セイラ 15歳 アヴァロン州

閑話19 ジャックのクエスト(4)

 ◇◆

 ジャンヌ様は俺たちがはげませば励ますほど落ち込んでしまう。

 自分の為に沢山の人が命を落としてきたのに、この上沢山の人に迷惑をかけて自分が生きているのが辛いって。

 難しい事話分かんねえ。でも俺の父ちゃんはきっと後悔してねえと思う。

「なあジャンヌ様。俺の母ちゃんが言ってた。冒険者パーティーなんてヤクザな商売で、命を切り売りしているようなもんだったけどこの先何千人もの命を助けてくれるジャンヌ様を救えるのなら文句なんてねえって」

 ジャンヌ様が驚いて顔を上げる。

「違うぜ! 命を粗末になんてしねえよ。俺の父ちゃんも母ちゃんも根無し草の冒険者だったそうでいつ死んでもおかしくなかったんだってさ。それが聖女様ジョアンナ様の護衛について、騎士団長と知り合って考えが変わったって。つまんねえ死に方は絶てえしねえって、だから生きる理由を作るために結婚して俺が出来たって。だからな、その聖女様の忘れ形見を守る事が恩返しだから、父ちゃんも後悔なんてしてねえって言ってた」

「それは…違います」

「いや違わねえ。ジョアンナ様がいたから俺が生まれたんだ。それにジャンヌ様がいたから母ちゃんは戦いに出なかった。最悪、俺とジャンヌ様を連れて逃げ延びる為にと父ちゃんに託されたからだって。だからジャンヌ様がいなければ母ちゃんも死んでたんだ。俺も孤児で悪くすりゃあ野垂れ死んでた。それがこうやって冒険者だぜ、お嬢のお陰で読み書きも帳簿付けも出来るからギルドでも一目置かれてんだぜ。だから胸を張りなよ、私が母ちゃんと俺を救ったんだって」


「そうですよ聖女様。私たちも一緒に回った村々で病から回復した人たちの顔を見て来られたでしょう。聖女様のお陰で田畑の恵みも…」

「おい、ピエール。お前修道士になって回りくどくなったぞ。何言ってるか分からない。なあ聖女様もっとお嬢みたいに割り切れば良いんだよ。お嬢はなにも聖女様の為だけに仕事をしてる訳じゃあないんだ。ちゃんと自分の利益は守ってその余りで聖女様の支援をしてるんだ。お嬢も儲かって働いてるみんなも儲かってウィンウィンだって言ってたよ。聖女様の事だって聖教会や獣人属や農家の儲けにもなてるけどお嬢もキッチリ儲けてる。損になったように見えても次の儲けの先行投資なんだから聖女様が気に病むことなんてないんだよ」

 ポールの奴、お嬢の儲け話をよく知ってるなあ。そういやあパブロもパウロもお嬢の商会で働いてたっけ。ルイーズもお嬢の側付きで頑張ってんのにルイスの野郎は何やってんだか。


「ポールさん。そんな事は有りません! セイラ様はきっと‥‥」

「そんな事有るだろう」

「お嬢なら、儲けの出ないことなど致しませんよ」

「そうそう、付き合いの長い俺たちが言うんだから間違いないよ聖女様。なあナデテお前もそう思うよなあ」


「ナデテさん。そんな事有りませんよねえ」

「‥‥えっ!? いえ…あの。セイラお嬢様なら…みんなが儲かるようになさると思うのですぅ」

「ナデテ、うまく言い逃れやがったな」

「転んでもただで起きないって言うけど、お嬢は転ばないもんなあ。転んだふりして足を掬って転がす方だから」

「まあみんなが儲かるって事で間違いねえけどな」

「そうなのですぅ。セイラお嬢様はみんなが笑顔にならないと気に入らないんですぅ。だから聖女様も笑顔にならないとセイラお嬢様が拗ねてしまいますぅ」

「だからジャンヌ様。お嬢が巻き込まれたように見えたらそれは相手の足を掬う為に屈んでるんだ。見てなって気付いたら相手を転がしてるから」

「ウフフフフ、そうですね。セイラ様にはまだお会いしたことは有りませんけど、皆さんがそう言うならきっとそうなんでしょう。それならばナデテさん、セイラ様が戻られたならジャンヌがお手伝いできることが有ればなんなりと言って欲しいと申していたと…その代わりにグレンフォードの街にも大きなセイラカフェを開いて甘いものを沢山メニュー載せて欲しいと言っていたと伝えて下さいませ」

「はい、必ず伝えますぅ」

「それから私の考えたメニューも検討していただこうかしら。お店で聖霊歌隊に歌を歌わせてもらえればもっと嬉しいわ。聖霊歌隊の子供達には美味しいものをたくさん食べさせてあげたいし」

「それはきっとエマさんが飛びつくのですぅ。エマさんの書いた契約書が聖女様の元に届くのでチャンと交渉してください。エマさんの言う通りにすると損をするのですからぁ」


「その意気ですよ聖女様。エマなんかに後れを取っていてはいけません。あいつは金儲けの手段を選びませんからね」

「そうだね。あいつが一を出せばその三倍をむしり取る算段をしてるんだ」

「私も見習い時代からアバカス教室の講師をさせられていましたが、エマの目的はお嬢の考えてた算術の普及じゃ無くて私をダシにしてセイラカフェに客を集める事だったんですよ」

「そうそう、メイドカフェもメイドの養成にかこつけてリバーシで荒稼ぎを考えてた」

「エマの暴走を止める為にお嬢が聖教会にリバーシの権利を打ったんですからね」

 ポールとピエールのエマへの悪口が止めどない。ジャンヌ様はそれを聞いて笑い転げている。


「なあジャンヌ様。聖霊歌隊ってなんだ?」

 おれはさっきから疑問に思っていたことを聞いてみた。

「お前、ジャック今更何を言ってるんだ」

「そうですよ。ジャック、以前ここに居たフィデス修道女見習いが熱心に練習していたでしょう。聖教会でみんなの前で歌う子供たちが居るでしょう」

「俺はあの”我が家に勝る場所は有りません”って言う歌詞の歌が好きだな。それから

 ”恋しい家こそ私の青空”ってやつも」

「…スウィートホームやブルーヘブンですか」

「ポール、それはどちらも聖女様がお作りになった曲なんだよ」

「ひぇー、そうなんだ。すごく幸せな気持ちになれる曲だぜ。これって聖女様の育った…ゴメンそう言うつもりじゃあなかったんです。あの…」

「大丈夫ですよ、ポールさん。お爺様とお婆様と本当に幸せに暮らせていたんです。あの思い出が有るから私は挫けずにやって来れたと今気づいたんです。それに皆さんとこうして何度も旅をして、帰って来れるゴッダードもグレンフォードも大切な我が家ですもの。もう挫けません」


「あのな…それで聖霊歌隊って言うのは…」

「だ、か、ら…聖女様の作った歌を唄う聖教会教室の子供たちのグループです。ほらフィディスがセイラカフェで子供達と一緒に歌っていたでしょう。”世界に愛の歌が有ったらみんなが唄える”って言う歌を覚えていませんか」

「…エッと、カンタータですね。歌詞は違うけど…」

「ああそれなら知ってるぞ。何かすごく元気が出る感じの歌だったな。そっか、そっかあれを唄うのか。母ちゃんも好きだって言ってたしなあ」

 何故か聖女様は真っ赤になっていた。


「そう言われると恥ずかしいのでやめて下さい。罪悪感が半端ありません。私の才能ではありませんから。先人の曲のアレンジです」

「そう御謙遜なさらずに、聖導女様たちも司祭様たちもこんなに素晴らしい曲は聞いたことが無いと仰っておりましたよ」

「いえ、もう褒めないでください…」

「お嬢もササクレ立った気持ちが和むとか言ってたなあ」


「そう言えばセイラ様は歌はお好きなのですか?」

「好きみたいだけど、変なガチャガチャした歌ばかり歌ってるなあ。”ちっちゃな頃から小っちゃかった”とか”お姫のみかんは世界一、命の水だボンジュース”とか変な歌を唄ったり”ゼェッートッ”とか叫んでたり、”アニキは最高”とか言ってたなあ」

「でもお嬢は聖霊歌隊の歌は好きでよく聖教会に聞きに来ていましたよ。聖霊歌を聞くのは大好きなようでしたから」

「それでしたら、ぜひセイラ様に私の好きな曲をお教えいたします。本当はとても昔の曲で題名も無くてロンドンデリーの唄って言われてたんです。いろんな人がいろんな歌詞で歌ったそうですが、私の好きな歌詞は人生の岐路で決断する歌詞。一人じゃないから、歩いてきた道を信じて進めば夜明けが来るって言う歌詞です。…世界の半分は私、そしてもう半分はセイラ様だと思うから」

 そう言うとジャンヌ様はきれいな声で唄い出した。

 ”一人で心を隠して膝を抱えていたわたし…あなたはこの世界の半分”

 そんな歌詞が俺の心に沁み込んできた。六年前、母ちゃんに捨てられたと思って拗ねてた俺たちに道を示してくれたのはお嬢だったよな。


「世界の半分? どういう意味だ?」

「セイラ様は太陽の様にすべてを照らす人。私は夜の闇を照らして導く月のような者です。世界の半分はセイラ様、もう半分は私。だから歌詞と楽譜をセイラ様にお贈り致します」

「きっとセイラお嬢様も喜ばれますぅ。連絡を入れてアヴァロンに届けるように手配いたしますぅ」

 ナデテが嬉しそうにジャンヌ様に約束している。

 俺にとってはジャンヌ様もお嬢も道を照らしてくれる太陽だと思う。

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