第14話 清貧派女子集会(3)
【4】
「ジャンヌ様の後ろのお二人はエマ様と…オズマ様と仰るのですか? 商人の方なのでしょうか?」
「ああ、ド・ヌール夫人はあまりこういう事は詳しくなかったね。エマ殿はハウザー王国でも繊維や服飾に関する売買を…」
「王女殿下! 私がご説明いたします」
ハウザー王国での綿花市の事は、まだ極秘事項だ。エマ姉はエヴェレット王女が口を滑らさない様に警戒しているようだ。
この件に関しては私もあとで釘を刺して置こう。
「ラスカル王国の繊維生地をハウザー王国に卸しておりますシュナイダー商店の娘で御座います。こちらは、北部ポワチエ州を本拠に北海諸国の貿易品の物流を取り仕切っているオーブラック商会のオズマ・ランドッグちゃんですわ」
「オズマ…、オーブラック商会と言う屋号なのにポワチエ州が本拠なのですか?」
「ええ、色々御座いまして、ポワトー
「いえ、州名は地理の基礎で御座いますから。…そうですか。オズマ・ランドッグ様、そしてエマ・シュナイダー様。お二人とも聖女様ともお親しいようですね」
「ええ、ジャンヌ様には皆お世話になっております。ポワチエ州は北部でありながら、今や州内の聖教会でジャンヌ様の聖霊歌が響かない場所は御座いません。これも
私もここでポワチエ州の現状を南部や北西部の生徒たちにアピールして、カロリーヌの株を上げておく。
これで平民寮の生徒たちのカロリーヌに向ける視線が大きく変わった事を肌で感じる事が出来た。
「機会が有れば、王女殿下も州都のシャピにいらして下さいませ。シャピのセイラカフェには他の街では食す事の出来ない、絶品の海産物メニューが御座いますの。西部のカツレツや南部のタルタルソースは有名ですが、それで味わう北海の魚介はシャピのセイラカフェだけのオリジナルですわ」
セイラカフェを強調する事により州内の商工会に清貧派勢力が浸透している事を知らしる。
教導派が地盤とする領地に獣人属のメイドが多数在籍するセイラカフェは設置されないからだ。
ただその言葉に一番喉を鳴らしたのはファナであった。
「悔しいのだわ。いくら技術が有ろうが料理人が優秀であろうが、これだけはまねできないのだわ。冬までに一度は伺いたいから、オズマ・ランドック! それまでに色々と交易品も見繕って欲しいのだわ」
ファナもオズマがこちらの陣営だという事を強調して名前をあげたのだろう。
「オズマ…オズマ・ランドックさんは北部の商会ですのに、ジャンヌ様のご支持を表明なさっているのですか?」
ド・ヌール夫人はやはり北部住民に対して不信感が有るのか拘っているようだ。
「まあド・ヌール夫人、落ち着き給えよ。ヴェロニクお
「でも、セイラ様はゴルゴンゾーラ公爵家の家系であられるようですし…」
「ポワトー
「ええ、そうですね。かつて私がここで学んだ頃は、北部や東部の方々の清貧派への排斥がそれはもう…。時代が変わったと痛感致しますわ」
そうか、この人は元々ラスカル王国の住人で、王立学校の卒業生だったな。
年齢的にはお母様と同世代か少し年上と言う所だろうか。
彼女も清貧派だったのだろう。きっと色々と苦労したんだろうな。
年代的に十三歳から活動していた聖女ジョアンナ様とも時代が被っているので、ジャンヌの母君の苦悩も聞き知っているのだろう。
きっとお母様も同じ時代を生きて、父ちゃんと巡り会うまで苦労をしたんだろう。でもド・ヌール夫人はハスラー王国に逃れなければいけない程に苦労が続いたのだと思うと胸が締め付けられそうになった。
「ド・ヌール様、ジョアンナ様の苦悩は私もお母様から聞いて…、ジャンヌさんは何も言わないけれど、ボードレール枢機卿様やシスタードミニクから私も伺って…」
「えっ? セイラさんは伯父上様とお会いしたことが有るのですか? ドミニク司祭とも?」
「…! いえ、ほら公開審問の折に色々とお世話になって、一度ご挨拶に伺った時に…」
「ああ、そのうなのですね」
「ですから、色々と聞いていて…。私は両親に愛されてどれ程幸せだったか。そう思うとジャンヌさんのこれまでの苦労を思うと…」
「ジャンヌ様、お辛かったでしょうね。私もジョアンナ様の事は尊敬しておりましたから。ただご支援を致そうにもあの頃の私は只の小娘で何一つなす事も出来ずに。わが身の不甲斐なさを呪っておりました」
「私のお母様も同じ事を申しておりました。それを聞いているから教導派は、教皇派は、ペスカトーレ侯爵家やシェブリ伯爵家は絶対に許せない! ゴッダードでもカマンベール領でもあいつらが何をしてきたか! 奴らのせいでどれだけの人間が不幸になった事か」
「セイラ・カンボゾーラ、少し落ち着くかしら。それはここに居るみんなが同じ気持ちかしら」
「ヨアンナ様はあのライオル領の惨状を見ていないから、あのギボン司祭が何をしたか、ルーシー…」
「セイラ・カンボゾーラ! 今は止めて置くかしら!」
「ああ、すみません。ルーシー…お
「解ります、セイラさん。私もお婆様が害されて…父上も母上も幼い頃に。セイラさんの気持ちは痛いほどわかります」
「ごめんなさい、ジャンヌさん。私の苦しさ何てジャンヌさんの苦しみから比べたら、私は両親も揃って妹もいて恵まれています。だからこれからもずっとジャンヌさんを支えますから」
十二の時に、あの偽マヨネーズ事件の時に私はジャンヌを選んで腹を括ったのだ。
「セイラ様、その責任の一端は私や父にも有ります。それでもセイラ様もジャンヌ様も私たちに手を差し伸べて下さいました。ですからオーブラック商会は全身全霊を持ってセイラ様と共にジャンヌ様をお支え致します」
オズマも感極まった様で私たちの前に涙を流しながら歩み出てきた。
茶番ポイが私の本心でもある。
お陰で部屋に居る下級貴族や平民の生徒たちも、同じように涙している者や中には両手を握り聖印を切る者もいる。
微笑むエヴェレット王女殿下の後ろでド・ヌール夫人が両掌を握り締めて、涙を流して立っている。
「きっと、聖女ジョアンナ様がかつてなされた事が、その御子の世代で実を結ぼうとしているのですわ。オズマさん…これまでの取引やしがらみを断ち切って清貧派に宗旨を変える事の大変さは良く解ります。私は結局ハウザー王国に逃げた身ですが、皆様の思いには賛同致します。幸いエヴェレット王女殿下の母上は清貧派のサンペドロ辺境伯家のご出身、王女殿下もファミリーネームにサンペドロの名を入れられておられる清貧派シンパです」
「ああ、僕は福音派を名乗るつもりは無いよ。平等を謳いながら農奴を容認して、あろう事か農奴を人扱いしない様な宗派など願い下げだ。福音派の言う平等の中に農奴は人として認められていないのだよ。家畜扱いなのだからね。サンペドロ辺境伯伯父上は脱走農奴の庇護者で清貧派の筆頭で、その血が繋がっていることは僕の誇りだよ」
いつの間にか派閥のお茶会は完全に変貌してしまっている。
新しく入ってきたカロリーヌやオズマ、そしてエヴェレット王女殿下を受け入れて、結束を固める政治集会に変わってしまっていた。
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