第158話 聖属性
【1】
カマンベール男爵様は高齢であった上過労による体力の減退で合併症も発症している様だ。
男爵様と同じ事が領内の兵や職員の間で起こる可能性は高い。
ライトスミス商会の職員は早急に人員他領の職員と入れ替えを図って、更に領主館の役人と商会職員の業務の交代をさせている。
州兵もゴルゴンゾーラ卿にお願いして人員の交代を進めている。
隔離キャンプでは重篤患者も快方に向かっている。キャンプ内が小康状態になって、死者も出なくなっている今のうちに休めるものは休ませる事だ。
初期から死者の埋葬や葬儀に対応して貰っていた州兵や聖職者たちは、ボーナスをはずんで一旦クオーネに引き上げて貰った。
引き上げる人たちは使命感と義務感で収束まで残ると言い張ったが、過労を理由に納得して貰い引き上げさせた。
替わりにやってきた州兵と聖職者は交替の人たちから色々と聞かされてきたのだろう、ライオル伯爵家と教導派に怨嗟の叫びを上げつつ職務に就いている。
【2】
カマンベール男爵様は予断を許さない状況が続いている。
お母様は男爵夫人と交代で男爵様の看病にあたっている。
今のカマンベール男爵様はお母様が生まれた時から一緒に暮らしていた。そう今のルーク様一家とルシオさん一家の様にだ。
先々代の男爵様はお母様が生まれる前に亡くなっていて、お母様が生まれた頃はお爺様が男爵位を継がれた直ぐ後であったそうだ。
その為忙しく領地を留守にする事も多かった先代の男爵様の代わりに面倒を見てくれたのは今の男爵様ご夫妻だったと言う。
その為お母様は男爵様が倒れてからはかなり憔悴している。
そして男爵様は高熱が続き咳とタンで呼吸困難に陥る事もしばしばである。
聖教会の治癒術師のお陰で呼吸補助の魔法を施されているが意識も混濁気味だ。
それでも症状が沈静化し意識が戻るとお母様や治癒術師に『こんな老いぼれにかまける暇が有るなら隔離キャンプの手伝いをしろ』と叱責しているらしい。
「この頑固者の大馬鹿の叔父上は…。人の気も知らないで、少しはご自愛くださらないと」
お母様は涙ながらに男爵様に文句を言っているが本人は聞く耳を持たない。
ルーク様やルシオさん、それにルーシーさんも男爵様の仕事の穴を埋めるべく奔走し続けている。
お母様は疲労が溜まっている三人を出来るだけ男爵様に近づけない様に気を配っている。
三人が麻疹の免疫が有るかどうか確証が持てないのだ。
お母様が麻疹にかかった時お婆様によって隔離されており、三人とはその間に接触した記憶が無い。
お母様が予科に上がって以降は余り王都から帰ってこれずこちらも記憶が無い。
男爵夫人も三人が罹ったのだ風疹か水疱瘡か麻疹か記憶があいまいで確証が無いのだ。
改めて今働いている職員や役人たちに確認をしてみると、そこが曖昧なものがかなりいる。
麻疹が大流行した年に感染した記憶の有る者はほぼ確実に免疫が有るのだろうが、それ以外の年の記憶が有る者は現場から事務方に入れ替えていった。
そしてマスク、手洗い、消毒をさらに徹底させたが、感染力の強い麻疹はそれだけで防ぎきれるものではない。
領内の患者も少しずつ増え始めている。
【3】
いよいよカマンベール男爵の容態が危なくなってきた。
一晩看病してやっとカマンベール男爵の容態が落ち着いたそうだ。東の空が白み始めた頃、憔悴したお母様が部屋に帰って来た。
目を覚ました私は水差しの水を注いで差し出し、お母様にかける言葉振り絞る。
「お母様、私に…私に何かできる事は無いかしら」
「無いわ。ダメ、ダメなの。この上…貴女を失う訳には行かない」
お母様が弱々しく私の肩を抱いて涙を流した。
「私は大丈夫です! 父ちゃん譲りで丈夫に出来ているし、麻疹だって確実に済ましているんだから。感染したり過労で倒れたししないわ」
「そうじゃない。そうじゃないのです。わたくしはもう如何すれば良いのか考えられない」
そう言いつつお母様は泣き崩れてしまった。
「それではどう言うことなんです。私まで失うって」
お母様はやつれた顔で私の顔を見つめてため息をついた。
「先代の聖女様は…ジャンヌ様の母上ジョアンナ・ボードレール様は光の聖女でした。教導派に囲い込まれ今の教皇に使い潰されてしまいましたが、それでも清廉な方で教導派の目を潜って農村や下町に赴いて人々を救っていらしたそうです。でもジョアンナ様にできなかったのは疫病の治癒だそうです。人によって様々だったそうですが、軽症の人は助かっても重い人ほど重篤な症状になって亡くなる事が多かったとか」
「でもジャンヌ様は疫病の流行る土地で治癒の成果を上げていらっしゃいますわ」
「光と闇の違いなのでしょう。光魔法は生きる力を与えるので回復の力も上がりますが病魔の力も上げるようなのです。それにジャンヌ様は母のジョアンナ様の知見などもご存じのようで病魔を殺して尚生きる力を押さえない治癒の加減を心得ていらっしゃるようですから」
お母様と話しながらなぜ今先代の聖女様の話なのだろうとと疑問に思いつつも話を続けた。
「お母様は聖女様が間に合っても、男爵様の生きる力がもう尽きかけているとおっしゃりたいのですね」
「ええそれもあるわね。光の聖魔法をもってしても助けることはできない。ジャンヌ様が間に合っても叔父様の体力はもう病魔を殺す治癒魔法に耐えることはできない。だから貴女を失う様な事させられない」
「お母さま! さっきから変です。何か知っているんでしょう。仰りたい事が有るんでしょう。お母さまらしくありません。本当に怒りますよ!!」
そのの言葉にお母様はとうとう私の膝に顔をうずめて号泣し始めた。
「叔父様お許しください。あなたへの愛が無い訳では有りません。これまでの恩も忘れておりません。それでも…それでもわたくしはセイラが…セイラとオスカルが何よりも大切なのです。誰に変えてもこの二人を手放すことはできないのです」
「お母さま…いったい何をおっしゃっているのです。私に何か秘密があるのですか」
お母様の言葉に疑問を通り越して不安が広がる。
そもそも私(俺)のこの状態自体が普通じゃない。前世の記憶がありなお且つここはゲーム世界だ。
変な裏設定やバグがある事も考えられる。
「わたくしの戯言は忘れてちょうだい」
「そんな訳には行きません。私は父ちゃんとお母様の娘ですよね。オスカルの姉ですよね」
「もちろんです。わたくしの一番大切な娘です。だから…だから…」
「なら話してください。もう秋には成人式です。子供ではありませんわ」
「…」
お母様はなにやら逡巡している様で、顔を上げ口を噤んで私の目を見つめた。
「…セイラ。貴女は光の聖属性持ちなのです」
「お母様、いったい何を…」
「錯乱した訳でも冗談でもはありませんよ。心してお聞きなさい」
そして私の洗礼式の時の事を話してくれた。
何かあるとは思っていたが、私はドミニク女司祭様に大変な大きな恩が有る事が判った。そして両親にも守られ続けて来た事も。
「それではお母様、私が聖魔法を使えば男爵様を治癒する事が…」
「さっきも言いましたが、貴女は光属性です叔父様の…疫病の治癒は無理です。それに聖属性の治癒魔法の使い方が解りません」
ああ、そう言う事だ…結局役に立たない。
「それに先ほど説明しましたが聖教会に気付かれると拙いのです。成人式までは気付かれてはいけないのです」
それでもバレなければ良いのではないだろうか。
「隠しているつもりでも何処からか漏れるもの。それに叔父様が領民や棄民たちを差し置いて自分だけ助かる事を由とは致しません。何より母たるわたくしが実の娘を危険に晒す様な事を許さないでしょう」
「それでも私は身内が大切です! 私が出来るのに行わなかった事でお母様が苦しむようなことをさせたくありません」
お母様は力なく笑うと起き上がり私の頭をその胸に力一杯抱き締めて言った。
「何より治癒魔法の方法も判らないではどうしようも有りません。貴女の気持ちは有り難くいただいておきます。お陰でも心の痞えが降りました」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます