第15話 二年Aクラス
【1】
新学年を迎えてもクラスの構成はほとんど変わらなかった。
マルケル・マリナーラ伯爵令息が居なくなり、ハウザー王国からの留学生四人が加わっただけだ。
Aクラスは有力貴族への忖度込みのクラス分けなので変動は少ないが、下のBクラスやCクラスの生徒は激しく入れ替わっている。平民生徒の成績の伸びが大きいのだ。
私がレーネ・サレール子爵令嬢と二人で校舎の玄関のクラス分け表を見上げていると、ヨアンナとファナがエヴェレット王女と連れ立ってやってきた。
「何を見ているのかしら。Aクラスはそんなに代わり映えしないかしら」
そう言いながらクラス表を眺めているとカロリーヌもオズマを連れて、それに続いてジャンヌとエマ姉も連れ立ってやってくる。
クラスに向かって歩き始めた頃にはアイザックとゴッドフリートも合流した。
「エドは? 帰って来ていないの?」
「ええ、夏至祭の頃に一度見かけましたがそれだけです」
「平民寮ではエドガーさんを見たら運気が上がるとか噂になっていますねエ」
「ああ、彼ならばこの夏はサン・ピエール侯爵邸の大書庫に籠っていらっしゃったわ。先々週あちらを訪ねた折には、未だ書庫にいらしたのでまだあそこに居ると思いますよ」
「あいつは放って置けば良いわ。私のお仕事の邪魔にならないならいなら、居ない方が安全だもの」
エマ姉、肉親とは思えないみごとな突き放しぶりだ。
講義室に入るとジョン王子殿下たちがもうすでに来ていた。
来ていないのはジョバンニ・ペスカトーレとその取り巻き達。
そして、部屋真ん中でエヴァン王子殿下がジョン王子殿下たちに囲まれて泣いていた。
【2】
別にジョン王子たちにいじめられている訳では無い。
その証拠にジョン王子もイアンやヨハンも涙を流しているのだから。
それに、エヴァン王子その端正な顔に怒りをにじませている。
「そうなのだよ。ジャンヌは自分の口からはそんな事は言わないが、その辛さは想像に難くない」
「余もピエール修道士から聞いた話なのだが、洗礼式後も幾たびも命を狙われたそうなのだ」
「母君が産後すぐに身罷られたのは周知の事ではあるが、父君も刺客からジャンヌを守って討ち死にされたと言うではないか」
「それもピエール修道士から聞いた。ジャンヌ殿の護衛のジャックという冒険者の父君も一緒に討ち死にされたとか。その後はその母君と仲間の冒険者がたが、ジャンヌ殿を守りながら、ピエール修道士たちを護衛として鍛えてくれたそうだ」
「そうであったか。是非その修道士殿からも話を聞きたいものだ」
男が七人集まって涙に暮れている様は、傍目に見て美しいとは言い難い。
それもその涙の原因がジャンヌと言う事で、彼女はいたたまれぬ面持ちで真っ赤になっている。
文句を言う筋合も無く、かと言って話題に入る訳にも行かない。
困ったような視線を私に向けてくる。
さすがにヨアンナもファナも話の内容が内容だけに口を挟むことは躊躇われるようだ。
私は大きくため息をついて、ジョン王子のもとに歩み寄った。
「おはようございますジョン王子殿下。朝から何をしみったれた顔を並べているのですか」
「ああ、セイラ・カンボゾーラか。其の方こそよくこの状況で悪態がつけるものだな。其の方こそ人御心が無いのか」
「他人の棺桶を持ち込んで泣くような趣味は無いですから。ジャンヌさんが前を向いているなら背中を押してあげますし、へたり込んでいるならその手を取って立たせてあげましょう。泣いているなら肩を抱いて一緒に歩いてあげますわ。でも端で眺めながら一緒に泣くような事は御免です」
ジョン王子はそれを聞いてニヤリと笑って私を睨んだ。
いつも通りならここで口喧嘩になって、ヨアンナに叱られてお開きになるパターンだ。
しかしエヴァン王子には伝わらなかったようだ。
「セイラ嬢、その言い分はどうかと思う。今まで側にいた君達ならそれも可能かもしれない。しかし異国の地で何一つ知る術の無い者にとってその焦燥は如何許りの物か分からないだろう。手を伸ばしても届かないどころでは無い、手を伸ばす術さえ判然としない事も有るのだ」
この王子様は何か思い入れる事が有るのか?
「焦燥? 手が届かない? それはジャンヌさんの事でしょうか?」
「いや、すまぬ。言葉の綾だ忘れてくれ。ただ時と場合によっては泣く事しか許されぬような状況もあると言う事だ。…いや、余も言い過ぎた。貴女の言った事は間違っていない」
「いえ、私も口が過ぎました。ともに泣く事は始まりの一歩だったのだと思います。そこに留まらず、更に歩めるなら泣いても構わないのだろうと思います」
私(俺)だって手の届かない娘の事を思って泣いた事は幾度もある。彼の言う事も間違っていない。
結局、私(俺)がジャンヌに対して、貧民の子供たちや虐げられた女性に対して思う事も、手を差し伸べる事も、娘の冬海にしてやれなかった事への代償行為なのだろう。
「やはりセイラ嬢は手厳しいな。泣くだけで終わらせるなと言いたいのだろう。余もその考えには賛同する。ただ王子と言うのは力があるようで、実は非力で不自由な立場なのだよ。ジョン王子は聖女ジャンヌ殿の悲願であった救貧院の解放を成し遂げたと聞いた。それなのにこの身は政争に翻弄されるばかりで、余の悲願である農奴の解放すら儘ならぬ」
エヴァン王子はそう言いつつ自嘲気味に顔を伏せた。
「そんな事は御座いません。殿下は脱走農奴の救援組織も立ち上げました」
「それに王子の提唱した独立行政法によって、州境を越えた脱走農奴を罪に問う事も捕縛する事も出来なくなったではありませんか」
「そのお陰で其方たち迄命を狙われる事になって、この地に逃げ延びる事になったではないか」
エズラ・ブルックスとエライジャ・クレイグと言う二人のお付きが異を唱える。
「自分たちは王子についてこれた事を誇りに思っております」
「今は雌伏の時です。第一王子では国政など立ち行かなくなります。第三王子は南部貴族の言い成りでしょう。直ぐに全てが破綻する事は目に見えております」
やはりハウザー王国内は混乱している様だ。ラスカル王国以上にキナ臭い状況なのだろう。
「エヴァン王子。其方の想いも、置かれている状況も良く解る。先程褒めてくれたが、俺だってそこまで大義を持って事を成した訳では無い。協力者がいてこそだ」
「それでも聖女ジャンヌ殿はその大義を貫いているのでは無いのですか」
「ああそれは間違いない。しかしな、大儀だけで人は動かないとつくづく思い知らされた。人は利が無ければ動かぬものなのだとな。大儀など人が利を貪る為のお題目だ、だがそれで大義が立つなら全てが救われるのなら、聖女の大義が守られるなら俺はそれで構わないと気付いたよ」
「良いのですか? それで? 王としてそれで良いのですか」
「ああ、千人を救えるなら利益の百分の一くらいクズ野郎に回してやっても問題なかろう。なあ、セイラ・カンボゾーラ」
「その仰り方は私がクズ貴族の様では無いですか!」
「ハハハ、そう怒るな。それが其の方のやり方ではないか。憎い教皇派閥の貴族から利益を取り上げる為に、好きでもない俺の母上やハッスル聖公国へ利益をちらつかせて、聖教会工房の収益の一部を官僚や宮廷貴族に振り撒いたではないか。ライトスミス商会は評判を落としたかもしれんが、聖女ジャンヌは慈悲深いと更に評判が上がったなあ。其の方の思惑通りだろ」
「そうなのですか、セイラ嬢。聖女ジャンヌを守るためにその様な事を」
「いえ、泥を被ってくれたのはライトスミス商会で、私は何も。そう…セイラカフェのメイドやライトスミス商会の店員やジャンヌさんの護衛達が…それにオズマさんやオーブラック商会の方々やポワトー
「それならば、そのメンバーの中に余たちも加えてくれないでしょうか。余も聖女ジャンヌ殿とは志を同じくするものです。ハウザー王国の農奴を解放するためにラスカル王国に居ても出来る事を探したい。先程泣かせて貰ったので、次は貴女の言う通り立ち上がらせて貰います」
エヴァン王子がジャンヌのシンパに名乗りを上げた。
「それで、徹夜で法案を練った私や殿下たちは名が上がらないのだな」
「当然でしょう。イアン様やヨハン様はお陰で学内でも宮廷内でも立場が上がって一目置かれる状況になったんだから、血反吐を吐くくらい頑張ったところで損は無いわ。少しくらい私を崇めても良いのよ」
「おい、セイラ・カンボゾーラ。僕は常々言っている事だが、お前男に対して敬意が無さすぎないか。様を付ければ何でも許されると思っているから、宮廷作法が赤点なんだぞ」
「ヨハン様、今言ってはならん事を!」
「良いぞ、表に出て決着をつけるか!」
結局いつもの喧嘩で話は収まりそうなのだが、話の主役のはずのジャンヌは蚊帳の外に置かれて、ひたすら困惑していた。
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