいこと言いましたか。お気を悪くされたならすみません」
「いいえ、いいえ。皆さんありがとうございます。セイラ様にもお礼を…」
何かわからないけどジャンヌ様を泣かせてしまった。
失敗したかなあ。
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