第117話 開店セレモニー(クオーネ)

【1】

 わずか半年余りで、ライトスミス商会の存在感はクオーネの街で非常に大きなものになっていた。

 一年前から各州の中心都市にセイラカフェを順次開店させているが、ここクオーネのセイラカフェも開店してから三カ月。客の入りも増えて盛況である。

 特にクオーネのセイラカフェには特設のショールームを兼ねたホールがある。そこで定期的にアバカス教室や数学の勉強会などが開かれているが、最近ではフィデス修道女見習いが週に一度開く聖霊歌の合唱がとても人気になっている。


 特に聖女ジャンヌの作る聖霊歌は斬新で美しいと評判で、グレンフォードの大聖堂の聖霊歌隊はとても有名で、大聖堂では度々合唱会が開かれているそうだ。

 ゴッダードでもセイラカフェで時折聖霊歌のコンサートが開かれて人気も有った。

 フィディスが修道女見習いになったのは、聖霊歌隊に憧れたからも有るのだが、好きこそナントやらで努力もしていたし才能にも恵まれていた様だ。

 あっと言う間に聖霊歌隊のリーダーになっていた。


 グレンフォードと同じ教区になるゴッダードでも聖女様の聖霊歌が盛んになりフィデスは、その才能も有って聖霊歌の楽譜の習得も早かったそうだ。

 私(俺)は余り音楽の知識は無いが、わりと馴染みの有るような音楽が多くクラシックや古いジャズみたいな曲で懐かしい気持ちになる。


 その聖女様から私の為にわざわざ曲が送られてきた。

 私(俺)は楽譜が読めないのでどんな曲か分からない。それでフィデス修道女見習いのコンサートでお披露目して貰う事になった。

 私(俺)はヘヴィメタとアニソンぐらいしか聞かなかったから余り聖霊歌みたいな音楽は知らないが、岐路と名付けられたこの曲の”私たちは直ぐにこの国で出会うよ。あなたはこの世界の半分”ってとてもいい歌詞だと思った。

 多分来年には本当に出会う事になるだろう。

 フィデス修道女見習いがコンサートで唄ってくれた曲は、生前冬海が好きだったアニメ監督が作った進学塾のCMのBGMとそっくりで少し涙してしまったの秘密だ。


 まあそんな事も有って余り色々な音楽も普及していないこの世界では、コンサートなど目新しい物には違いないようだ。

 ハウザー王国からの商人やこの街で暮らす獣人属たちはもとより、そしてクオーネの商人達に大人気になっている。

 そのお陰かフォアちゃんも結構な人気になっている。

 …ただ一番人を集めるイベントは、エマ姉が仕切るリバーシトーナメントなのだけれど。


 そんな訳でクオーネの少女たちの間ではセイラカフェのメイドと、フィデス修道女見習いの率いる聖霊歌隊に入りたいと言う希望者が聖教会教室に通うようになった。そもそも識字率の低かったこの国で特に女性の識字率は男性の半分以下だったのが、聖教会教室では半数が女性になっている。

 なにせ聖霊歌隊では歌詞が読めない事には歌えないのだから。


 そして何よりクオーネ中で存在感を主張している事業が、エマ姉の仕掛けた食堂の配達請負である。

 ライトスミス商会のマヨネーズ販売と抱き合わせがいつの間にか本家以上の人気になりクオーネでの商会の顔になってしまった。

 猫耳少女の顔にイラストの下にライトスミス商会のロゴが書かれた大きな四角いリュックを背負って街を駆け回る子供は注目の的だ。


 それに預り証と領収書が手渡されることでの信用が何より大きい。

 特に配達人をやっていたと言う肩書で、商家から働き口の声が掛かる。ライトスミス商会が身元保証をするので有力商会からも引く手あまただ。

 頼る伝手を持たない子供たち、とくに少年たちに大人気だ。


 一部の商会からは即戦力で伝手で採用する見習いより数倍熱心に働く配達請負の子供たちの方が役に立つと評判で、聖年式後の採用を全て配達請負人に変えたところもある。

 クオーネのライトスミス商会は配達代行とセイラカフェの子供たちのお陰で、短期間でゴッダードに並ぶ信用を獲得していた。


 そして今日は満を持してのサロン・ド・ヨアンナの開店である。

 旧市庁舎の立派な建物の一・二階を一気に改装している事から話題にはなっていたが、玄関ホールの中央に設けられた強大な大階段がさらに話題を呼んだ。

 サロン・ド・ヨアンナの入り口は大階段の上、二階にあるのだ。

 そして各談話室からはホールや外や中庭の庭園そして旧市庁舎の広場を見下ろせるバルコニーが付いている。

 そして一階は大きな厨房と召使いや随行員の控室兼談話室となっている。厨房の料理は巻き上げ式の昇降機を使って二階に運ばれて行く。

 街中の人々が広場や玄関ホールの前に集まっていた。そしてバルコニーと大階段を憧れと興味で見上げている。


 一階の玄関ホールには聖霊歌隊が勢ぞろいして厳かに聖霊歌が唄われ、それを合図に二階の店内から各地のセイラカフェから選別されたメイド達が、真新しいメイド服を着て静々と現れた。

 そして階段の左右の両端に一人づつ並んで立つと、階段の上を見上げて頭を下げる。

 そのお階段の壇上から煌びやかなドレスに身を包んだヨアンナ・ゴルゴンゾーラがゴルゴンゾーラ公爵と現れた。

 ヨアンナは聖霊歌隊の歌声に包まれて、侯爵にエスコートされながらゆっくりと階段を下りてくる。


 階段下のホールに降り立つと集まった大観衆に一礼してよく通る声で宣言する。

「本日は私の店サロン・ド・ヨアンナの開店に集っていただいて感謝いたします。さあ選ばれた貴婦人たちが集う新しいサロンの幕開けかしら。選ばれしプリンシパルのティーパーティーの為のサロン、サロン・ド・ヨアンナが今開店いたしますわ」

 そしてヨアンナの宣言と共に階段に並んでいたメイド達がバスケットを持って玄関ホールの外に出てきた。

 それと同時に二階のバルコニーの扉が開きバルコニーからはライトスミス商会の職員やゴルゴンゾーラ家の使用人たちが同じようなバスケットを持って並ぶ。


「さあ、お集りの皆様方。今日はゴルゴンゾーラ家からのプレゼントかしら。プリンシパルティーパーティーのメニューの一つをご試食いただこうかしら。デニッシュブレッドをご賞味あれ!」

 その声と同時にバルコニーから一口サイズの葉っぱに包んだデニッシュが投げられる。

 上棟式の餅撒きを真似て私(俺)が思いついたのだが、ゴルゴンゾーラ卿が面白がって採用したのだ。


 表のバルコニーの下には人々がひしめき合ってデニッシュをキャッチしている。

 二階のバルコニーから投げている職員たちは群衆を分散させるために彼方此方に投げ分けているが、群衆もそれを追って右に左に走り回っている。

 一階の玄関ホールに降りていたメイド達は群衆の隙間を縫って人混みの後ろに行くと、前に近寄れない老人や子供に手ずからデニッシュを配って回る。

「取られないように早くお食べなさい」

 そう言いながら配って回るメイド達はさすがに我がセイラカフェの精鋭たち。優雅にそれでいて人混みにもまれる事無くスイスイと仕事をこなして行く。


「「銅貨が入ってる!」」

 群衆の中から神殿たちの声が聞こえる。実はメイドが配っているデニッシュにだけコインが入れてあるのだ。

「それは良い子へのご褒美かしら。欲張らずに奥ゆかしく我慢していた子供にだけ届くご褒美なのかしら」

 ヨアンナの声がする。

「「「ヨアンナ様、ありがとう!」」」

 あちこちで声が上がる。もちろん数人のサクラを仕込んで言わせているのだが、それに合わせてあちこちから賛同の声が上がる。


「「「「ヨアンナ様万歳!!」」」」

「「「「公爵様万歳!!」」」」

「「「「ゴルゴンゾーラ家万歳!!」」」」

 旧市庁舎前にはゴルゴンゾーラ公爵家を讃える声がこだまする。


 私たちは向かいの聖教会工房の二階の窓から様子を見ていた。

「良いのか? ゴルゴンゾーラ公爵家だけが名前を売って。出資者のライトスミス商会は陰に隠れているぞ」

 ゴルゴンゾーラ卿が私を見下ろして言う。

「私はモブですから貴族の間にいらぬ評判を立てて目を付けられるよりは陰でこっそりと動く方が似合っておりますので。表立って波風を立てるより、密かにサンペドロ辺境伯家との通商で儲けさせてもらいます」

「モブ…? どの口が言うやら。お前のような者を黒幕と言うんだぞ。まあ平民がうかつに前に出過ぎると刈り取られるからな。しかしその年でそこまでやるとはな。返す返すも其方が貴族でないことが残念だ」

 ゴルゴンゾーラ卿がまた何か言っているけれど、私は今の身分が一番だ。

 少なくともあのろくでも無い攻略対象達と関わることが無いだけでも儲けものだ。

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