第115話 リコッタ株式組合決算報告(1)

【1】

 その日リコッタ伯爵家の大広間は異様な緊張に包まれていた。

 投資者のクルクワ男爵とマルゲリータとペコリーノ夫妻、ウルダ子爵と弟君。加えてパルミジャーノ紡績組合のリカルドとジョゼッペが加わっている。

 そしてレッジャーノ伯爵まで来ているのだ。

 何故か? ウルダ子爵家の五株をそれぞれが一株ずつ分けたからだ。


 そして他領からはライオル伯爵とコネリー子爵それにシュトレーゼ伯爵が来ている。ストロガノフ子爵とブラン男爵まで来ているのだ。

 こちらはシュトレーゼ伯爵が手をまわしてコネリー子爵の持ち株を振り分けたそうだ。


 株の持ち数で言えばクルクワ男爵家が五十一株。

 ウルダ子爵と弟、リカルドとジョゼッペそしてレッジャーノ伯爵が一株ずつ。

 シュトレーゼ伯とストロガノフ子爵が二株ずつブラン男爵が一株をコネリー子爵から購入している。

 その結果コネリー子爵は五株、ライオル伯爵が三十四株を持つ事になった。


 そして烈火のごとく怒り狂ているのはライオル伯爵。

 不機嫌なコネリー子爵。

 面白がっているのがシュトレーゼ伯爵とブラン男爵そしてストロガノフ子爵。


 パルミジャーノ州の貴族たちはそれとは一線を画して険しい表情で集まっている。

 大株主になるクルクワ男爵は侮蔑の表情でリコッタ伯爵を見ている。

 その横でレッジャーノ伯爵とウルダ子爵兄弟が深刻そうに室内の様子を見渡している。

 そしてパルミジャーノ紡績組合の三人とペコリーノは四人で何やら話し込んでいる。


 テーブルの上には酒と料理が饗されて昨年のように艶っぽいメイドが数人いるが、雰囲気にのまれて棒立ちになっている。

 部屋の中はピリピリと尖った空気が張り詰めていて、酒や女性に目をやれるような雰囲気ではない。

 狼狽気味で顔色の悪いリコッタ伯爵が立ち上がり開会を宣言する。

「ああ、皆さま。お集まり頂いきお礼申し上げる。酒も料理もふんだんに用意したので是非お楽しみいただきご歓談されよ」


「歓談の前に申す事が有ろう。我らは酒を飲みに集ったのではないぞ」

 ライオル伯爵の厳しい声が響く。

「落ち着かれよ、ライオル殿。それにいったいこの人数はどういう事であろう。株主のみの参加ではなかったのか! ライトスミス商会!」

「左様でございます。皆様株主で間違い御座いません」

 私に代わってリオニーが立ち上がり答える。

「たしかタイラー様にはその旨お伝えいたしました。株式の売買及び名義の変更については正式に書類を提出しておりますし、タイラー様から現認の書類も返却頂いております。伯爵さまのサインも入った控えも御座いますが…」

「あの、差し出がましいようですがタイラー様は如何なされたのでしょうか。当商会のリオニーとは株式組合の運営について色々と調整していただいておりましたので詳細はタイラー様がご存じかと」


「タッ…タイラーはおらん。その様な子細はどうでもよい。今日はわしが取り仕切る。領主だからな。そうだ…領主だから…わしの領地だからわしが全て取り仕切るのだ。異論あるまい」

 ペコリーノ氏が不審げにリコッタ伯爵に質問する。

「兄上。いったいタイラーはどうしたのです。それに会計のダナンも。あの二人が株式組合の業務を取り仕切っていたはず」

「当家を出たお前が詮索する事では無いわ。控えておれ!」

「そう言う訳にはいかぬのですよ。工場は私の持ち物だ。主有権がある以上口は挟ませてもらう!」

 ああ、嫁に揉まれたんだろうなこの人。たった一年で逞しくなってる。

 マルゲリータさんのドヤ顔は少々鼻に付くが夫婦仲が良好で良かったよ。


「あっ…あの二人は辞めたのだ。そうだ、能力が無いのでクビにした」

 能力云々はともかくあの二人を追い出したのは事実のようだ。グリンダが調べたところリコッタ伯爵には七年前に持参金目当てで結婚した妻がいた。北部の重鎮の子爵家の四女だそうだ。

 金目的の婚姻で初めから夫婦仲は悪く、わずか二年で持参金の大半を持って実家に戻ってしまったらしい。

 執事のタイラーはその妻が連れてきて、リコッタ伯爵の使い込んだ持参金の一部を回収させるために残していた人物だ。

 執事のタイラーとその部下のダナンはリコッタ伯爵夫人の元に帰った聞いている。

 グリンダは事実以外の余計な事は言わないが、推測するに工場の利益を管理しているタイラー氏が邪魔だったのだろう。

 組合の利益の一部を持参金の返済に充てて二人を追い出したと言うところかな。


「其方が取り仕切るならばトットと議題を進めてくれんかな」

 シュトレーゼ伯爵が面倒くさそうに先を促した。

「そうだ。株式を購入させておいて今年は配当なしとはどういう事だ! ふざけるな! パルミジャーノ紡績組合は二割以上の配当を出していると聞いたぞ。リコッタ領も収穫は落ちているが紡糸の相場が上がってかなり利益が出ているはずであろう」

 コネリー子爵が怒鳴り散らしている。

「ああ、その通りだ。少なくとも一割以上の利益は出るはずであろう」

 ライオル伯爵も憮然とした顔で頷く。


「しょっ、初期の投資も有る。工場や…なにやらの資金が要るのだ。…そうだ紡績機も買わねばならず…」

「それは我らの投資した資金で賄ったはずであろう」

「ええ、ライトスミス商会はあの時の支払い以外は一切お金は受け取っておりません。あの額で納期通りに納品致しておりますし、その後も恙無く稼働している事を確認いたしております」

「それはだ…作業員を雇う金も必要で。そうだ人を集めるのに金もかかったので」

「そんな当たり前の事を理由に挙げられても困りますわ。工場の初期投資も人件費も組合設立時の計画書に記載されてましたわ。それが配当を出来なくなるまでの齟齬をきたすとは…。非常い問題がありますね」


「貴様! 女の分際で、それにお前は株主では無いだろう。ペコリーノ! お前の妻だろうが、義兄に対して口の利き方を弁えろ」

「兄上。仕事の場で兄弟も何も関係ありません。我が夫婦の事に口出しなど言語道断ですよ。それに我がクルクワ男爵家この組合の筆頭株主であることをお忘れなさらないように。わが妻マルゲリータは次期当主ですから口を挟む権利は当然あるのですよ」

「そうですよ、リコッタ伯爵。ウルダ家は兄はともかくわたしは納得できない。税務資料の監査をお願い致したいですな。セイラ様、良い会計士をご存じなら紹介していただきたいのだが」


「男爵家や子爵家の分際で僭越ではないか! 我が家は伯爵家だぞ! みっ身分をわきまえて物を言え!」

「馬鹿にするな! 我がコネリー家は子爵家ながら宮廷での官位も戴いている。それに我らは投資家だ。身分など関係無く投資に見合った権利が有るのだぞ!」

「フン、リコッタ伯爵よ。それはこのストロガノフ子爵家に対する侮辱と心得てよいのかな。近衛を敵に回した事後悔させてやろうか!」

「それでライオル伯爵家も我らシュトレーゼ伯爵家も同格であるがリコッタ伯爵、ライオル家に五分の補填を申し出たそうだな。それは他の株主すべてに適用されるのか? 勿論そうなのだろうな?」


 シュトレーゼ伯爵の言葉に室内は騒然となった。

「どういうことだ! 隣領のウルダ家には無配当で、なぜライオル伯爵家だけそのようなことを!」

「ライオル伯爵どう言う事です。コネリー家にはそのような情報は一切流れてきておりませんぞ。自分だけ抜け駆けでも企まれたのか!」

「そっそんなことは無い。ワシは不義理なことは出来ないとその申し出を蹴った! 悪いのはリコッタ殿だ!」

「大株主であるクルクワ家を蔑ろにして恥ずかしげも無くそのような提案をしたものだ。直ちに会計監査を進言する! 財務資料をすべて提出してもらおう!」

「ああ、シュトレーゼ家もそれにレッジャーノ伯爵家も馬鹿にされてものですな。リコッタ伯爵の中ではライオル伯爵以外は補填の対象にもならん様ですぞ」

 シュトレーゼ伯爵は自分で火をつけておいて更に火事を煽るような発言を繰り返している。


「違う。それは聞いていなかった、知らなかった。なぜ? ストロガノフ殿は株を売ったではないか。レッジャーノ殿やシュトレーゼ殿は株式組合設立時に居なかったではないか」

「ですから、参加者名簿にその理由も事情も記載して伯爵もサインをしておられる。知らなかったでは通りません」

「クルクワ家は最大株主として、経営陣の解任を要求する」

 クルクワ男爵の伝家の宝刀が炸裂した。

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