閑話3 ジャンヌの不安(3) 

 ★★★★★

 ジャンヌは入ると同時にエヴェレット王女の前に歩み出て深々と頭を下げた。

 ここで少しでも横柄な態度を見せると、平民寮の生徒たち迄王女殿下を侮ってしまう。

 獣人属の王女も王子も状況はどうあれ、ジャンヌの明確な敵になるような人物ではない。

 何より自分の不注意で清貧派との関係を壊して、ハウザー王国との間に禍根を作る訳には行かないのだ。


「エヴェレット王女殿下、はじめてお目にかかります。ジャンヌ・スティルトンと申します」

 膝を折り深々と頭を下げて挨拶の口上を述べる。


「こちらこそだよ。あなたの噂は色々と聞いているよ。サンペドロ州に聖教会教室や工房を作ってくれたことも、ハウザー王国からの脱走農奴を庇護してくれている事も聞いているのでぜひ会いたいと思っていたんだ」

 自分の事を王女が知っていた事にまず驚きが湧いた。しかも、自分の業績迄知られているとは。

 一体ハウザー王室は、どんな事まで知っているのか? 


 少し不安になりながらも、差し出された手に額を当てようとして手を取ると、王女によって引き起こされてしまった。

 驚いて顔を上げてしまったジャンヌは、エヴェレット王女の顔を正面から見上げる事になってしまった。


 悪戯そうに笑うその瞳に見据えられてジャンヌは固まってしまう。

 ゲームの立ち絵どころではない、整った顔立ちと印象的な瞳圧倒されてしまったのだ。

 ジャンヌの知るルートでは彼女は悪役令嬢の一人だが、今の段階ではどちらに転ぶか判らない。


 本来のシナリオならセイラを介して王座に就く攻略対象に対して、もう一方の王子・王女がジャンヌと共謀してラスカル王国南部とハウザー王国北部での国境周辺で暴動を起こすのだ。

 ジャンヌのクリアしたルートでは、エヴェレット王女はジャンヌはともに脱走農奴を指揮し討ち死にする。

 ジャンヌは捕えられて火刑に処せられる。

 自分の為に巻き添えを食うかもしれない人物だと思うと冷静ではいられなくなるのだ。


「エーッと、王子様とは以前お会いしたのですが、よく似ていらっしゃいますね」

「おお、エマ・シュナイダー殿だな。兄上からは聞いているよ。綿花貿易の…」

「王女様、色々と貿易ではお世話になっていますわ。イエイエイエ、何もおっしゃらなくて構いませんわ」

 先ほども言っていた通り、エマはエヴァン王子と顔見知りのようだ。


★★★★★★

 それなら尚更ジャンヌは王子とも王女とも関わり合いを持たない方が良いのではないだろうか。距離を取った方が正解の様な気がするのだ。

 反乱なんて起こさなくても脱走農奴の雇用をこの二人なら確保してくれそうに思えるからだ。

 そんな事を考えながらエマやオズマとの会話を聞くともなしに聞いていると、エヴェレット王女の声が耳に入ってきた。


「それで僕的には新しい服が欲しいな。簡単に馬に乗れて騎士の訓練も出来るような」

 ああ、貴族令嬢やまして王女様ではスカートでは馬にも乗れ無いものね。

 まあ、清貧派の修道女たちは修道士服で馬にまたがって走っているのだけれど…。


「スカートで馬に乗る方が居るのですか?」

 セイラさんやフラン・ド・モンブリゾン男爵令嬢なら乗りそうだけれど。エヴェレット王女も乗りそうな気がするけれど、やはりスカートで跨るのは抵抗が有るのだろうか。

 ジャンヌの問いかけにエヴェレット王女が答えてくれた。


「ああ、スカートならば横乗りになるので、馬で飛ばせないのだ」

 ああ、普通は横乗りで乗るんだ。

「ならばキュロットにすれば跨げるのでは…」

「キュロット? どう言う物なのだ?」

「エッ? エッ!? ああ、スカートを真ん中で断ち切ってズボンの様に縫い合わせたものです」


「ほう、それは面白い。出来るなら着てみたいね」

「さすがはジャンヌちゃんね。ファッションセンスは抜群だわ。今年の秋のファッションショーのコンセプトは躍動する女性で行きましょう」

「ファッションショーとは何なんだい。何やら楽しそうな事の様に思うのだが」


「ええ、とても素敵で愉しい催しなのですよ」

「去年初めてジャンヌ様が始められたのですよ。秋には、冬至祭に向けての新しいドレスをと仰って」

「レディーメイド服やセミオーダー服で、私たちでも買える価格のドレスを提供して下さったのです」


 平民寮でご一緒しているキャロルさんやミラさんやステラさんが口々に説明を始めた。

「でも何よりもファッションショーで舞台に上がられたジャンヌ様が‥‥」

「ワー、ワー、ワー!!」

 ケイが秋のファッションショーの話題を持ち出しかけたので、ジャンヌは必死で話題を変えようと割って入った。


「舞台にとは?」

「それはよいのですよ。年明けには生徒たちも参加したデザインコンペを催して新しいデザインの服が提案されたのですよ。今私たちが来ているこの服に何か気づいた事は御座いませんか?」

「おお、そう言えば皆コルセットをつけていない! そうなんだよ、あれはきつくて、鬱陶しくて我慢ならなかったんだ。あんな拘束具の様な物を女性に強いるなんて。あれは拷問具としか思えないな」

 どうにか話題を変える事が出来た。


「そうなんですよ。そもそもウェストをあんなに絞めつけると呼吸器や心臓にまで負担がかかるんですよ。ウェストは締め付けるより腹筋や背筋を鍛えて締めろと言いたいですね」

 それ迄横で成り行きを伺っていたセイラが急に話に割り込んできた。


「そうかい、判っているねエ。其方もそう思うかい。我が国にもそう思っている女性は多いのだよ。やはり武門の国だからね。女だからと言う事で公式の場で女騎士だけコルセットを付けた正装を強いるなんて、世の中は間違っていると思うだろう」

「ええ、ですから私たちはその偏見に一石を投じる為に、ジャンヌさんの提唱しているこの新しい普段使いのドレスを着ているのですよ」

「ああ、それは僕も気付いていたよ。皆、質素だがシッカリした作りで、動きやすそうな服だと思っていたが、聖女様の提案だったのか」

「ええ、ジャンヌさんは医療だけでなくファッションでも飛びぬけたセンスを持っているんですよ。夏至祭のファッションショーはもう伝説ですから」


 何やらセイラとエヴェレット王女が盛り上がり出した。

「さっきから話題になっているファッションショーとはどういうものなのだろうか?」

「それはジャンヌ様提唱による新作服のお披露目会です。モデルとなる生徒が、みんなに服を着て見せるのです」

 オズマが我が事のように自慢げに答える。

「そうなのですよ。ジャンヌちゃんのプロディース力はすごいですけれど、それだけじゃないんですよ。去年舞台に立ったジャンヌちゃんの美しかった事と言ったら」


「いえ、エマさん。そんな事はありません。それにもうその話題はもう…」

「ジャンヌちゃん、頑張ろう。今年は王女様と二枚看板だよ。ジャンヌちゃん提案のキュロットや新しい女性用乗馬服もデザインに加えたいわ」

「ああ、モデルなら僕は大歓迎だよ。素敵な女性騎士の騎士服が出来るならば聖女様をエスコートしようじゃないか」


 今年はエマに加えてオズマやエヴェレット王女や、彼女と意気投合しているセイラも加わって厄介事が起きそうだ。

 ジャンヌの不安は増大して行くばかりだ。

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