第118話 開店セレモニー(サンペドロ領1)
【1】
メリージャ第一城郭のサンペドロ辺境伯邸とダルモン伯爵邸の間に位置する辺境伯家の別邸が改装されてサロン・ド・ヨアンナが開店された。
別邸前に集まっているのは、開店の披露も有りすべて来賓として招かれた招待客ばかりだ。
ヴェロニク辺境伯令嬢の挨拶に続きサロンのメイド達が来賓客たちの胸にバラの花を付けて行く。
来賓は周辺州の貴族たちそれに続いて州内の領主貴族、その後に綿花貿易に関わる商人達が入場してくる。
入り口では執事然とした服装で直立し微笑むコルデーとその横に並ぶグリンダが、来賓に頭を下げる。
クローク係が帽子や杖を預かると、来賓を先導してサロンメイドが席まで案内する。そしてそのまま給仕としてテーブルに付き周辺に気を配る。
サロンメイドはもちろんセイラカフェの精鋭たちだ。
全ての客が席に着いたと思われたタイミングで、従僕から更なる来賓到着が告げられる。
全員の目が入り口にそそがれる中、サンペドロ辺境伯とヴェロニク辺境伯令嬢を従えて入場してくる小柄な人影が有った。十代の初めと思しき少年である。
「ハウザー王国第二王子、エヴァン・ウィリアムズ様ご到着で御座います」
従僕の紹介の声に全ての客たちが一斉に立ち上がり深々と頭を垂れた。
コルデーの顔に一瞬驚愕の表情が走ったが直ぐに微笑み顔に戻った。グリンダも驚いている様だが、さすがに表情は一切崩さない。
この来賓はグリンダもコルデーも事前に知らされていなかった。
「辺境伯様の隠し玉の様ですね」
小声で告げるコルデーにグリンダは感情を殺した声で答える。
「少し計画を練れ直さなければいけませんね」
中央の主賓席に到着した王子は周りを見渡して言う。
「本日はサンペドロ辺境伯の招きに応じてお忍びで参った。皆も気にせずに面を上げて寛いでくれ」
客たちがゆっくりと顔を上げる。
王子が席に座り続いてその両脇にヴェロニクと辺境伯が腰を掛ける。それを合図に他の客も着席する。
グリンダは静かに主賓席に歩み寄ると王子の後ろに位置しガードの態勢取った。
ダルモン伯爵がゆっくりと歩み出る。
「ご来賓の皆様方。本日は選ばれた貴賓たちの社交の場としてサロン・ド・ヨアンナを開店いたします。まさに選ばれしプリンシパルの為のティーパーティーをご堪能下さい。これまでハウザー王国にはなかった甘味や料理をご賞味いただきながら身分を越えて選ばれた方々の交流を図るための茶会の場としてお楽しみください」
その挨拶に間髪を入れず王子からの声が掛かった。
「なんでもハスラー聖公国やハッスル神聖国にも無い料理と言うではないか。ラスカル王国でも一部の物しか知らない料理や今回初めて供される料理も有ると聞いて楽しみにしていたのだ」
「王子、お飲み物は如何致します?」
ヴェロニクが聞く。
「そうだな。コーヒーが良いのだが…今日は暑いので先ずは水で良い」
どうも見栄を張っている様だが苦いコーヒーは苦手のようなのだ。
「王子。それならばこの店の新趣向で、クリームのタップリ入った冷たいコーヒーが御座います。一度ご賞味されては如何でしょうか。このヴェロニク、苦い物も熱い物は苦手なのですがこれはとても美味しかったので…。王子様には物足りないでしょうが甘味好きの女人お勧めと思ってお付き合いください」
さすがは上流貴族令嬢である。グリンダは、卒なく王子の顔を潰さず誘導したヴェロニクに少々感心する。
グリンダはシャルロットに小声で合図すると、特製のクリームアイスコーヒーを持って来させる。
水でゆっくりとドリップした濃い目のコーヒーを地下水で冷やしたものを注ぎ、その上にタップリの生クリームを入れたものだ。
小さなピッチャーにガムシロップとミルクをタップリ入れて並べ、クリスタルのグラスに入ったクリームコーヒーには更に特別な仕掛けがして有るのだ。
「僭越ながら王子様。お好みでシロップとミルクをお入れください。こちらの銀のマドラーでかき混ぜていただければまろやかで口当たりがよくなります」
勧められて一口すすった王子は相好を崩して言った。
「美味い。これはとても気にいった」
「わたしも試作の時に飲んでとても気にいりました」
ヴェロニクが自慢げに言う。
「うん、しかしこれはコーヒーだけの味ではあるまい。何か特別な味がつけてある」
「…えっ? 私は気付きませんでしたが」
「ウーン…。そうか、これはアーモンドの香りだ」
「エッ? そのような物が? 私は気付きませんでしたが」
ヴェロニクが驚きの声を上げる。
「さらに本日の為に新しい趣向を考えました。王子様へお出しした物は今日初めてのお披露目で御座います」
ヴェロニクが忌々しそうにグリンダに一瞥をくれると王子に告げる。
「王子様、如何でございましょう。この新しい飲み物に名前を戴ければ光栄で御座います。周辺のどの国にもない新しいもので御座いますから是非お願い致します」
本来はクリームコーヒーの命名とお披露目を辺境伯にお願いしサロンの目玉に据える予定であったが、それを辺境伯側に利用されてようだ。
「うん、分かった。…それではアーモンド・ハウザーコーヒーと名付ける」
「今この飲み物の名を賜りもうした。世界で初めてのこの飲み物は、エヴァン王子によってアーモンド・ハウザーコーヒーと命名されもうした。皆様方、さあご賞味くだされ」
サンペドロ辺境伯の声に場内に拍手と歓声が上がり、一斉に注文の声がかかる。
メイドたちが忙しく行き来し始めた。
「グリンダよ。其の方仕掛けてくれおったな。油断ならん奴だ」
サンペドロ辺境伯が皮肉めいた口調で言う。
「そもそもは辺境伯よりサプライズが御座いましたので急遽趣向を変えさせていただきました。王子様もお喜びのようで何よりでございます」
「食えん奴だな。まあこの後の趣向はお前たちが締めくくるのだからしっかり務める事だな」
その横でヴェロニクが王子にスコーンやホットケーキの食べ方を説明している。
目新しい食べ物にまだ若い王子は好奇心が一杯のようだ。
「さて、それではそろそろ始めるとするか。なあ、ライトスミス商会」
グリンダが一礼して少し後ろに下がる。
サンペドロ辺境伯は立ち上がると席を離れ中央に歩み出た。
その後にコルデーとグリンダが続く。
「今日はこの開店式の招待によくぞ応じてくれた。謹んで礼を述べたい。この店は我がサンペドロ辺境伯家とラスカル王国のライトスミス商会が共に手を携えて開店した店である。日を同じくして今まさにラスカル王国でもここの姉妹店が開店しておる時間だ。…但し、規模は向こうの方がデカいが、メニューの豊富さと新メニューはこのメリージャの方が上だがな」
客席から拍手と歓声が起こる。
「何故ならばラスカル王都でも名を馳せている食の指南役が、ライトスミス商会の尽力でこの店に来賓としていらしてくれておる。他にもラスカル王国からライトスミス商会と関係の深い来賓もお招きしておる。それでは紹介致そう、ラスカル貴族きっての美食家ファナ・ロックフォール侯爵令嬢を。そしてライトスミス商会からはエマ・シュナイダー嬢。そしてゴッダード商工会からドゥアルテ・シュナイダー商会長をお招きした」
三人がテーブルから立ち上がり皆に向かって一礼した。
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